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くるくる  作者: こたろー
10/50

10話 言葉はいらない

 わいわい、がやがや。楽しげな声が部屋に響き渡る。


「私達、同じ歳なんだねー」

「そうみたいだな。大学生?」

「うん、そうだよー。律も大学生だよね?」


 目の前の同じ歳の二人が、きゃっきゃうふふしてます。

 ここは確か、私の部屋だった筈なのに……家主がハブられているってどういうことなのでしょうか?

 二人の学生談議に加わる事が出来ず、ただ静かにその様子を見ながらコーヒーを口に含んだ。

 いつも私には不機嫌な顔しか見せない律が、萌の前では笑顔を見せている。明らかに二人は、お喋りを楽しんでいるように見えた。

 私は、お邪魔ってか。

 ふて腐れたままコーヒーを飲むのも、もう限界。大丈夫大丈夫、と自分を励ますのも疲れてしまった。かと言って、このまま一人で部屋を出て行くのもどうかと思う。

 色々考えた末、私は静かに一人で雑誌を読むことにした。だって、会話に加わっていないのに、二人はちっとも私を気にかけてくれないし。

 半ばいじけたまま、私はベッド脇に置いてある雑誌に手を掛けた。しかしその時、私の携帯が静かにポケットで震え始めた。着信画面を見なくても、誰がかけてきたかなんてすぐわかる。毎日頻繁に電話をかけてくる、彼だろう。私は携帯を手に取り、そのまま楽しそうにお喋りをしている二人の邪魔にならないよう、ベランダに出て行った。


「……どうしよう、どうしよう」


 通話ボタンに親指を置いたはいいけれど、手が震えて電話に出る事ができない。でも、もうこんなことは終らせなくちゃいけない。一つ大きく深呼吸をしてから、意を決して、通話ボタンを押したのだった。


『もしもし。めぐみ……? 俺』


 まだ彼と意図的に会わないようにしてからそれほど日にちが経っていないというのに、なんて懐かしく感じるのだろう。とても不思議な気持ちだ。

 いつも優しく名前を囁く彼の声が、耳から全身に伝わってくる。すると、別に悲しいわけじゃないのに、勝手に涙がポロポロと溢れて止まらなくなってしまった。

 

『めぐみ、ごめん。でも、俺ともう一度やり直してほしいんだ!』


 なんでそんなこと言うの? だってそんなの無理に決まってるのに。


『妻とはちゃんと離婚する。だから……』


 嘘。嘘嘘嘘。

 結婚していることすら隠していたのに、そんな言葉、信用できない。

 彼と付き合っている時は、確かに普通の恋人同士のような付き合い方はしていなかったかもしれない。車の中で過ごしたり、ホテルで過ごしたり。私の部屋は会社の寮だったので、彼が嫌がって近寄らなかった。彼の部屋には上がった事があったけれど、そこは自分の家ではなく別に一軒借りていると、別れる間際に聞いた。

 彼が結婚していることを知らずに、お付き合いを始めた。嬉しくて友達に話したかったけれど、友達は同じ会社の人間だったので話すことができなかったのだ。それは、彼が「社内の人間には内緒ね」と、耳元で甘く囁いたから。彼を愛していた私には、なぜ内緒にしたがるのか疑うことをしなかった。

 そしてある日のこと、会社に一人の女性が現れた。あろうことかその女性と最初に話したのは私で、品の良いワンピースに袖を通した女性が、ちょっと困ったように声をかけてきた。

「川島はどこにいるかわかりますか? あ、私、川島の家内でございます」

 丁寧に頭を下げられ、私は凍りついたように固まってしまった。

 川島という名前の社員は、彼しかいない。私の頭はうまく回らず、この後彼女にどう説明したのかは覚えていない。ただショックが大きすぎて、自分が立っているのかすらわからなかったのだ。目の前が真っ暗になり、目の前の現実を受け入れられない私は、自分の時間を止めたくなった。

 そんな出来事があり、私は何も言わずに彼の前から逃げた。会社を辞める口実はいくらでもある。どんな嘘を吐いてでも、彼の傍から離れたかったのだ。

 その彼が、やり直そうと言っている。そんな馬鹿な話、誰が信じるというのだろうか。


「何言ってるの? そんなの、無理に決まってるじゃない」

『ちゃんと離婚するから! そうしたらめぐみと……』

「嘘嘘嘘! もう嘘はこりごりよ!」


 頭を手で抱え、サイドに流していた髪をくしゃりと握る。ベランダにしゃがみこんで、止まらない涙を拭いながら必死に体の震えを止めようとした。電話口で彼が何かを必死に話しているけれど、その声は私の耳に届かなかった。その時、後ろからふわりと暖かいものが掛けられ、私は驚きのあまり後ろを振り返ってしまった。

 律が立っていた。律が私の肩に、手近にあったショールを持ってきて掛けてくれたのだ。でも「ありがとう」なんて言えなかった。それより何より、律に涙を見られてしまったのが恥ずかしくて、すぐに律から顔を反らす。そんな私の様子を察してくれたのだろう、律は何も言わずに部屋に戻っていったのだ。


 電話口では、彼が私を求めている。でも、私はその言葉に耳を貸さなかった。

 冷えた空気から守るように、肩のショールが私をあたためてくれる。

 言葉は無い。けれど、壊れそうな心に少しだけ優しさが触れた。

 

 

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