第二章 お前なんて軽いもんだ
タケミは二階から飛び降りて十四、五人の男たちの背後に降り立った。階段を小型の手榴弾で爆破する。爆音の向こうで怒号がして、イヤフォンで耳栓をしたタケミは走りながらマシンガンを撃った。照明を落とし、玄関を銃弾で封鎖する。
男たちはやみくもに銃を撃って、けれど闇と砂煙に全く視界は遮られ見えるわけもなかった。「野郎、どこだ!」「殺してやる!」と悲鳴のような怒声がいくつもして、タケミはそれを冷笑するだけの余裕があった。
最新式のゴーグルには砂煙の向こうにいる男たちが団子状に見える。タケミはそれらに向かって確実に弾を撃ち込んだ。
銃声で判断したのか、男たちが反対方向へと逃げる。その先には、地下への通路があるきりだ。怒涛のようになだれ込む階段の向こうには、さらに銃。
一人の男が怒号をあげながら少年に殴りかかって、しかし次の瞬間、その頭が消しとんだ。
それにひるんだ男たちがたたらを踏んだところに、少年は小さな爆薬を投げた。肉片が飛び散る。殺した数は少ないながらも、歩くことができなくなった者は少なくなかった。それらに向かって、少年は一人一人に銃弾を埋めていく。
数秒の作業が続いて、最後の一人になったとき、タケミの小銃が男の頭を撃ち抜いた。少年が顔を上げる。タケミはぐるりと周囲を見て、それから少年の手を取った。
「行くぞ!」
走りだすタケミに、少年は逆らわずついてくる。
そのまま、タケミは背後へ手榴弾を投げた。玄関を飛び出したところで、耐えきれずにビルが崩れる。ズ、ズ、ズ、と落ちていく残骸に、タケミはそれを振り返らずに走り続けた。
車に少年を放り込み、自分も乗って走り出す。
廃墟ビルから街の反対方向へと出てから、タケミは車を止めて息を吐いた。ゴーグルも自動小銃も、足もとに投げ出してあった。少年を振り返る。
「初めての仕事にしちゃあ、上出来だ。ありがとうよ、嬢ちゃん」
そう言って笑いかけたのに、少年は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「殺し屋さんとは、もっと静かに仕事をするものだと思っていました」
タケミは、いつもの質問だ、といつも通りの答えをする。
「最近じゃ、どこもかしこも廃墟ばっかりで、監視システムすらまともに働かなくなってんだ。こそこそやる必要なんてねえんだよ。殺し屋ってのは、今じゃ単に自分の代わりに殺しをしてくれる奴のことを指すだけだ」
そう言って、「じゃあもうホテルへ帰るか」と車を動かすと、少年は銃を太ももの皮膚の下へとしまっていた。
銃とは、なんだろう、とタケミは思う。
これがあるから自分は生きていられるし、自分が自分であることができる。けれどそれはあくまでも道具で、タケミはこれが壊れればすぐにでも新しいものを買うことができる。そういうことこそが、タケミがタケミであることだろうと思う。いつか上司である悪友が言った、「結局てめえが最後まで生き残るんだろうよ」という台詞も、そういうところから来るのだろう。
けれど、とタケミは思って目を横に向ける。
この少年は、どうなのだろう、と思う。彼の女であるライフルや、体中に仕込まれた凶器、それらは彼にとって道具なのか自分自身なのか。彼は、生き残れる人間であるのか。
タケミはそこまで考えて、そろりと顎を撫でた。
「なあ、嬢ちゃん」
少年はすぐに振りかえった。
「なんですか、タケミさん」
「命の重さって、知ってるか」
少年は首を傾げた。タケミはハンドルを持ちながら、しっかりとその目と視線を合わせる。
「人間が死んだとき、きっかり二十一グラム、体重が減るらしい。どんな体格の、どんな人種の人間であってもだ」
少年は何度も瞬きをした。理解してもらえるように、タケミはゆっくりと言葉をつむいだ。
「二十一グラム、それが人間の魂の、命の重さだと言われている」
少年はなにか叫びたそうに口を開いて、閉じた。ぎゅう、と握った手のひらがぎりぎりと震えていた。タケミはそれをしばらく黙って見ていて、そしてそれから視線を外してアクセルを踏んだ。
「それ、それって、僕は、僕が死んだときも、二十一グラム、なんでしょうか、ね」
途切れ途切れに言われた台詞は、泣きそうなように聞こえた。タケミはゆっくりとその頭を撫でてやる。
「さあ。俺にはわからねえ。体の大半が機械でできてるお前は、もしかしたらそれより少ねえかもしれねえ」
少年は思わずといった風にタケミの服を掴んだ。ぶるぶると震えている小さな手は、たった今何人もの人間を殺してきたようには見えなかった。
タケミは急に車を止めた。そしてハンドブレーキを乗り越えると、ひょい、とタケミは少年の脇を掴んで抱き上げた。いきなりのことに少年が声をあげる。細い体を無理やり掲げてやると、少年の顔から数滴のしずくが飛んだ。
「だからどうした。そもそも、俺がそれを知った昔の映画はな、人間の命の重さはたったそれっぽっちなのか、っていうテーマだったんだよ。こんな軽い体から二十一グラムも減ったら、お前の葬式じゃあ残るもんがなくなっちまうわ」
そこまで言って、タケミはこつりと少年の額に額を合わせた。
「なあ。お前も俺も、軽いもんだ。だからどうした。お前にとっちゃ、お前自身が唯一のものだろう。胸を張っていろ」
タケミはそう言って笑うと、そっと少年の体を下ろした。けれど少年は座れずにずるずると沈んでしまって、タケミはその動きのまま自分もしゃがみ込んでやる。少年は、赤い目をしたまま顔を歪めて、それからくしゃくしゃと笑った。
「だからどうした、ですか」
タケミも笑って頷いてやる。
「そうだ。だから、どうした」
少年は耐えきれないというように声をあげて笑いだした。ハ、ハ、ハ、と空気中にボーイソプラノが響いて、なにかタケミは最高級のオーケストラを聞いているような気分になった。
「ああ、ああ、ああ。なんなんでしょうか、タケミさん。僕は笑いが止まりません」
「そういうときだってあるさ。お前は人間だからな」
そう言うと、少年はまた笑った。涙がこぼれ落ちたのを、タケミは見えないふりをした。