07
自分の部屋の机の上に両手で頬杖をついて、大きな窓の外を眺めながら考えてみる。
外は暗くなり星が出始めていて、紺色が深くなってきた空には薄金色の満月が光を放ち始めている。
スウェン様はカッコ良くて美しい。
一つに括られて背中に流れるキラキラしたプラチナブロンド、深く冷たい澄んだ湖を連想させるアイスブルーの瞳。中性的で美しく整ったお顔、引き締まって均整の取れた身体。
いついかなる時も沈着冷静で、文武両道才能高く、その能力を幼少時から見込まれてライナス殿下の側近兼友人をつとめてきた。
同年代では見た目も才能も飛び抜けていて、遠くからそっと眺めつつ、憧れ続けてきた存在だ。
では、彼の見た目と才能が好きなのだろうか。
似たような条件の男性はどうだろう。
整ったお顔に艶やかな黒髪、金色の瞳。王子教育を受けてきて文武共に遜色のないライナス殿下はどうか。
美しい金髪に青空を少しだけ濃くしたような碧色の瞳、我が家の天使、天才児ルイはどうか。
ルイは頑張り屋で可愛いくて大好きだ。ぎゅーっとして頭をぐりぐり撫でたい。
スウェン様の見た目と才能以外に、今までどこが好きだったのか。
ひとつひとつの所作が美しく、その動きを常に見ていたかった。
沈着冷静で、何かトラブルが起こっても慌てることなく処理していく姿は尊敬した。
いつもはクールで動かない表情が、気心の知れたライナス殿下と話す際にふと緩む瞬間も好きだった。
ガゼボで直接お話をした時は?
スウェン様は形の良いお耳を赤くして、テーブルに沈んでいた。
いつも頬は真っ赤に染まっていた。
動揺が収まらないようで、常に噛みそうになっていた。
ずっと見ていた、と言ってくれた。
ライナス殿下の言葉を思い出す。
「君は。彼が初めて見つけた『大切なもの』なんだ。」
スウェン様の、大事。
スウェン様の、心。
ブワッと顔から火が出そうになった。
学園に行きガゼボに連れて行かれてから次々と起こる衝撃に、今までよくよく受け止めて考えることを棚上げしていた。
ある意味、思考停止していたと思う。
え?
スウェン様が、私を好き?
私を好き、スウェン様が?
私も机に突っ伏した。
やっと言われたことがストンと心に落ちてきた。
スウェン様は、真っ赤になって、動揺して噛みそうになって、斜め上に暴走するくらい、私を好きでいてくれるのだ。
では、私はそんなスウェン様を。ガゼボでのスウェン様を、どう思うのか。
いつも冷静なスウェン様が真っ赤になって動揺するさまは、人間らしいと思う。
今まで何でも出来る超人のような、美しい人形のように思っていたが、スウェン様は同年代の男の子だった。
彼が動揺する事や困難を感じる事があれば、私の出来る限りの力で支え、一緒に立ち向かいたい。
彼が、辛く悲しい事があれば、分かち合いたい。
ガゼボで握られた手は、大きくて温かかった。
出来る事なら、もっと触れたい。その温度を感じたい。
彼をもっと知りたい。
ベッドにダイブして、両手で顔を覆って悶え転げたあと、最初から一つしかなかった結論に、心を決めた。
◇ ◇ ◇
婚約とルイの件を両親と話し合った翌日、ライナス殿下とスウェン様が我が家にいらっしゃった。
没落中の我が家は体裁すら整えられないが、ライナス殿下の「お忍びだし現状を知っているから気遣い不要」をありがたく受け取り、屋敷にお迎えした。
現在の我が家唯一まともなお部屋、応接室のソファに座っていただき、安価だがそれでもギリギリ用意した紅茶をメイド長が淹れる。
応接室には、ライナス殿下、スウェン様の他に、両親と当事者のルイ、私が同席する。
幼い弟妹達は、父が領地から連れて来たメイドが中庭で子守りをしてくれている。
軽く型通りの挨拶を交わすと、すぐに本題に入った。
父がテーブルに書類と婚約打診の手紙を並べ、口を開く。
「まずは、長男ルイの件ですが、多大なるご配慮とご厚情を賜りありがとうございます。ご提案、謹んでお受け致します。」
父とルイが頭を下げる。
「うむ、了解した。シルナリス学園に入学したら形だけでも我々と行動してもらうことになるが、よいか?」
ライナス殿下がルイに向かって尋ねる。
「はい、問題ございません。」
表情を動かさずにルイが答える。
来年には学園で、ライナス殿下、スウェン様、ルイと、美形3人が揃っている様を見られるのだ。眼福。
そっと心の中で感謝の祈りを捧げていると、表情を動かさなかったルイがこちらをチラ見して、見透かしたように若干呆れた顔をした。
「では、次は私から。ソフィア•ダーレン伯爵令嬢との婚約について、よろしいでしょうか。」
スウェン様が、私の方を見る。
昨日向き合った自分の気持ちを意識すると、冷静ではいられないので斜め上の事を考える。
今日は、いつも通りのクールで美しいスウェン様だ。没落した我が家の応接室とはあまりにもミスマッチだ。
例えば、壁にかけてある金が剥がれかけた額縁とキラキラプラチナブロンドのスウェン様、とてもミスマッチ。
私たちとスウェン様の間にあるテーブルにスウェン様が手を置いている。形の良い長い指、私より大きな手。テーブルの端の塗料が少し剥げている。美しいスウェン様の手とミスマッチ。
「ソフィア•ダーレン伯爵令嬢へ婚約打診の手紙を送らせていただきましたが、先日学園でも直接お話する機会がありました。」
ミスマッチ遊びをしているうちに、スウェン様が朗々と話し始める。
この前テーブルに沈んでいたスウェン様は、私のスウェン様への愛ゆえに行き過ぎた妄想だったのかな。
「私は、特に大凶作が起こって以降、ソフィア•ダーレン伯爵令嬢を見続けて来ました。」
両親に、我が家が没落してからライナス殿下とスウェン様がルイの様子を探っていた事は伝えてある。
「ダーレン伯爵令嬢は、行動力がありその明るさと元気さがとても魅力的です。いつも生命力がキラキラと溢れて輝いています。」
…ん?生命力?
「ルイ•ダーレン伯爵令息や幼少の弟妹君達への接し方は愛情に溢れていて、彼女の人となりが滲むようです。まるで神聖な聖母を見ているようで」
神聖な、聖母…?
「元々聡明な彼女ですが、非常に勤勉で成績も優秀です。多忙な中でも真摯に勉学に励まれているその様子は、学者にも研究者にも引けを取らない、国の宝です」
特に突出するものがない一学生に、それは言い過ぎでは!?
一見、落ち着いているように見えて、スウェン様はスウェン様だった。
プルプルと笑いを堪えているライナス殿下の隣で、スウェン様は続ける。
「先日、ソフィア•ダーレン伯爵令嬢が学園を休まれた際、特に自覚いたしました。彼女と会えなくなるなんて考えられない。生涯を、共にしたい。」
スウェン様が、強い眼差しで私を見つめる。
「ソフィア•ダーレン伯爵令嬢。私と、結婚して下さい。」
ボンッと顔に血が昇る。
真摯な言葉に、もう誤魔化しは効かなかった。
結婚…!!?
スウェン様と、結婚…!!?
動機息切れ、顔の熱さが収まらない。
両手で頬を押さえていると、目の前からもボンッと音が聞こえた気がした。
スウェン様が顔から耳から真っ赤になってプルプルしている。かろうじてテーブルには沈んでいないが、先ほどの冷静さはどうやら同じくやせ我慢のようだった。
何とか震える声で、言葉を絞り出す。
「よ、よろしく…お願いします…」




