第四章 その小さな頭には
パン、と軽い音がして、最後の一人が倒れた。少年はすぐに顔を上げ、遠くにいるタケミに向かって笑いかけた。
情緒というものが、少し欠けているのかもしれない。と、その仕草を見て思う。殺しが日常になっているのかもしれなかった。
タケミが殺しをするのは、生きるためであり、そしてそうやって生きられるのは、割り切ることができるからだ。自分は自分、友人は友人、そして標的は標的。それとこれとは別物だと考えているから、殺すことに何のためらいもなかった。ためらってしまっては、自分が殺される。
タケミは他人のために死んでやるほどできた人間ではなかった。そんな人間になってしまっては、生き残れない。スラム街で学んだのは、こんなことだけだった。
けれどこの子供は、殺すことはいけないことだという道徳観念さえ教わっていないのではないか、と思う。
タケミには親はいなかったが、友人がいた。そいつらを傷つけられて、殺されて、殺しはいけないことだと身を持って知った。
けれど結局、その友人の片腕として殺し屋をやっている今があるのだから、道徳観念などあろうがなかろうがどうでもいいのかもしれないが。タケミは煙草に火をつけて深く吸った。雲ひとつない空に、まるでのどかに紫煙が流れた。
「じゃあ、飲みに行くか、嬢ちゃん」
駆け寄ってきた少年の頭を一つ撫でて、タケミは笑いかけてやる。煙草の煙を不思議そうに眺めているから、面白がって大きな円を描いてやった。
「それにしても、な」
ふとタケミは呟いてしまって、それから我に返って口を閉じた。自分はいったい何を言おうとしていたんだ、と責めて、けれど首を傾げて言葉を待っている少年に、どうしようもなく笑いかけた。
そんなタケミを見て、少年は一瞬表情を失った後、緩やかな、いつか見た諦めたような笑いを浮かべた。
「ねえ、タケミさん」
何だ、と返した声がいつも通りなことに、タケミは少しほっとする。二人とも足の動きは止めないままで、どこかゆっくりと、名残惜しいように歩いていた。
「僕の体、機械に侵食されているんです」
ぽつり、と吐き出された言葉は、空中をさまよった。タケミが理解できなかったからで、少年はそれをわかっているのか、再び口を開いた。
「僕の体は、機械と肉体の比率が約六・八と三・二です。この割合に耐えられることが僕の才能だと言われてきましたが、それも、もう限界のようです。十一歳からこの四年間、僕には生きられたことのほうが不思議です。肉体としての細胞が、死滅してきているのです。代わりに、機械が付け足され続けています」
タケミは呆然と少年の顔を見つめていた。いつの間にか足は止まっていた。足元に落ちた煙草の火が血で消えた。
「メンテナンスでわかっています。このままいくと僕の体は、あと一年もしないうちに、完全な機械になってしまう」
タケミはその言葉を理解して、それからゆっくりと口元を手で覆い、視線をさまよわせた。
その死に方は、あまりにむごすぎる。タケミは思って、自分が今感じているのは、仲間に対する友情でも同情でもなく、どうしようもない怒りだということに気がついた。
ふと少年の手が目に入った。それは、拳を握り、ぶるぶると震えていた。
タケミは、いきなり怒涛のような悲しみの波を聞いた。彼を抱きしめたいような気持ちがして、でもタケミの体は動かなかった。
にらみつけるように見た彼の顔は、笑みを浮かべて、けれどその琥珀の目からゆっくりと涙がこぼれた。それを見て、タケミはいきなり彼の体を力いっぱい抱きしめた。ギシギシと軋む音がして、それは骨が鳴っているのか鉄が鳴っているのか、と思ってしまって、タケミはなおさら悲しくなった。
「ねえ、タケミさん」
なんだ、と返したタケミの声は、掠れていた。
「僕を殺してください。僕が完全に人間じゃなくなる前に、殺してください」
タケミは、どうしてもか、と小さく呟いて、それに少年は大きく頷いた。
「はい。タケミさんに殺してほしいんです。こころのない僕でも、そのくらいの望みはあるんです」
タケミの胸が濡れることはなくて、少年の髪が濡れることもなくて、けれど心の荒れ狂う音はひどくなるばかりだった。ああ、とタケミが息を吐くと、その音が混じってしまって、タケミは、なぜ、とただ一言呟いた。




