05 ※スウェン視点
私の名はスウェン•ローウェル。ローウェル伯爵家の長男だ。
ローウェル伯爵家の歴史は古く、王家の覚えも良い。海に面している領地で貿易と商業が発達し、他国との関係も良好な今、それなりに栄えている。
家族は、祖父母、両親共に健在で、下に4歳年下の妹がいる。
家族仲は悪くない方だ。妹はませていて、すぐに恋愛方面の話題を欲してある事ない事聞いてくる。
幼少時より、少しだけ同年代よりも勉強や剣術が出来た。周りが囃し立てたが、興味は無かった。
6歳で同年代の第二王子殿下、ライナス殿下の友人役として王城に呼ばれた。ライナス殿下は明るくて快活な人柄で、好奇心旺盛な彼によくイタズラに付き合わされた。
自分は黙々と勉学と剣術に勤しむ性格だったので、彼に振り回される事で新しい発見や発想を得るのは興味深かった。
正直、同年代とは知識の差もあり話も合わなかったので、王子教育を詰め込まれていて教養深いライナス殿下と話す事は楽しかった。
ライナス殿下には5歳上の兄殿下がいらっしゃったが、少しお身体が弱くていらっしゃった。
どちらが王位に付くかと大人達が噂をしていたが、ライナス殿下は兄殿下を尊敬しており、兄殿下の治世を支えるつもでいた。ライナス殿下の将来の側近として扱われていた自分も同意だった。
自分とライナス殿下が10歳の時に、3歳下の天才児ルイ•ダーレンの噂を聞いた。
齡7歳で、学園入学前12歳位までの教育を既に収めており、剣術にも優れ少し上の年代にも負けなしだと言う。
ライナス殿下が興味を引かれて噂の実態を調べさせたが、どうやら事実らしかった。
「これは面白いな。兄上には少し歳が離れているから、こちらに引き入れたいな。」
そう言いながらも、ダーレン伯爵家は王家やローウェル伯爵家と縁遠く、様子を見ながらもタイミングが掴めないまま、多忙に任せて時間が過ぎていった。
これは、ルイ•ダーレンの学園入学時に、先輩後輩として距離を縮めるのが得策かと思い、彼のシルナリス学園の入学を心待ちにしていた時にそれは起こった。
エルヴァリア王国の、天候不良による未曾有の大凶作。
国内で農産物が大打撃を受け、被害は甚大だった。
豊かな国の財政や他国との良好な関係もあり輸入で食糧難は免れたが、小麦をはじめ農産物で成り立っているダーレン伯爵領の打撃は計り知れなかった。
「おい、これ。ダーレン伯爵家、爵位返上するんじゃないか…?」
ライナス殿下がダーレン伯爵家を調べさせた書類を見て苦い顔をする。被害総額があまりにも大きい。
「ルイ•ダーレンのような逸材を市井に下ろすのは惜しい。スウェン、ダーレン伯爵家の現状を継続して調査しておいてくれないか。」
こうして、ダーレン伯爵家を常に監視する事になったのだが。
調査したダーレン伯爵家のあまりの内情に、唖然とした。
使用人は紹介状を持たせて、執事長、メイド長、メイドひとりの3人以外全て解雇。
ダーレン伯爵は執事長とメイドひとりを連れて伯爵領現地に飛び、現状確認と現場指揮。
ダーレン伯爵夫人は、王都のタウンハウスで王城とのやり取りと執務をひとりで取り仕切り。
ルイ•ダーレンは、子供達とメイド長、ダーレン伯爵夫人、女子供7人だけで生活している状態だった。
治安の良い王都とはいえ、貴族街のタウンハウスに没落した女子供数人での生活。賊が狙い放題のその状況に、そっと周囲に護衛を配置した。
ルイ•ダーレンは、執務漬けの母親と学園に行く姉の代わりに、下の弟妹の世話を引き受けているようだった。
教師の教えも受けられず、能力を伸ばす機会も得られず、何という才能の無駄遣い。
淡々と事実を書類に綴っていく際に、ふと同じ歳のご令嬢がいた事を思い出した。
ダーレン伯爵家が没落してから、より影が薄く記憶に残っていなかったが、学園の同じクラスにルイ•ダーレンの姉、ソフィア•ダーレンが在籍していたはずだ。ライナス殿下も存在を忘れているに違いない。
家がこんな状況では、深層のご令嬢ならさぞ消沈されていることだろう。
そう思い、彼女の資料に目を通した時だった。
なんだ、これは…??
学園で授業を受けた後、平民街の食堂で働いている…?正真正銘、貴族のご令嬢が…?
書類の報告を信じられなくて、髪色を隠して変装し、現地の食堂にも行ってみた。
にこやかな笑顔。注文を取る大きな声。両手にジョッキと大皿を持ち、あちこちのテーブルへと元気に配膳していく。
意気消沈どころか、キラキラと生命力に溢れたその姿に目が離せなかった。
生粋の貴族令嬢なのに、少し手が荒れ、一括りの金の髪は纏まりきらずにふわふわと揺れている。
またその様が、逆境に立ち向かう彼女の生命力を感じさせた。
家のために苦労をして働いている彼女には不謹慎で申し訳無かったが、その姿見たさに食堂に通ってしまったのは内緒だ。
食堂が閉店し、片付けが終わったであろう時分に彼女は店を出て徒歩で帰宅する。
治安の良い王都とはいえ、真っ暗な夜道を女性、いやまだ少女と言える年代のひとり歩き。
しかも、平民街の食堂から貴族街の屋敷までは結構な距離がある。
そっと、彼女にも護衛を追加した。
彼女は屋敷に戻ってからも、幼い弟妹の世話をし、ルイ•ダーレンの世話をし、勉強のためか遅くまで部屋の灯りは消えなかった。
毎日学園のクラスで一緒になる彼女を、授業中にそっと横目で見てみると、あまり顔色が良くない。
彼女の将来の夢は王城の文官になり家計を助ける事らしいので、成績を落とさないように無理を続けているのだろう。
その日は、突然やってきた。
彼女が目の前で、階段から足を踏み外したのだ。
咄嗟に手を伸ばしたが、距離があって全く届かない。
鈍い音を立てて彼女が階段を転げ、動かなくなった。
かなり動揺していたと思う。彼女の頭や骨折の有無を軽く確認し、横抱きにして医務室に運んだが、そこで合流したライナス殿下に落ち着くよう嗜められた。
「頭も打ってなさそうだし、軽い打撲ね。ただ、過労気味なのかしらね、少し発熱しているわ」
彼女は金額を気にして屋敷に医者を呼ばない気がしたので、医務的でしっかりと診てもらった。
過労。
自分は、知っていた筈だ。ずっと見てきたのだから。
知っていたつもりで、全然分かっていなかったのだ。
熱が引いたら彼女はまた、同じように休みの無い日々を過ごすのだろう。
そして…?
我が身を顧みず働きに働いて、また倒れるのか…?
眠っている彼女の青白い顔を見ながら、動悸が止まらず震えていると、横から呆れ顔のライナス殿下が今日何度目かのセリフを言った。
「ちょっと落ち着け」
目覚める気配の無い彼女を馬車で屋敷に送り届けた。お節介ついでに、彼女がこの後行く予定だったファナリス食堂にも体調不良による仕事の休みを伝えておいた。
彼女に見舞いに行きたいが、突然訪ねても迷惑だろう。その後、熱は引いただろうか。打ち身は傷まないだろうか。
大丈夫、だろうか。
口に出しながらウロウロと歩いていると、ライナス殿下が口癖にでもなったように「落ち着け」と呆れた顔で口にした。
彼女が元気になって登校するのを、一日、一日と待ちわびていたが、彼女は現れなかった。
あれ以来、あまりの動揺にしばらくダーレン伯爵家の調査書を見ることが出来ずにいたのだが、どうやらこの事をキッカケにルイ•ダーレンと度々口論になり、彼女は学園を辞めるつもりのようだった。
学園を、辞める…?
彼女が学園を辞めたら、市井に下りるかもしれない。
そうしたら、もう、会えない。
目の前が真っ白になり、思考が停止する。
もう、会えない。
二度と。
ライナス殿下が「落ち着け!」と叫んでいる気がしたが、振り切って実家へ向かった。
最速、全力で両親を説得してソフィア嬢への婚約許可をもぎ取り、ダーレン伯爵家のタウンハウスへ婚約打診の手紙を送る。
婚約出来たら、彼女とずっと一緒に居られるだろうか。
横でライナス殿下がずっと何かを言っているが、全く頭に入ってこなかった。
婚約打診の手紙を送ってから、彼女の登校を校舎の入り口で待っていた。
彼女なら、縁もゆかりもなかった自分が何故婚約を申し込んできたか、直接話を聞きく為に登校してくると思ったからだ。
ライナス殿下は呆れ切った顔をしながら、それでも毎日付き合ってくれる。
そして、手紙が彼女の家に到着した翌々日、ついに彼女が登校してきた。
彼女の姿が視界に入った途端、身体が動いた。
何とか勢いに任せないよう自制しながらも、一瞬の躊躇いの後、彼女の手首を掴む。
そのまま、もう二度と手離さない気持ちでそのまま彼女をガゼボに連れて行った。
彼女の手首は、細くて柔らかかった。




