03 ※ルイ視点
僕は、ルイ•ダーレン。ダーレン伯爵家の長男だ。
5人兄弟で、上には3歳上の姉、下には6歳、5歳、3歳の幼い弟妹達がいる。
ダーレン伯爵家は、小麦を主とする農業で成り立つ領地だったが、タイミングの悪い長雨と高かった気温に、昨年は大凶作に見舞われた。
それにより、赤字に赤字を叩き出し我が家は没落、両親は領地の立て直しに日夜奔走している。
家計も火の車、使用人を維持する余裕もなくて、僕たちが住むタウンハウスは女性2人と子供5人という、治安が良いとはいえ何とも防犯上心許ない状態だ。
いざという時には、剣に覚えがある自分が前面に出て姉や弟妹達を守るつもりで、常に帯剣しているし短剣やナイフも服の下に仕込んでいる。
少しでも足しにならないかと、6歳の弟イアンにも剣を仕込んでいるが、対抗心を燃やして5歳の妹チオーナも一緒に鍛錬するようになってしまったのは計算外だ。
しかも、イアンより筋が良いかもしれない。
僕は天才児だの何だの言われているが、家がこんな状況でも12の歳では余りにも出来ることが少ない。
少しでも足しにと仕事を探すにも、下の弟妹達を教え世話をする人手もいないのだから、母や姉の負担を減らすには今の役割が適任だった。
弟妹が就寝中の早朝、裏庭で剣の鍛錬をする。腕を落としたく無いのもあるが、防犯が危うい状況の中、少しでも強くなって僕1人でも難なく撃退出来るようになっておきたい。
以前、剣の教師に教えてもらったことや騎士達の鍛錬を目にした記憶を思い出す。年齢に合った体力や筋力の基礎トレーニングをはじめ、剣の型や対人戦を想定した練習を繰り返した。
家族皆で一緒に朝食を取ると、母は執務室へ、姉は学園へと、忙しなく食堂を後にする。
母と姉は、朝から晩までびっしりと執務に学園にと仕事が入っている。
長く息を吐きながら、一度目を閉じて、そしてゆっくりと目を開けて。
自分に出来ることが少ない無力さを飲み込みつつ、2人の背中を見送り、弟妹達との今日の過ごし方を頭の中で確認した。
使用人がいる貴族の生活から急激な節約生活に変わっても、幼い弟妹達は動じる事なく適応した。両親や姉を見ても割と肝の据わった性格をしていると思うが、弟妹達も太そうな神経をしていて助かったと思う。
適齢期に近い年代の僕と姉は、没落貴族の令嬢令息として醜聞がついている。同年代の令嬢や令息とも交流を持てておらず、貴族としてはマイナスに振り切れたスタートだ。
しかし、弟妹はまだ幼いので、彼らが適齢期になる頃には家を立て直して醜聞無く過ごすことが出来るかもしれない。苦なく学び、同年代の令嬢令息と交流を持ち、友人を作り、学園に通う。
自分にはもう手に入らなくとも、貴族として当たり前だと思っていた日常を、弟妹には過ごさせてやりたい。
未来ある彼らがその生活に戻れるように、他の貴族の子供達にも劣らない知識と教育を施すのが、3人の世話を任されている自分の役目だ。
日が落ちて外が暗くなり、姉が仕事から帰ってきた。
母は領地の執務が多忙で、朝晩の食事の時間しか顔を合わせられないため、弟妹達はすっかり歳の離れた姉を母のように慕っている。
姉は、ぎゅうっと駆け寄った弟妹達を抱きしめ、その後僕も抱きしめてくれる。
3歳しか違わない姉。僕と同じくらいの背丈、柔らかくて華奢な身体。女性の彼女が学園の後に遅くまで仕事をして、夜道をひとり、徒歩で帰ってくる。長男で男なのに、何もできない自分の無力さが悔しくて、姉をぎゅうっと抱きしめ返した。
感傷に浸る暇も無く、食事をし、走り回りケンカをする弟妹を捕まえて、風呂に入れて寝かしつける。
メイド長は1人で屋敷を回しているので、自分達の身支度を含め、弟妹達の生活は出来るだけ僕と姉で見るようにしている。妹のチオーナは女の子なので、姉に任せている部分も多い。
下の3人を寝付かせた後は、姉さんは僕の髪も乾かしてくれる。自分で出来る事だし、姉さんは遅くまで仕事をして疲れているので、早く休ませた方が良いのは分かっているが、僕を甘やかしてくれるこの時間が大切で、中々手放せなかった。
女性らしい細くて柔らかな手で、櫛を持ち、僕の髪を梳かす。
「ルイの金色の髪は、本当にキレイね。」
姉さんが上機嫌で梳かし、少し香油を使って手入れをしてくれる。
僕は、姉さんのウェーブがかったサラサラの金の髪の方が綺麗だと思うし大好きだ。男の僕の髪が綺麗な必要は無いので、香油は女性である姉さんの手入れに使って欲しい。
そう言うのだが聞き入れてもらえた事はなく、機嫌良く手入れをしてくれている姉さんに強く言えない。
やはり、小さな子供でも無いのに、この甘やかしてくれる時間を手放せないのだ。
僕を甘やかした後、姉さんは自分の部屋に戻り遅くまで学園の勉強をする。
「私は平凡だから沢山勉強しないと成績が維持できないのよ」と言うけれど、この生活で一番上位のクラスを維持していること自体、姉さんの頭の良さを証明している。
学園が休みの日も1日中働きに出ていて、弟妹の世話に、勉強に。正直、姉さんがどれほど睡眠が取れているかも怪しいし、明らかにオーバーワークだ。朝食時の顔色も、あまり良く無い。
姉さんは、責任感が強くて頑張り屋だ。賢くて優しくて綺麗で、僕の自慢の姉さんだ。
今でこそ、その忙しさと財政的に手をかけられていないが、没落前は人気があった。
その白い肌に揺らめくウェーブがかった豊かな金の髪、可愛らしく整った顔立ちに好奇心にキラキラ煌めくアメジストの瞳、明るくて優しく気配りの出来る、客観的に見ても魅力的な女性だ。
没落した事で距離を置かれるようになったようだが、景気の良い時にはおこぼれに預かろうと姉さんに擦り寄ってきて、家の雲行きが怪しくなってきたら離れていった奴らの、顔と名前は忘れない。
僕は学問や書物が好きで勉強してきたし、剣術にも打ち込んできたのは身体を動かすことも好きだったからだ。伯爵家嫡男としてそれなりに責任を果たすつもりはあるが、将来の出世を狙ってのことではないし執着もない。
姉さんは僕を学園に行かせようと一生懸命仕事をしてくれるが、正直僕は学園に行かずに市井に下りて、商人になっても良いと思っている。商売を大成させて、金銭的に家を支えるのだ。
僕の下には6歳のイアンも3歳のクインもいるのだから、後継的にも問題はない。
姉さんには食堂の仕事は辞めてもらい、睡眠を取りつつ無理せず学園を卒業して、王城の文官や彼女の望む職について。醜聞関係なく、仕事と人柄で評価を受けられれば良いと思う。
頑固な所もある姉さんには、聞いてはもらえないだろうが。
女性として手入れをする事も着飾る事も出来ず、長女だからと苦労ばかりしている姉が、幸せになれればと思う。
そして、その為に僕に出来ることがあるとすれば、手段を選ぶつもりはないのだ。




