プロローグ
春の朝。校門へ続く坂道に、場違いなくらい甘ったるい匂いが漂っていた。チョコレートだ。支倉常長は露骨に顔をしかめる。
「……最悪だ」
彼にはチョコアレルギーがある。ただのアレルギーではない。食べるどころか、香りを吸い込んだだけでも、時には視界に入っただけで、派手に鼻血が出るという厄介すぎる体質だった。医者も首をひねり、本人も半ば受け入れている。
「おーい、常長くーん!」
坂の上から手を振るのは幼馴染みの江崎千世子。明るくてまっすぐで、少しおせっかいな彼女に、常長はずっと恋をしている。どうしようもなく、隠しようもなく。
「ねえ聞いて! 私ね、将来――ショコラティエになりたいの!」
その一言で、常長の思考は止まった。チョコを作る。チョコに囲まれる。
……終わった。静かに、しかし確実に、人生の詰みを理解する。
「どうしたの? 顔真っ青よ?」
「いや……別に……」
言えるわけがない。“君の夢、俺にとって命の危機なんだ”なんて。
そのとき、ふわりと甘い香りが漂う。
「あ、これ試作品なんだけど――」
小さな包みが開かれる。その瞬間、世界がわずかにスローモーションになる。
「食べてみ――」
言葉が終わるより先に、つ、と赤い線が鼻から落ちた。
「……あ」
「ちょっ!? 常長!?」
春の空に悲鳴が弾ける。甘い匂いと、赤い現実が最悪の形で交わった瞬間だった。
支倉 常長
体質:チョコアレルギー
発症条件:摂取・匂い
症状:鼻血・動悸・一時的能力覚醒




