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没落令嬢の大逆転〜天才弟の未来を掴もうとしたら、推しの様子がおかしいのですが〜  作者: たんぽぽ


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06

 目の前で、手がヒラヒラと振られている。

 爪の先まで手入れがされた、形の良い大きな手だ。


 「ダーレン伯爵令嬢、ダーレン伯爵令嬢」


 ライナス殿下が、私に呼びかける。


 両手を握られながら、スウェン様から直接聞いた、婚約の申込み。

 あまりの衝撃に、一瞬意識が飛んでいたようだ。

 戻って来られて良かった。


 「ダーレン伯爵令嬢も驚いただろうし、スウェンの動揺もひどいから、一旦休憩を挟もうか。」


 ライナス殿下が右手をスッと頭の上に上げた。


 「カーター。姿を見せてこちらへ来てくれるか。」


 殿下の呼びかけに、姿を現した騎士が近寄って来る。


 「私と二人きりになるのはお互いに体裁が悪いと思うのでね。護衛騎士を同伴させてもらうよ。」


 この場を仕切るように、殿下がそのまま言葉を続ける。


 「スウェン。ダーレン伯爵令嬢にあの話もしなければならないから、資料を持ってきてもらえるかな。」


 「かしこまりました」


 私の手を握りながら真っ赤になってプルプルしていたスウェン様。ライナス殿下に頼まれたら反射的に身体が動くのか、スッと真顔になって一礼し、校舎に向かって行った。


 「さて」


 ライナス殿下はスウェン様が見えなくなったのを確認してから、その長い足を組んだ。


 「頑張って喋っていたけど、スウェンは貴女が絡むとポンコツになるのでね。補足させていただいていいかな?」


 顎の下に軽く握った右手を添え、艶やかな黒髪を揺らしたライナス殿下が、その金色の瞳を細めてニッコリと笑った。


 「スウェンはね、見た目も良いし、賢くて剣術もできるだろう。何でも出来る代わりに、昔からあまり感情の動かない男でね」


 私は、頷く。

 ずっとスウェン様を見ていたけど、そんな感じだった。

 そこがまた、カッコイイんだけど…!!


 「あまり大切なものも無くて、何かに執着する気配も無かったんだよ」


 うんうん、そんな感じがする…!!そんなクールなスウェン様もカッコイイ…!!


 「ところがね、貴女の家を調べ始めてから様子が変わったんだ。」


 うち?ルイが賢すぎるからかな?

 私は小首を傾げる。


 「ダーレン伯爵令嬢…そんな顔と仕草をしたら、スウェンが即座に使い物にならなくなるから、気をつけてくれるかな…。それでスウェンが、弟君を中心に貴女の家の様子を見守っているうちに、報告の半分は貴女の様子になってきてね…」


 ライナス殿下が右手で顔を覆い始める。


 「貴女がどれだけ努力して、今の成績を維持しているのか。学園が終わった後、食堂でどれだけ働いて、笑顔や声が素敵なのか。料理やジョッキの配膳の仕方と効率が素晴らしいのか。」


 んん?勉強はともかく、笑顔やら配膳の効率とは何ぞ?


 「食堂の仕事をして帰宅した後、どれほど弟妹君やルイ•ダーレン伯爵令息を大事にしていて、その様子はさながら天使が舞い降りたような光景なのか」


 天使が、舞い降りた、光景…??それは何ぞや…???


 ライナス殿下は、顔を右手で覆ったまま、長いため息をついた。


 「スウェンは、初めて大切なものが出来た気持ちを持て余し過ぎて、貴女が絡むと平常心を保てず斜め上に暴走してしまうらしくてね…それでも」


 殿下は組んでいた足を解いて、顔を覆っていた右手を下ろした。


 「君は。彼が初めて見つけた『大切なもの』なんだ。」


 金色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめて微笑む。


 「王族の私が言うと強制になってしまいそうで、言おうかどうか迷ったんだが。スウェンのひとりの友人として、彼の気持ちを考えてみてもらえると嬉しく思う。」


 スウェン様の、大事。


 スウェン様の、心。


 胸の辺りに置いていた手を、ぎゅっと握った。




 タイミング良く話の切れ間に、書類を持ったスウェン様が戻って来る。

 何も無かったような顔で、ライナス殿下が少し左に寄って、スウェン様の座る場所を開けた。


 スウェン様が、座ってからテーブルの上に持ってきた書類を私の方に向けて広げた。


 「スウェン、説明を。」


 スウェン様が、頷いてから話し始めた。


 「まず凶作についてだが、昨年の大凶作はダーレン伯爵領他農作物を主とする地域は同じく損害が大きく、食料不足と共に財政的に経営困難な領地が複数確認できた。その為、収穫量が一定割合以下になった領地に補助が出される法律が、来月には制定される見込みだ。」


 スウェン様が、書類から視線を上げて私を見つめる。

 いつものクールでキリッとした美しい表情から、少し目元を和らげた。


 「もちろん、ダーレン伯爵領も補助の対象内だ。これで財政が大分楽になるだろう。」


 国の補助が出る…!!これで、父も母も領民も、みんな助かるんだろうか…!?


 ルイも、問題なく学園に入学できるだろうか…?


 「続いて、貴女の弟君、ルイ•ダーレン伯爵令息についてたが」


 私はハッと顔を上げ、スウェン様を見つめる。


 「こちらでも調査をさせていただいていたが、ルイ•ダーレン伯爵令息は、幼少期より学力•剣術において類稀なる才能を有していることが確認されている」


 スウェン様をガン見してコクコクと頷く。


 「その才能をライナス殿下の元で生かしてもらえるのなら、学費を卒業まで援助する用意がある。」


 「私の側にいる話は、建前だ、建前。このまま万が一市井にでも下るとしたら、国の宝ををドブに投げ捨てるようなものだからな。後ろ盾も無い没落した令息が、才能だけ高いと何かと身の危険もあるものだ。成人するまで私の名前で保護する意味もある。成人する頃には、自分の身の振り方は選んでもらって構わない。進路はどうであれ、間違い無く有能であり国益になるだろうからな。」


 ライナス殿下がヒラリと片手を振る。


 「書類を良く確認してからの返答で構わないが、悪い条件では無いはずだ。」


 ルイが、学園に行ける…!!更に、第二王子であるライナス殿下と、才能豊で将来を約束されているスウェン様に、保護してもらえる…!!


 パアァッとルイの将来が広がった気がして。安心やら今までの緊張が解けたやらで、驚きの後つい頬が緩んでにへらと笑った。


 次の瞬間、ガンっと音がして、スウェン様の頭がテーブルに沈んだ。


 「はあ…ダーレン伯爵令嬢…先ほども言ったが、そんな顔とをするとスウェンが使い物にならなくなるから、気をつけてくれたまえ…」


 テーブルに沈んだスウェン様は動かなくなった。


 プラチナブロンドの隙間から覗き見える、形の良い耳が真っ赤っ赤だ。スウェン様は、耳の形まで美しい。


 「ダーレン伯爵令嬢。その書類は持って帰って構わないから、後日返答を聞かせてくれるかな。弟君のことも。スウェンとの婚約のことも。」


 「はい。領地に居る父にも連絡致しまして、父の王都への到着日が分かり次第、連絡させていただきます。連絡は第二王子殿下にいたしますか?スウェン様にいたしますか?」


 「どちらでも連絡が取りやすい方で構わない。私とスウェンで訪問させていただく。」


 訪問!?今、うち、掃除も手入れも行き届いて無いんだけど…!?


 「なに、答えを聞くだけの非公式な訪問だ。書類にあった現状も見ておきたいので、気を遣わなくて構わない。」


 気さくな王子様は、ニッコリとおっしゃった。


 「ルイのことは分かりました。でも、私がスウェン様の婚約者なんて、とても釣り合わないのではないでしょうか。スウェン様は文武両道で才能高くお姿もお美しい方ですし、それに比べて私なんか、頑張れば成績は維持できるかもしれませんが、肌も荒れて髪も手入れできていませんし」


 言った瞬間、テーブルに伏していたスウェン様ガバッと起き上がった。


 「ダーレン伯爵令嬢。貴女は今のままでも愛らしく、生きる力が溢れているようにキラキラ輝いていて美しい。だが、手入れを気にしているのか?」


 見たことの無い顔をした、口を真一文字にしたスウェン様が、訳のわからない言葉を混ぜながら早口で聞いてくる。


 「ええ、まあ。スウェン様はカッコ良くて美しいと有名なので、隣にいるにはあまりにお粗末かと…」


 「では、行こう」


 へ?どこへ…??


 バッと勢いよく立ち上がったスウェン様に、再び手首を掴まれる。

 そのまま手を引かれて、校門の方へと歩き出した。


 ライナス殿下が顔を覆って、あちゃーみたいな表情をしている。


 「ふたりきりは体裁が良くないから、カーター、付いて行ってやれ」



 ライナス殿下の護衛騎士、カーターさんも何故か一緒にスウェン様の屋敷に連れていかれ、メイドの方々に囲まれて、香りの良いお風呂に浸けられ、隅々までマッサージされ、保湿剤と香油をふんだんに使われ手入れをされた。

 プルプル、ツヤツヤになったところで美味しすぎる昼食をいただき、家族分の夕食を持たされた。


 ファナリス食堂にはお休みの旨を伝えておいたと言われ、そのまま屋敷まで馬車で送っていただく。

 屋敷まで付き合ってくれた、カーターさんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 ルイはツヤツヤになった私を嬉しそうに見ていた。



◇ ◇ ◇



 父を領地から呼び戻し、両親と私とルイで今回の件を話し合う。


 ライナス殿下がルイの学費援助と保護を申し出てくださった件は、ありがたくお受けする事にした。


 ガゼボでのお話通り、学園で過ごす際は一旦建前上ライナス殿下に付く形になるが、書類上でも成人後の選択の自由は保障されていた。

 そもそも、市井に下るかどうかと言うレベルの話をしていたのが、学園に通いながら王族に目をかけてもらえるなんて、大出世も良いところだ。

 ルイは「学園で勉強が出来るのは魅力的だけど、正直姉さんが学園を辞めないのなら何でも良い」と言っていた。


 スウェン様と私の婚約については、両親が私の意思を尊重すると言ってくれた。


 本来ならば、もう嫁に出す当てもない娘だ。財政の厳しいうちがローウェル伯爵家と結べる縁は、喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 かの領地は、貿易も商売も盛んな上に歴史の古い由緒ある家柄で、王家との伝手もあるのだ。


 両親は没落してから休みなく駆けずり回っており、ふたりとも疲れ果てた顔をしている。

 それでも私に選ばせてくれる両親に、心が温かくなった。



 

 こんな卒業を来年に控えていて、家も没落、頼れる知り合いも友人もいない。むしろ皆に腫れ物のように避けられている私だ。

 本来なら今後結婚できる見込みもないので、嫁にもらってもらえると言うのならば、迷う事なく選択肢はひとつなのだろう。


 だけど一度、自分の心としっかり向き合うために、少しだけ時間をもらった。

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