第一章 壊す人
「わかりました。僕は地下で待機しています。連中が逃げ込んできたら一気に片をつけますので、タケミさんは気をつけてくださいね」
ホテルの一室で地図を前に向き合った状態で、タケミが言った作戦に、少年はなんでもないことのように頷いた。
少年の腕は確かだった。眼球にレーザーが埋め込まれているらしく、標準を合わせるのにコンマ五秒もかからない。そして合わせたら自動操縦で腕が動く。
つまりは機械が動きのほとんどを占めているのだが、その比率に耐えられること自体が彼の才能だった。体の半分以上が機械になっているその体は、もはやサイボーグとも言えないのではないか、とタケミは彼の体を見たとき思った。
「だが、危険だぞ。もし奴らの内の誰かがお前に向かって発砲したらどうする」
タケミが低く呟くと、少年はぱちぱちと目をしばたかせて、それから小さく笑った。
「僕の首には爆弾が仕掛けられています。銃弾が当たるなどの危機的状況になったら、自動的に自爆するようになっています。証拠も破片も残りません。安心してください」
ゆるやかな笑みを浮かべながら言われた言葉に、タケミは、ダン、と目の前の机を叩いた。厚い人工樹脂が一瞬たわんで、タケミは思ったよりも手に力が入っていたことに気がつく。
「それで、いいのか、お前は」
思わず怒りを表したタケミに、少年は諦観を浮かべた眼差しをして返した。
「僕の体は主人のものですから」
つまりは、主人に逆らった場合もそうやって殺されるということだ。いや、破壊される、と言った方が、正しいのだろうか。とタケミはそこまで考えて、ぎり、と奥歯を噛んだ。
サイボーグの人権などない。当たり前のことで、タケミは今までそれを闇社会の常識としてとらえてきた。しかし、この少年は、サイボーグであってサイボーグでない。人間としての脳を、命を持っているのだ。
おもちゃのように扱われる子供に対して、非情になれない自分がバカらしい、とタケミは思い、なぜ殺し屋風情が道徳観念などでこんなに憤る必要があるのだ、と自分に呆れた。
でも、命があるくせに、心を捨てていないくせに、なのにその生命を全く投げ打っているこの少年の目を見て、タケミは怒りを感じずにいられなかった。笑うのに、その目は生きているのに、諦めている。
けれど、タケミが何を言おうと、少年が何を思おうと、彼の命は彼のものではないのだ。それは覆すことのできない事実で、ということはタケミがここで怒ったとしても何の意味もないのだ。タケミは自分に言い聞かせて、沸騰した血を鎮めようとした。ふう、と息をつく。
パン、と少年の肩を叩いた。皮膚の下に、鋼の冷たい感触がした。
びっくりしている少年の顔に向かって、タケミは笑ってやる。
「じゃあ頼んだぜ、嬢ちゃん。今日から約二カ月、この街のゴキブリ退治の相棒になってくれ」
少年は目を見開いてぱちぱちと瞬きをする。琥珀色の瞳の奥に、血の色が見えた気がした。
「なんですか、嬢ちゃんって」
呆けたようにそう呟いた少年に、タケミはにやけた笑いを返してやる。
「お前は坊主って呼ぶより嬢ちゃんって呼ぶ方が似合ってるよ」
そう言ってやると、少年はくしゃくしゃと笑って、それから泣いたように頬をこすった。タケミはそれを見ないふりをしながら少年の頭を撫でた。