序章 有刺鉄線
「ナンバー〇二一、行くぞ」
タケミは廃屋の高層ビルの影からマイクに向かって囁いた。
「はい。いつでもどうぞ」
子供の声がイヤフォンから聞こえる。タケミはそれを確認すると同時に走り出した。
目標をセットする。センターを標準に合わせる。ほぼ同時にタケミは弾を撃ち込んだ。ガガガガ、とマシンガンが空気とコンクリートを揺らす。悲鳴と怒声が聞こえたが、砂煙が舞い上がる前に残党は高所からのライフルで頭を撃ち抜かれた。
タケミは自動小銃を縦に直し、一切の生き物の音がしないことを確認すると息を吐いた。
「嬢ちゃん、仕事は終わったみてえだな」
マイクの向こうで怒ったような笑い声がした。
「嬢ちゃんじゃないって言ってるでしょう」
タケミはマフィアのボスの私室へと来ていた。顎を撫でてヒゲのないことを確認する。黒のスーツを着た背筋を伸ばして首を鳴らし、ドアをノックする。中から返事が聞こえて、先導していた男がドアを開けた。
中にいたのは、椅子に座った白髪頭の男と、その後ろに年端もいかない少年。タケミは一度瞬きをして、それからすぐに足を動かした。背後でドアが閉まる。
「よく来てくれた、タケミくん。我がファミリーは君を歓迎する」
低い通る声で言われて、タケミは頭を下げる。
「たかが殺し屋一匹に、ここまでの待遇をしてくださって、感謝します」
「その殺し屋が欲しかったのだ」
男は小さく笑った。
「それも、かの有名なリーグループから君を借りられるとは、私はついている」
男の口から上司の名前が出て、タケミは小さく表情筋を動かした。さて、と立ったまま腰を動かして話を切り出す。
「それで、私に殺してほしい輩とは誰でしょう」
男は意地悪く笑った。
「話は聞いているだろうに、回りくどい男だな」
「確認のためです」
タケミが淡々と返すと、男は少し声を低くして言った。
「我がファミリーは祖父の代からこの街に入ってきた。それからずっとこの街の裏を牛耳ってきたが、昔からのファミリーが、まだ少しだけ残っていてね。それらが、我々を陥れようと虎視耽々と狙っているのだ。そして、先日私は撃たれた」
そう言って、男は右腕を視線で指した。タケミも一瞬それを見る。
「もうこれ以上寛大な措置をしてやることはないと思ってね。君にしてほしいこととは、つまりこの街に住みついているごろつきを全て排除することだ」
男は、ゴミを捨ててくれ、というような口調で言った。タケミは無表情のまま頷いた。
「わかりました。人数はほぼ把握しています。二ヶ月もあれば、やれるかと」
これは頼もしい、と男は低く笑った。それから、気がついたように後ろを振り返る。
「君だけで十分かもしれないが、こちらで君に助っ人を一人つけよう。ナンバー〇二一、私の自慢のサイボーグだ」
そう言って、男は自分の背後にいた少年を顎で示した。タケミは二度瞬きをして、それからお辞儀をした少年に小さく礼を返した。
「今どきサイボーグは珍しくありませんが、十五歳未満のサイボーグは、条例違反ではありませんでしたか」
タケミが一言呟くと、男は、「なにを今更」と笑った。
「殺し屋が、条例など気にする方がおかしいだろう。それに、この子は年齢だけじゃない。脳をいじっていないんだ」
タケミは今度こそ目を見開いて、しかしそれは一瞬だった。少年に注ぎ続けている視線は、モルモットを眺めるように全く熱がこもっていない。少年はその視線を受けても、微動だにせずただ目の前の二人を見つめていた。
「それはまた、どうしてですか」
「趣味だよ。単なるね」
悪趣味だ、とタケミは心の中で呟いて、けれど顔には出さなかった。男は笑う。
「元々私は子供が好きでね。細い手足が、凶器を持つさまなど素晴らしいだろう? それが私の手足であったのなら、さらに素晴しい」
男は恍惚として囁いて、タケミはそれを冷めた目で見ていた。では、と切り上げる声をかける。
「では、私はそのサイボーグと共に、この街であなたに反感を持つ輩全てを殺せばいいのですね」
男は少し残念そうな顔をしたが、「物分かりのいい男で助かる」と返した。
「報酬はリーグループの方へと入れる。提示額通りの値だ」
「ありがとうございます。報酬に見合う働きはします」
頭を下げて部屋を出ようとすると、少年が小走りでついてきた。
つまりは、監視役ということだ。タケミはそう理解して、少年をちらりと横目で見た。そのまま部屋を出ると扉を閉める。サイボーグなど見慣れている。が、少年は予想外の行動をした。タケミに向かって、笑いかけたのだ。
「よろしくお願いしますね、タケミさん」
サイボーグに表情がないことなど常識だ。タケミは思わず驚いて、そしてすぐにこのサイボーグは脳をいじられていないのだった、と思いだした。つまりは、この少年は機械を埋め込まれた人間だと。
タケミはそこまで考えて、ふ、と笑い返した。
「ああ、よろしく頼む」
手を差し出すと、ちょっと考える顔をしてから、そっと握り返してきた。冷たい体温が感じられて、タケミは自分でやったことなのに少し困ってしまった。




