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くるくる  作者: こたろー
11/50

11話 見透かす瞳

 肩にかけられたあたたかいショールは、私の壊れかけの心まであたためてくれる。だから、今ならちゃんと、彼にお別れを言えるような気がする。一つ静かに深呼吸をして、きゅっと唇をかみしめ、そしてゆっくり、口を開いた。


「私はもう、あなたとは付き合えないよ。だから今日で終わりにしよう」


 ほら、言えた。

 若干、棒読みのような気がしたけれど、彼にこの言葉が届けばいい。どうか、納得してほしい。

 次に来る彼の言葉を、固唾を呑んで待ちわびた。これで、全てが終るんだ。

 そう思った私の胸は、急速に速まっていく。

 どくどくどく。胸が嫌な音を立てる。

 ショールを胸元で握り締めながら、黙って彼の言葉を待っていた。しかし、彼の口から出た言葉は、私の想像したものとは違っていた。


「……もう少し、考えさせて」


 覇気の無い声で呟いた後、勝手に電話を切られてしまった。

 ツーツーと、虚しい音だけが耳に響き、私は脱力感に襲われる。

 なんだ? 「もう少し、考えさせて」って何よ。私は、「わかった」という納得した言葉を聞きたかったのに。

 結局、あんなに彼からの電話を拒みつつ、ようやく電話に出たというのに、なんだろう。こんな言葉を聞きたかったわけじゃない。すると、急速に全身から力が抜けしまい、私はがっくりと肩を落とした。

 でも、私の気持ちは彼に伝わった筈だ。私から伝えたい言葉は、あれが全てだ。もう、あれこれ考えるのはよそう。肩に掛かったこのショールが、私の背中を押してくれたような気がした。

 律がさらりと肩にかけてくれたこと、何も言わずに部屋に戻ってくれたこと、そして貰えたのはぬくもりだけじゃないくて勇気も一緒に貰ったこと。本当に感謝している。

 三月とはいえ、夜は寒い。寒さで鼻の頭が赤くなってしまったかもしれないけれど、私の心はホッとあたたかくなった。

 電話を終らせた私は一つぶるっと身震いをし、両手でショールを胸元に手繰り寄せる。そして寒いベランダから部屋に戻ると、萌が帰り支度をしている様子が目に入った。


「萌、帰るの?」

「あー、お姉ちゃんったらやっと帰ってきた! もう行かなくちゃ。友達と約束してるんだ」

「もう夜じゃない」

「やだなぁ、子供じゃないんだから。これから友達と呑みに行くのよ。それじゃ、またね」


 コートを着込み、慌しく玄関に向かう萌。大きな花のモチーフがついたピンクのピンヒールを履き、扉を開けて出て行ってしまった。

 カンカン、とヒール音が階段に響き、その音もやがて聞こえなくなった頃、ようやく私は律と二人きりだということに気がついた。

 律は何も言わず、勝手にテレビをつけて寛いでいる。あ、お気に入りのクッションがお尻の下に敷かれて潰れてる。テレビを観ながら、時折「くす」と小さく笑う姿は、生意気さも憎たらしさも感じない。

 彼がテレビを観ている間、私はキッチンでコーヒーを淹れ、何て律に声をかけようか考えていた。「ショールありがとう」と、素直に言うのはなんとなく恥ずかしい。だって、泣き顔を見られてしまったから、それを穿り返すようなことはしたくない。じゃあ、なんて声をかけるの? 

 色々悩んでいるうちにコーヒーはカップに注がれ、白い湯気を立てている。冷めてしまったら美味しくないので、私は自分の考えがまとまらないうちに律のもとへ行かなくてはならない。

 大した距離もない私と律の間は、数歩歩けばすぐに彼の隣についてしまう。どんな顔をすれば良いのかわからないけれど、このままという訳にもいかない。仕方なく、私はコーヒーカップを二つ持ち、律の隣に向かう。そして律の分のコーヒーを差し出した。


「……どーぞ」

「ん」


 小さな声でやっと出た言葉がこれ。そして返事が「ん」のみ。

 倦怠期の夫婦か! というツッコミは、静かに胸の内にしまいこんだ。何だか悩んでいたのが馬鹿馬鹿しい。

 ベッドに寄りかかりながらテレビを観る律の隣に、ちょこん、と小さく座ってみた。ワンルームだと行き場が無くて困ってしまう。それでも律はテレビから目を離さない。たまにコーヒーを飲みながら、テレビでやっているバラエティ番組を観ていた。それが今の私には丁度良い。

 あたたかいコーヒーが冷えた体に心地良く流れてくると、少しポカポカしてきた。小さく溜息を吐き、コーヒーカップの中に視線を落としたまましばらくボーっとしていると、律の視線がこちらに向けられた。その瞳は真剣すぎて、全てを見透かされてしまいそうなほど真っ直ぐ私を見つめていた。


「な、何?」


 思わず声が上擦ってしまう。そして、あまりにも真っ直ぐ見つめられすぎて、思わず後ずさりしてしまった。すると、少し間を詰めるように律の上半身が近づき、無遠慮な言葉を投げかけてきた。


「なんで泣いてた?」


 直球ー! やめて、直球!

 こ、こいつは……人の傷口を抉るようなことばかり言いおってからにっ……!

 だけど、律は真っ直ぐに私を見つめ、いつもみたいに舌打ちもしなければ、ふざけた様子も見せない。あくまでも、真剣に私を見つめる。

 射抜くようなガラス玉の瞳に、私だけを映して。

 じりじりとせまる律の体が、私から退路を奪う。その真っ直ぐな視線に耐えられなくなり、目を反らすと乱暴に顎を掴まれて正面を向かされた。


「アンタは、大丈夫って言いながら自分の気持をごまかしすぎる。だからそのツケが、いつか大きくなるんだ。だからそうやって泣くことになる」


 彼の言うことは正論すぎて、返す言葉がみつからない。それが悔しい。

 

「ほら、言い返せないだろ。言いたいことも言えず溜め込むなんて、そんな器用なことするから辛くなる。そういう姿見ると、イライラする」


 頭をガシガシと掻き毟りながら、律が不機嫌そうに表情を歪めた。

 何もそこまで言わなくても。私だけじゃない。絶対に自分をごまかすことで、上手く生きていく人だっているはずだ。

 私がそう言い返そうとした時、律の口から意外な言葉が漏れた。


「……昔の自分を見てるみたいで、イライラするんだ」


 それは律の、弱かった頃の姿。

 そんな彼を見たら、私はもう、何も言えないまま律を見つめるしかできなかった。

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