最終話
カンッ、カンッと裏庭に高い音が響く。練習用の木剣で打ち合う音だ。
婚約の申込みを飛び越えてプロポーズをされ、真っ赤になって動かなくなった私とスウェン様を置いて、ライナス殿下と両親の間でそれぞれの手続きが進んだ。
その後、真っ赤になったままいつまでも固まっているスウェン様に、ルイが気を利かせて剣の手合わせを願ったのだ。
「ローウェル伯爵令息。いえ、お義兄様とお呼びしてよろしいいでしょうか。私、お恥ずかしながら大凶作の後より教師に剣術を習えていないので、お義兄様さえよければご指南いただけると嬉しいのですが」
ルイが子供らしく、弟が兄に強請るように言う。
ここのところ相手をしていたのは幼い弟妹達ばかりだったので、思い切り身体を動かしたいのかもしれない。
表情は笑っているのに若干冷気を感じるのは何故だろう。
意識が私から離れ再起動したスウェン様は、スッと沈着冷静に戻り、了承して今に至る。
ルイが木剣片手にスウェン様に飛びかかる。
スウェン様が片手で難なく受け止め弾き返し、後ろに飛びすさったルイは角度を変えてまた飛びかかる。
年齢による体格差もあり、ルイより背も高く身体も大きいスウェン様は余裕のある表情でルイの木剣を受け止めているが、ルイの方はいつになく真剣な面持ちで畳みかけるように打ちかかっている。
カァンッと一際大きな音がして木剣が弾き飛ばされ、ルイが地面を転がった。すぐに起きあがり落ちた木剣を掴み直して、再びスウェン様に飛びかかった。
「すごいな。ルイ•ダーレン伯爵令息は思った以上に結構な腕前ではないか。」
横で腕組みをして一緒に眺めているライナス殿下の口から、感嘆の声が漏れる。
「ローウェル伯爵令息がお強いのは知っていますが、ルイは片手であしらわれてますよ?」
ルイが努力して早朝に鍛錬を欠かしていないのは知っているが、1年以上教師も付かず、剣術も強いと言われている3歳上のスウェン様には、とてもとても相手にならないだろう。
「スウェンは力で押すタイプだが、弟君はスピードと技能で戦うタイプだな。しばらく教師が付かずにこの強さなら、将来はどうなることか」
ライナス殿下がチラリと私の方を見る。
「今の時点で、私より強いぞ」
え?
ライナス殿下は王子教育で、ずっと剣も嗜まれていますよね?スウェン様ほどでは無くても、結構お強いと聞いていますが…?
目を点にしてポカンとしている私に、ライナス殿下が笑いかける。
「恐らく弟君は、この女性と子供ばかりの家に賊でも入った時は、ひとりで撃退する心づもりでいたのではないか?」
守るつもりでいた弟が、そんなことを考えていたのか。
早朝、裏庭で必死に鍛錬していた弟の様子を思い出す。
12歳という年齢でそんな覚悟をさせていたことに、何もできなかった自分の無力さを感じた。
それと共に、一生懸命家族の事を考えてくれていた弟をぎゅうっと抱きしめたくなった。
後で、嫌がられても抱きついて撫でまくろう。
何度目かの弾き飛んだ木剣に、泥だらけになったルイが息を切らして地面に寝転がる。
「年齢の割には、中々良い腕だった。」
スウェン様が木剣を下ろして、ルイを讃える。
少し汗をかいているが、それでも余裕の表情だ。ほとんど最初の位置から動いていない。
地面に大の字に寝転んだルイは、口を真一文字に結んでとても悔しそうな顔をしている。
いつも大人びた表情をしているルイがとても年相応な不服顔をしていて、思わず笑った。
「姉さんを守れない位弱かったら、家から叩き出してやろうと思ったのに」
「姉君をかけての君からの挑戦を、負ける訳にはいかないんでね」
ボソッと交わされたふたりの言葉は、私の耳には届かなかった。
「イアン!チオーナ!」
ルイが裏庭の近くで遊んでいた、弟妹を呼ぶ。
きょとんとして駆け寄ってきたふたりに、イタズラっぽい笑みで言った。
「お兄さんが剣の相手をしてくれるって。ふたりでかかれ!」
「え!?本当!?」
「やったーっっ!!」
木剣を持った5歳児と6歳児が、ふたり揃って嬉々としてスウェン様に襲いかかった。
「え?え……!?ええぇ…っっ!??」
ふたりが息を合わせて、素早くもトリッキーな動きで打ちまくる。
幼い弟と妹にどうすればいいのか対処できず、スウェン様の悲鳴が上がった。
「何かあった時、実戦で使えるようにふたりを鍛えておいたんでね…役に立って良かった…」
ルイが砂埃を払いながら、不敵に笑う。
ライナス殿下は、叩きのめされて地に伏したスウェン様を見て、ボソリと呟いた。
「ダーレン伯爵家の子息子女は、皆末恐ろしいな…」
◇ ◇ ◇
私は、スウェン様の婚約者となった。
ライナス殿下が教えてくれた、不作の領地へ補助が出る法律も無事施行され、領地の財政も立て直しの目処が立ち始めた。
更に、スウェン様の実家、ローウェル伯爵家よりありがたくも融資のご提案をいただき、元通りとはいかないまでも最低限の貴族としての生活は出来るようになっていった。
弟妹達にも教師を付けることができ、それぞれ勉学に運動に剣術に励んでいる。
ルイが飛び抜けて優秀なのは知っていたが、6歳の弟イアンも勉学も剣術も達者らしく、5歳のチオーナは特に剣術、3歳のクインは知能がとても高いらしかった。
ルイが教えていたからか…!?この家で私だけ平凡…!?
ファナリス食堂には週に一回だけ働きに行っている。
大変お世話になった親父さん、おかみさんや毎日会っていた友達、キャシーと会えなくなるのが寂しかったからだ。
また、毎夜食べていた食堂の料理が美味しすぎて、週に一回でいいから食べたいという家族の希望もある。
スウェン様はとても心配したが、私の意思を尊重して辞めろとは言わなかった。
その代わり、帰りは離れたところに馬車と護衛を用意された。
護衛は、ガゼボで話した時に屋敷まで付き合ってくれたカーターさんだ。実は、夜ひとりで歩いて帰っていた時も、スウェン様に指示されて密かにカーターさんが護衛をしてくれていたらしい。
呑気に「王都の治安が良くてありがたや」と思っていた自分が恥ずかしい。
シルナリス学園も辞める必要がなくなり、また以前通り通い始めた。
没落してからはずっと醜聞付きの令嬢として、腫れ物に触らぬように距離を置かれていた。憧れの存在、スウェン様の婚約者となった今は、距離を計りかねて遠巻きにする人と、今までを棚上げして手のひらを返してくる人で二分した。
皆、家が厳しい時に距離を置いていた人達。どちらとも友達になれないなぁと思っていたら、スウェン様に手を握られてガゼボまで連れて行かれた。
そのまま何故だか、スウェン様とライナス殿下と私の3人で過ごす毎日だ。
ライナス殿下は、ルイ以外に下の3人の弟妹達にも目をつけ始めたらしく、そこはかとなく我が家びいきだ。
家の財政も安定し始めたので、学園卒業後、お金のために文官にならなくても良くなった。
私の将来が「結婚しなくても良いから文官になって稼ぐ」から「スウェン様の家にお嫁に行く」に変更になったので、花嫁修行をしながら、スウェン様の実家、ローウェル伯爵家について勉強中だ。
今更ながら、180度変わりすぎた状況にびっくりだ。
ガゼボでのスウェン様は、私を見つめたり、よく手を握ったりする。相変わらず、握った側からボンッと赤面してテーブルに沈むこともある。
普段クールなスウェン様が、私の前でだけ照れて挙動不審になるのにも大分慣れた。年相応の男の子らしくて可愛いとさえ思ってしまう。彼の疑いようの無い好意の大きさを目視出来て、くすぐったくもあり嬉しい。
ライナス殿下が時々呆れたような目で見てくるが。
春になったら、あれだけ切望していた、ルイの入学式がある。
学園生活の第四学年、最後の一年は、ライナス殿下付きになったルイも含めて、4人で騒がしく賑やかに過ごすのだろう。
晴れた広い空の下、ガゼボを柔らかい風が通り抜けていく。
プラチナブロンドをキラキラと風にたなびかせながら、スウェン様が伏していたテーブルからゆっくりと顔を上げた。
深く冷たい澄んだ湖を連想させるアイスブルーの瞳が、暖かさを湛えて目を細めた。
私は弟と違って天才ではなかったけれど、私を好きでいてくれる、この美しいけれど人間らしい天才と共に生きていくのだ。
この後、エピローグがあります。あと1話、お付き合い頂けますと幸いです。




