13話 拒絶の姿勢
利人さんと並んで家に帰るのは、初めて。
背の高い利人さんは見上げないと顔も見えないけれど、隣にいるだけで私は幸せだ。
ジムを出てから、利人さんに群がっていたアリ達には睨まれてしまったけれど、アリを振り切って私のところに来てくれた利人さんの姿を見れただけで、充分。あの時は、快感だったなぁ。快感というか、優越感? あんな体験は初めてだ。
アパートに向かう道を歩いていた私達。だけど、利人さんはその道から外れようとしていた。
「利人さん? アパートはあっちですけど……」
「ええ。でも、もう一軒、寄るところがあるのですが、お付き合いいただけますか?」
「はい! ええ、もう。喜んで!」
某居酒屋のような返事をして、私は利人さんと足並み揃えて歩き出す。そして利人さんが寄りたいといっていたのは、一軒の可愛らしいお花屋さんだった。
そのお花屋さんはまだ真新しく、真っ白な外壁に汚れもない。そして店の外まで並べられた沢山の花が、様々な香りを道に撒き散らしている。
利人さんがお店の前まで行くと、店の奥から可憐な声が聞こえてきた。その声は、私もよく知っている。
「いらっしゃいませ。あ、利人さんと、まぁ! めぐみちゃんまで来てくれたの? 嬉しいわ」
お花たちに囲まれた美女が一人、微笑みを浮かべながらやってきた。
ちょっとタレ目が可愛らしい、美波さんだ。
「お花を買いに参りました」
「毎日ありがとうございます、利人さん」
ん? 毎日って言いましたか?
と、いうことは利人さんは、毎日美波さんのお店に通っているということで……それは毎日、美波さんに会っているということですよね。
私は、今日初めて、利人さんとこうやって家まで帰ることができたというのに、美波さんは毎日この美しい笑顔を見ていたのか。なんと羨ましい。
ちょっと遠巻きで二人を見てみると、なんということでしょう。美男美女がそこに! 輝かんばかりのオーラを放ち、人々を魅了する笑顔をお互い見せ合っているではないか。
「あの二人の間に私が入ったら……そのへんを飛んでる虫みたいかな。あはは」
笑いも力が抜けるほど、あのツーショットは美しい。なんていうか、凄く画になる二人なのだ。
そこに私が入るなんて、おこがましすぎて無理だ。
美波さんのように女性らしい淑やかさと美貌があったら、人生少しは楽しんでいたのだろうか。まだ二十三にして、少し人生に疲れている私には、想像もつかない。ましてや、利人さんと微笑み合って周りから「素敵」と思われるような画は、もっと想像つかない。「素敵な美男美女」ではなく「妹をあやす兄」の方がしっくりくるなんて、悲しすぎる。
「どうかしましたか、めぐみさん?」
いつのまにか利人さんは私の隣に立っていて、またもや顔を覗き込まれた。そして、相変わらず利人さんは顔が近い。
片手に花を持っている利人さんが、目を閉じて花の香りを愉しんでいる。
「春の香りですね」
花束は、チューリップと、それを引き立てるかすみ草。春の代表的な花の一つだ。これで部屋も春らしくなる、と利人さんは満足気に微笑む。
ああ、世の中はもうすぐ春なのね。私にも早く、春よこいこい。
利人さんの隣で幸せなひと時を過ごしていると、あっという間にアパートに辿り着いてしまった。
もう少し、ゆっくり歩けばよかったなぁ、なんて。
「ではめぐみさん、荷物を置いてからウチへいらっしゃい。勝手に入って構いませんから」
「はい、わかりました!」
アパートの階段を昇りながら、利人さんとこの後に待っているラブラブなティータイムを想像して、あやうく鼻血が出そうだった。
いけない、いけない。こんなに変態じみていたら、利人さんに嫌われちゃう。
半分出てしまった鼻血を手で押さえながら、利人さんに気付かれないように二階まで昇り切ると、そこには奴の姿が!
「おや、今帰宅したのですか? 律くん」
「利人さん、と……アンタか」
律が眼鏡を指で押し上げながら、訝しげにこちらを見つめる。突き刺さるような強い視線を受け止めるのは、今の私には無理だ。昨日の事が気まずくて、律と目を合わせることができない。いや、一方的に恥ずかしいだけなんだけど。
気がつくと、律が玄関の前で溜息を吐き、利人さんに申し訳なさそうに切り出した。
「利人さん、すみませんが俺、鍵を落としちゃったみたいで。マスターキー、お借りできませんか?」
「わかりました。では、律くんも一緒にいらっしゃい。これからめぐみさんとハーブティーを楽しむところだったので、丁度良かった」
にっこり微笑み、律を誘う利人さん。そりゃないぜ、利人さん……。
これから二人っきりで、ラブラブティータイム! が、崩れる五秒前。さようなら、マイスイートタイム……。表で笑顔、心で涙。そして律の返事はやっぱり「行きます」。
利人さんがその場から離れ、自分の家への階段を昇りだす。しかし律はその場から動かない。
「律、利人さんと一緒に行かないの?」
「え、ああ。悪いけど荷物、置かせて」
「へ? 持ってけばいいじゃない」
「いいから置かせて」
有無を言わさない、強い口調。律はちょっとだけ、いつもと違うような雰囲気を醸し出していた。
表情はいつも通り仏頂面だけど、何となく暗い。溜息もよく吐くし、何より携帯をチラチラと何度も見ている。
「誰かからの連絡でも、待ってるの?」
「別に。アンタに関係ない」
しれっとした顔で、突き放す。こういう所がムカつく。
確かに関係ないかもしれないけど、言い方ってものがあるでしょう? 言い方一つでずいぶん変わるのに、律の言葉はいつもトゲトゲしている。まぁ、私もたまにはあるけど。
律の目が、関わるな、と言っている。
冷たいガラス玉の瞳の行方が気になるけれど、律との距離は開いたまま。