愛のない結婚で構わないと仰ったので、契約通り三年で退職いたします
三年前、夫は言った。
「愛のない結婚で構わない」
だからエミリアは、愛を求めなかった。公爵夫人として求められた役目を果たし、約束された三年間を終えた。そして結婚三周年の朝。彼女は、公爵家を出ていくための荷造りを始めた。
「奥様。本当に、本日出ていかれるのですか?」
侍女のアンナが、旅行鞄を前にして泣きそうな顔をしている。平民出身の彼女は、私がセドリック・アシュフォード公爵と結婚した三年前から身の回りの世話をしてくれている専属侍女だ。主人である私に対して遠慮なくものを言うので、今では使用人というより姉妹に近い。
「ええ。そのつもりよ」
「ですが、本日は結婚三周年の日ではありませんか」
「だからよ」
最後のドレスを鞄へ収める。王都の仕立屋で買った、飾り気のない紺色のドレス。公爵夫人として着るには質素すぎるが、明日からの私にはちょうどいい。
「契約は今日までだから」
アンナが口を開いたまま固まった。無理もない。この屋敷で、私と夫の結婚に期限があることを知っている者はほとんどいない。三年前。実家であるフェルトン伯爵家は、多額の負債を抱えていた。父が投資に失敗したわけでも、贅沢をしたわけでもない。二年続いた洪水で領地の農地が壊滅し、その復旧費用が重くのしかかったのだ。
そこへ持ち込まれたのが、アシュフォード公爵家からの縁談だった。アシュフォード公爵家は王国でも指折りの名門だ。現当主セドリック・アシュフォードは二十八歳。若くして父から爵位を継ぎ、広大な領地と複数の鉱山を所有している。そんな家が、格下の伯爵家の娘だった私を妻に望んだ。
もちろん、恋ではない。公爵家には若い女主人が必要だった。私の実家には金が必要だった。利害が一致しただけだ。婚姻に際し、公爵家はフェルトン伯爵家へ復旧資金を融資する。私は三年間、公爵夫人として社交、領地管理、使用人の統括その他必要な職務を担う。そして三年後。双方の合意によって婚姻関係を終了できる。そういう契約だった。
もっとも、契約書に書かれていない条件も一つあった。結婚式を終えた日の夜。夫婦の寝室で、セドリック本人から告げられた言葉だ。
「最初に言っておきたい。私は君に愛情を求めない」
新婚初夜にしては、ずいぶん色気のない言葉だった。私は向かいに座る新しい夫を見た。黒髪に灰色の瞳。端正な顔立ちをしているが、表情は硬い。この日まで何度か顔を合わせていたものの、二人きりで長く話したことはなかった。
「君も、私に愛情を求めないでほしい」
「承知しました」
答えると、セドリックの眉がわずかに動いた。
「……それだけか?」
「ほかに条件がありますか?」
「いや」
「でしたら問題ありません」
私にとっても政略結婚だった。公爵夫人としての役目を果たせば、実家は救われる。それで十分だと思った。
「三年間、よろしくお願いいたします。公爵様」
そう言って頭を下げた私を、セドリックは妙な顔で見ていた。あれから三年。今日で契約期間が終わる。
「でも奥様」
アンナがまだ納得できない顔をしている。
「旦那様から、出ていけと言われたのですか?」
「いいえ」
「では、どうして」
「言われる必要がある?」
私は机の引き出しから契約書を取り出した。何度も読み返したため、どこに何が書かれているか覚えている。
「三年間と決めたのは、私と公爵様よ」
「でも……三年間が過ぎたからといって、必ず離縁しなければならないとは」
「ええ。双方が望めば継続できるわ」
アンナの顔が明るくなる。
「でしたら!」
「公爵様から、その申し出はなかったもの」
アンナが黙った。昨日も一昨日も、セドリックとは顔を合わせている。昨夜も同じ食卓で夕食を取った。
「明日は議会が長引きそうだ」
「承知しました」
それが最後の会話だった。今日が契約満了日だという話は出なかった。ならば予定通り終了する。それだけだ。
「馬車は九時に来るわ。残りをお願いできる?」
「……はい」
アンナは明らかに納得していなかった。けれど、それ以上は言わなかった。私は寝室を出た。三年間暮らした屋敷を歩く。廊下に飾られた絵。季節ごとに私が入れ替えた花。冬になると冷えるため、職人を呼んで修繕させた窓。最初に来たころとは、ずいぶん変わった。
使用人の勤務表も変えた。食料庫の管理方法も変えた。領地から届く報告書の様式も統一した。公爵家が支援する孤児院も三か所増えた。全部、公爵夫人として必要だと思ったからしたことだ。階段を下りると、家令のモリスがいた。アシュフォード家に二十年以上仕える家令で、私が嫁いできた当初から屋敷の実務を教えてくれた人物だ。
「おはようございます、奥様」
「おはよう、モリス。少し時間をもらえる?」
「もちろんでございます」
「今日で屋敷を出ます」
モリスの表情が止まった。
「……どちらへ?」
「王都東区に部屋を借りたの。公爵夫人としての引き継ぎ資料は執務室にまとめてあります」
「お待ちください」
珍しく、モリスが私の言葉を遮った。
「旦那様は御存じなのですか?」
「契約内容はもちろん」
「そうではなく、本日奥様が屋敷を出られることを」
「まだ伝えていないわ」
「奥様」
「議会へ行く前にお話しするつもりよ」
その必要すら本来はない。だが三年間一緒に暮らした相手だ。挨拶くらいはしておきたい。
ちょうどそのとき、玄関側から足音がした。黒い外套を羽織ったセドリックが現れる。公爵家当主として朝の議会へ向かうところらしい。私とモリスを見て足を止めた。
「何かあったのか?」
「ちょうどよかったです」
私はセドリックへ向き直った。
「三年間、お世話になりました」
「……何の話だ?」
「本日で契約期間が終了しますので、九時の馬車でこちらを出ます」
セドリックが動かなくなった。
「どこへ行く?」
「王都です」
「王都のどこだ」
「東区に部屋を借りました」
「なぜ?」
今度は私が少し考えた。
「なぜ、と申されましても」
「なぜ君がこの屋敷を出ていく」
「契約が終了したからです」
「…………」
セドリックが私を見ている。何かがおかしい。私は確認のため尋ねた。
「契約満了日は、本日で間違いありませんよね?」
「それは、そうだが」
「でしたら問題ありません」
「問題しかない」
低い声だった。珍しく強い調子に、モリスが視線を落とす。
「エミリア。少し話をしよう」
「議会は?」
「遅れても構わない」
「公爵様が?」
「いいから来てくれ」
結婚して三年。彼が議会より私との話を優先したのは、これが初めてだった。応接室に入ると、セドリックは扉を閉めた。
「座ってくれ」
「はい」
向かい合って座る。新婚初夜と似ている。ただし三年前と違い、彼がひどく落ち着かない顔をしていた。
「確認したい」
「何でしょう」
「本当に出ていくつもりなのか」
「はい」
「なぜ」
また同じ質問だ。
「ですから、契約が」
「それは分かっている」
セドリックが額を押さえた。
「契約が三年なのは分かっている。だが、三年経ったからといって、本当に出ていくとは思わなかった」
私は瞬きをした。
「では、どうなると思っていたのです?」
「そのまま暮らすものだと」
「なぜですか?」
今度はセドリックが黙った。
「私たちの婚姻は、公爵家には女主人が必要で、フェルトン家には復旧資金が必要だったため成立しました。実家の返済も予定通り進んでいます。私の役目も本日までです」
「役目」
「はい」
「君は、この三年間を仕事だと思っていたのか?」
少し考える。
「仕事という表現が不適切でしたか?」
「いや……」
セドリックは何かを言おうとして、やめた。
「君は毎朝、私と朝食を取った」
「公爵夫妻が別々に食事を取っていると、使用人が不安がりますから」
「私が熱を出したとき、三日間付き添った」
「医師から容体を見ておくよう言われました」
「私の好みの茶葉を覚えている」
「同じものを三年間飲んでいれば覚えます」
「誕生日には毎年贈り物を」
「公爵夫人ですので」
一つ答えるたびに、セドリックの顔が険しくなっていく。私は困った。何か間違ったことを言っているのだろうか。
「では、去年、私が議会で失敗した夜は?」
「何のことでしょう」
「私が夜中まで書斎にいたとき、君が酒を持ってきただろう」
「ああ」
覚えている。大規模な税制改革案が否決された日だ。珍しく彼が落ち込んでいたので、厨房から酒と軽食を持っていった。
「それも公爵夫人の仕事か?」
「……そうですね」
違うかもしれない。少なくとも、契約書には書かれていなかった。私は少し考えてから答えた。
「それは、私がしたかったからです」
セドリックが黙った。しばらくして、彼は息を吐いた。
「それなのに出ていくのか」
「はい」
「分からない」
「何がです?」
「君の考えていることが」
私は困って笑った。
「三年前に、公爵様がおっしゃったではありませんか」
「何を」
「愛情は求めない。君も私に求めないでほしい、と」
セドリックの表情が消えた。
「ですから私は、一度も求めませんでした」
返事がない。
「三年間、公爵夫人として必要なことはしたつもりです。でも契約期間が終われば、私はここにいる理由がありません」
「理由ならある」
「何でしょう」
セドリックが口を開く。しかし言葉が出ない。私は待った。十秒ほどして。
「……今すぐには、うまく言えない」
「そうですか」
「だから少し待ってくれ」
「どのくらい?」
「分からない」
私は時計を見る。馬車が来るまで、あと三十分。
「それでは困ります」
「エミリア」
「私にも予定がありますので」
セドリックが信じられないものを見るような顔をした。三年前。私はこの屋敷に一つの旅行鞄だけを持ってきた。今日も同じだった。九時。玄関前に馬車が止まる。アンナが泣いた。料理長まで出てきた。庭師からは花束を渡された。モリスは最後まで難しい顔をしていた。
「長い間、お世話になりました」
頭を下げると、使用人たちが一斉に頭を下げる。その向こうにセドリックがいた。議会には行かなかったらしい。
「エミリア」
「はい」
「本当に行くのか」
「先ほども申し上げました」
「戻ってくる?」
「何か忘れ物があれば」
「そういう意味ではない」
私は馬車へ乗る。
「では、お元気で。セドリック様」
初めて名前で呼んだ。彼が目を見開いた。扉が閉まった。
王都東区は、公爵邸のある貴族街とはまるで違った。商人。職人。学生。露店。朝から夕方まで人の声が絶えない。私が借りたのは、商業組合の建物から歩いて十分ほどの小さな集合住宅だった。寝室と居間。小さな台所。公爵邸の私室より狭い。けれど妙に落ち着いた。
翌日から、私は商業組合で働き始めた。三年間、公爵領の収支や契約書を扱っているうちに、帳簿整理や事業管理の仕事が好きになっていた。公爵夫人という肩書きがなくなっても、自分で食べていける仕事が欲しい。半年前から準備していた。
最初の依頼は、小さな織物商会の帳簿整理。次はパン工房の仕入れ契約。その次は、地方商人の税務書類。仕事は少しずつ増えた。公爵邸を出て十日。帰宅すると、部屋の前に見覚えのある男が立っていた。黒髪。灰色の瞳。高級な外套。狭い廊下には、あまりにも似合わない。
「……公爵様」
「セドリックでいい」
「どうしてこちらに?」
「会いに来た」
「何か公爵家の書類に不備がありました?」
「そういう話じゃない」
手には花束。私は花と彼を交互に見た。
「とりあえず、中へどうぞ」
「いいのか?」
「廊下で公爵様と話している方が問題になります」
部屋へ入れる。セドリックは室内を見回した。
「ここで暮らしているのか」
「はい」
「狭くないか」
「一人ですので」
その一言で、なぜか彼が傷ついた顔をした。
「お茶を淹れます」
「いや。今日はすぐ帰る」
「……今日は?」
セドリックが花束を差し出す。
「これを」
受け取る。
「ありがとうございます」
「それから」
彼が息を吸った。
「食事に行かないか」
「食事?」
「二人で」
「何か相談が?」
「違う」
珍しく苛立ったように言った。
「君は私と食事をするのに、理由が必要なのか」
「今までは夫婦でしたので」
「今は?」
「元夫婦ですね」
「……その言い方はやめてくれ」
まだ正式な離縁手続きの途中なので、厳密には元夫婦ではない。私は彼を見る。十日ぶりに会ったセドリックは、少し痩せたように見えた。
「公爵邸で何かありました?」
「何もかもだ」
「はい?」
「モリスから毎日、君がやっていた仕事を説明されている」
私は首を傾げた。
「引き継ぎ資料は残しましたが」
「資料の話じゃない」
セドリックが苦い顔をした。
「使用人の誕生日を覚えている者がいない。孤児院から届く手紙を誰が確認するか決まっていない。領地から送られてくる陳情書の分類も、晩餐会の招待客の選定も、全部」
「家令と新しい女主人が決めればよろしいかと」
「新しい女主人?」
「いずれ再婚されるでしょう?」
セドリックが絶句した。
「なぜそうなる」
「公爵家には女主人が必要だから私と結婚したのでは?」
三年前、そう説明された。だから次も同じだと思った。
「……違う」
「何が?」
「最初はそうだった」
彼は目を伏せた。
「だが今は違う」
私は黙って待つ。セドリックは言葉を探すように、しばらく何も言わなかった。
「私の母は、父以外の男と家を出た」
初めて聞く話だった。
「私が十二歳のときだ。父は母を愛していた。だから壊れた。仕事もせず、酒を飲むようになって、三年後に死んだ」
セドリックが愛情を嫌う理由。初めて理解した。
「だから私は、あんなものは必要ないと思った。妻とは役割だけを共有すればいい。互いに期待しなければ傷つかない」
「それで、あの言葉を?」
「ああ」
『愛情は求めない。君も私に求めないでほしい』そう言われた、三年前の新婚初夜。
「君が何も求めないから、楽だった」
彼が言う。
「いつの間にか、君が朝食の席にいることも、帰れば屋敷にいることも、私の好みを知っていることも、全部当たり前になった」
「はい」
「当たり前すぎて、それがなくなるとは考えなかった」
私は花束を見る。白い花。私が好きな種類だった。
「公爵様」
「セドリック」
「……セドリック様」
「様もいらない」
「急には無理です」
彼が少し笑った。その笑顔はすぐ消えた。
「戻ってきてくれないか」
「公爵夫人として必要だからですか?」
「違う」
「では、妻として?」
「違う」
予想外の答えだった。
「では?」
「エミリアとして」
胸の奥が、わずかに動いた。
「君がいないのが嫌なんだ」
三年間。一度も聞いたことのない言葉。
「朝、向かいに君がいない。帰っても君がいない。話したいことがあっても君がいない。それが嫌だ」
私は彼を見た。
「三年前に聞きたかったです」
セドリックが目を伏せる。
「すまない」
「今言われても、すぐには戻れません」
「なぜ」
「私は、あなたが望んだから妻になりました。今度は、自分で選びたいんです」
彼は何も言わなかった。
「それに」
私は部屋を見回す。
「この生活、結構気に入っているんです」
「この狭い部屋が?」
「失礼ですね」
「すまない」
「仕事も楽しいです」
「そうか」
「はい」
「なら」
セドリックが私を見る。
「もう一度、最初からでは駄目だろうか」
「最初から?」
「三年前は、家同士が決めた結婚だった」
彼は一度言葉を切った。
「今度は私が、君に選んでもらいたい」
私はしばらく考えた。
「では」
「うん」
「まず、お友達からでしょうか」
セドリックの顔が固まった。
「友達」
「嫌ですか?」
「元妻と友達になるのか」
「まだ正式には元妻ではありません」
「それを言ったのは君だろう」
思わず笑った。セドリックも笑う。
「分かった」
彼が言った。
「友達からお願いしよう」
「はい」
「では友人として食事に誘っても?」
「今日は仕事があります」
「明日は?」
「明日も」
「明後日は?」
「空いています」
「予約しても?」
「どうぞ」
公爵家当主が、商業組合の一職員との食事の約束を取るために、こんなに真剣な顔をしている。三年間一緒に暮らしていたのに。私は今になって初めて、この人を知り始めている気がした。
それから半年。私とセドリックの離縁は、一度正式に成立した。周囲は驚いた。よりを戻すつもりなら離縁する必要などない、と父にも言われた。けれど私たちはそうした。最初の結婚は、家と家が必要として結んだものだった。だから一度終わらせたかった。私は商業組合の仕事を続けた。セドリックは週に一度、私を食事に誘った。最初のころは高級料理店ばかりだったが、私が落ち着かないと言うと、少しずつ普通の店を選ぶようになった。
三か月目には市場の屋台で焼き菓子を食べた。五か月目には二人で郊外へ出かけた。そして半年目。
休日の朝。待ち合わせ場所へ行くと、セドリックが立っていた。いつもと違う。手に大きな花束を抱えている。私を見ると、わずかに姿勢を正した。
「エミリア」
「はい」
「今日は話がある」
「改まって何です?」
「練習したが、忘れた」
「何を?」
「言うことを」
私は吹き出した。王国議会で何十人もの貴族を相手に演説できる男が、私一人を前にして緊張している。
「笑わないでくれ」
「すみません」
「本当に緊張している」
「公爵様でも?」
「セドリック」
「セドリックでも?」
「ああ」
彼が花束を差し出した。
「妻だった君より、恋人になってくれるかもしれない君の方が怖い」
私は花束を受け取る。半年前と同じ、白い花だった。
「エミリア」
「はい」
「私と結婚してほしい」
「順番が違います」
セドリックの顔が固まる。
「……何?」
「まだ友達でしょう?」
「あ」
「まず、交際してください、では?」
しばらく沈黙したあと、セドリックは額を押さえた。
「練習したのに」
「忘れたんですよね?」
「忘れた」
私は笑った。三年前。彼は愛のない結婚で構わないと言った。私も、それで構わないと思った。けれど三年間一緒に暮らして分かったことがある。愛情を要求しないことと、愛情が存在しないことは、同じではない。そして、誰かに必要とされることと、自分がその人を選ぶことも、同じではない。だから今度は、契約では決めない。
「エミリア・フェルトン嬢」
セドリックがやり直す。離縁した私は、もうアシュフォード公爵夫人ではない。フェルトン伯爵家の娘、エミリア・フェルトンだ。
「私と交際していただけますか?」
今度は間違っていない。
「はい」
私は答えた。
「喜んで」
セドリックが、目に見えて安堵する。
「よかった」
「ただし」
「まだ何か?」
「次に結婚の申し込みをするのは、もう少し先にしてください」
「どれくらい?」
「そうですね。一年くらい」
「長くないか?」
「三年間待たせたのはどちらです?」
彼は黙った。
「……一年待とう」
「はい」
「ただ」
「何です?」
「一年後は、契約期間を決めないでほしい」
私は少しだけ考えるふりをした。
「条件次第ですね」
「エミリア」
「冗談です」
私たちは歩き出した。三年前は、夫婦になるところから始まった。だから今度は。友人になって。恋人になって。その先を二人で決めればいい。愛のない結婚を終えた私たちは、ようやく恋を始めた。




