第8話・商人の正体と報酬
地上に転送された13人目の勇者の手当が済んだとアシュフォード姫から連絡があった。未読が一気に既読になって、ゴキゲンのようだった。両腕が落とされていない、ことに疑問がある、とアシュフォード姫からの連絡は冒頭の数行スマホに表示されただけで、未読のままにしておいた。その疑問は俺も持っていたからだ。明快な返事ができない以上、既読スルーの方が罪のような気がする。何か返事できる要素がないと。
勇者ガルバは大楯使いの、シールドバッシャーとでもいうのか、剣を装備していない。盾が防具であり、武器であるのだ。消去法なら、あの背中を斬られた勇者も、商人の首も、斬り終わりがテール(尾)のカタチになっているのは、片刃剣によるものだ。
シュレインが持っている巨大剣は両刃、なら、ガルバが犯人かと思ったのだが。勇者のつるぎが片刃剣なら、奪って斬って、捨てれば証拠隠滅もできる。だが、周囲のどこにも勇者のつるぎは見当たらない。
「おかしいな、商人の首から上、顔が見つからんな」
ススムが商人の首から下を調べながら、周囲にも目をやっていた。斬られた首が消失することはあり得ない。勇者のつるぎを覗いては持ち込みリスト通りに商品があった。だれもこの商人から買い物をしていないのか?
ススムは商人の首の斬りあとを確認した。
俺がテールの痕、片刃剣によるものだと告げていたが、気になり始めたのか。
アシュフォード姫から着信だ、メッセージを読まなさ過ぎてしびれを切らしたのか。こういうときはおっかない。
「すみません、メッセージ読んでなくて」
「それより、アンタ、また変な推理してんじゃないでしょうね?」
「あぁ、まぁ、それは、その」
「斬り落とされた腕、全部、片刃剣特有のテールがあったわ。最初の勇者を殺して、蘇生魔法しても、腕が生えなかったでしょ? あれは、その腕を使っている別の生命体がいるからよ」
「使う?」
ススムが聞き耳を立てている。スピーカーモードに変えた。
「ススムです、ワシもそこ考えていたんだが、斬り落とした腕に生命体が寄生しているってことじゃないかと」
「あら、パパさん、そう。私もそう思う。だから、その一連のトラブルって」
「あぁ、皆までいわなくていいですよ姫さん」
ススムはそう言うと、ポーチからイフリートの護符を取り出した。ガルバとシュレインに合図して、エンチャントの構えを促す。ガルバの大楯とシュレインの巨大剣がイフリートの加護を受け、力強く燃え盛る。
熱風が顔にあたる、ガルバは炎に包まれた大楯で前進する。周囲の熱気に、隠れていた何かが蠢いている。
それは肩当て、小手を装備した勇者たちの両腕、その芯となる身体や顔は防具なしのむき出しのまま。12体いる。首から下だけだった商人の両手両足が小刻みに震える。
「なんだよ、これ」俺だけが腰を抜かしている。
「スライムだ」
ススムが確信をもって答えた。ガルバとシュレインはわかっていたようだ。
13人目の勇者が両腕を落とされずに、背中だけ斬り付けられたのは、魔法塗装された鎧だったからに尽きるらしい。アシュフォード姫からの未読のメッセージによると、どうも勇者の鎧を作った工房によるものらしく、相性がわるかったと。
何との相性?
勇者のつるぎとの相性だった。
勇者の盾、勇者の兜、勇者の鎧、勇者の小手、勇者の脛当て、勇者のつるぎ。
これら勇者シリーズの装備は、泣き別れした場合、互いが互いを破壊しないようにと反発共鳴するように仕込まれているらしい。あの13番目の勇者が装備していた鎧は、勇者の鎧ではないが、その親戚筋にあたるような鎧だったと。鎧が肩当て部分まで保護しているタイプで、特定の剣では斬れないというものだ。つまり、勇者のつるぎ、で斬られそうになったが、腕は斬り落とせず、背中にだけ斬撃を受けたということだ。
あくまでも勇者シリーズと親戚的な存在ゆえに、勇者のつるぎでも多少の破壊はできるといったところか。
「ほら、おいでなすったね」
シュレインが巨大剣を掲げる、火炎魔人イフリートによるエンチャントは、敵を仕留めるまで消えない。執念深い。
剣と盾による炎が、暗いダンジョンを照らす。
斬られ落ちたはずの商人の首は、小さなスライムとなって散り散りになっていた。それらが再び集結し、首から下とつながる。
入ダンジョン時に登録した商人の顔だ。
それに、周囲は腕だけ勇者たち、それ以外の部位はまだ不定形の人型。スライムが擬態しているものだ。
「話せるか? スライムたち」
「あぁ」
商人が声を発した。
「事情を説明できるか?」
「もちろん、われわれスライムを必要以上に襲った勇者たちがいる。目の前のこの二人も同じく」
「それって、旅の冒険を始めるにあたって、最初はスライムばかり倒すってやつ?」
俺は物おじせず、スライム商人に聞いた。
「そうだ。我々が冒険の登竜門的モンスターになっているのだ」
「それは、仕方ないのではないか?」
俺がスライム商人の問う不条理さを突き放した。
「それは、仕方なくないな」
ススムが続ける。
「生物界において、捕食と縄張り以外に狩るというのは考えられないことだから」
俺たちは1階でスライムとの戦闘を避けてここまで来た。2階のシダ科の植物が群生していたのは、1階で死んだスライムの死骸が栄養素となり、階下に漏れ滴り、異常なほどに生育したということか。
「あえて、商人の姿に擬態して、ここに?」
周囲の人型スライム12体は、沈黙してその様子を見ている。手出ししないようにと、商人が制しているのが伝わる。
アシュフォード姫からのメッセージが届いた。ススムにスマホ画面を見せる。
アシュフォード姫は転送されてきた勇者を全員一度殺害している。その後、蘇生魔法をかける。賢者でも1日何度も蘇生魔法を扱うのは困難だと聞いた。皆、蘇生はするものの、腕は生えてこないとあったが、背中だけを斬られた13人目の勇者は、腕が生えることはなく、生き返ることもなかったというのだ。
蘇生失敗?そんなことはないと、アシュフォード姫から補足連絡があった。一つ言えるのは、人間による蘇生魔法は魔物には無効であるということ。13人目の勇者は、スライムによる巧妙な擬態、鎧の傷すら擬態だったのだ。
「スライム商人さん、ダンジョン外に出た仲間、死にましたよ。さて、どうします? 13人目の勇者はどこに?」
取り囲んでいる人型スライムたちがいまにも襲い掛かりそうに、軸足をずらしている。武器を自身の身体から生成し始めている。各々、腕からの情報により元の勇者たちが所有していた武器を再現する。
「厄介なことになりましたね」
ガルバが息をのむ。緊張しているのか、汗が噴き出ているのがよくわかる。
「じゃぁ、これでおあいこ、といったところですね」
スライム商人の言葉は、暗に13人目の勇者は殺害したということを意味していた。
ガルバはシュレインに向かって、シールドバッシュを発動した。盾による突進、しかもイフリートのエンチャント加護を受けた炎の盾。シュレインは、体制を崩し手持ちの巨大剣が大きな上半身に突き刺さった。
「なんと」
ススムが俺に覆いかぶさりながら、つぶやいた。炎のしずくが、いたるところに飛び散っていた。
「これでいいか、スライム商人さん」
「ありがとうございます」
スライム商人は頭を下げた。
「どういうこと?」俺の問いに
「そういうこと」とススムが答えた。
ガルバは、スライム商人から報酬と称した勇者のつるぎを受け取った。
アシュフォード姫がこっちの様子を知りたく、電話をかけてきた。
「どうなってんのよ」
「といいますか、取り込み中に電話してくるって」
「いいのよ、私、お姫様よ」
「自分で名乗るのも珍しい」
「しかも、蘇生魔法無限に唱えられる賢者だし」
アシュフォード姫には、ススムが説明し始めた。
二週間前、スライムに擬態した商人が前田ダンジョンにやって来た。俺が大学に行ってた時間帯だ。アシュフォード姫と龍蒼も不在だった。
ハイレベルの勇者にもなってなお、スライム狩りをしている者がいると。その者を、なんとか討ち果たして欲しい、という申し出だった。ススムは断ったが、モドリが請けなさいと言った。ススムはそれなら仕方なしと、渋々この案件を請けた。つまり茶番だ。
15人の勇者にそれとなく、《勇者のつるぎ》を持った商人がこのダンジョンにいるとススムに宣伝させた。それを聞きつけた15人の勇者たちは、我先にと前田ダンジョンに潜った。
最初に訪れたのは勇者ガルバ。北の魔王を討伐した正真正銘の勇者にして、北の王国グリムトールの王子。王子であることを捨てて、勇者として生きる道を選んだ奇特な人物だ。正義感に厚いと評判の男だそうだ。
勇者ガルバにススムは、スライム商人と引き合わせて、このシナリオを書いた。
勇者ガルバの報酬は、勇者のつるぎ。スライム商人の依頼は、勇者シュレインを討つこと。
「敵を欺くには味方からというわけ?」
俺はススムに少し喰ってかかった。
「まぁ、アシュフォード姫も龍蒼も知らないから、いいじゃないか」
とススム。悪びれる様子はない。
「って、じゃぁ、13人目の本当の勇者は?」
スライム商人が、人型スライムたちに、なにやら指示をだした。
うとうとしながら、13人目の勇者らしき人物が連れてこられた。
「え?、子ども?」
俺の驚きは、皆一通り驚き終えていたと言わんばかりに、ただ頷くだけだった。人型スライムたちも同様に。
「子どもの勇者ってねぇ、8歳ぐらいでしょ彼。腕落として、地上に転送するのは流石に」
とスライム商人。さらに続けた。
「それで、眠らせた」
「こわ」
俺は咄嗟に反応した。勇者ガルバが割り込んだ。
「では、そろそろ、勇者12名たちに腕を返して欲しいのだが」
「もちろん」
スライム商人は、腕に寄生していた人型スライムたちを解放し、自分の身体と一体化した。
「うぇっ、キモッ」
相手を侮辱したように聞こえたのか、ススムは俺の頭をゴツンと叩いた。
「いえいえ、お気になさらず。私も奇妙だと思いますから」
スライム商人は12体に分散していた人型スライムの親主みたいなもの、だとススムは教えてくれた。
地面には12人分の様々な腕が転がっていた。アシュフォード姫は野戦病院のようになっているリビングで再び、勇者たちの息の根を止め、蘇生を始めた。全員、死に生き返り、ダンジョンに転がっていた腕が転移した。モドリには再生していくようにも見えた。
「スライム商人殿、報酬にガルバ氏勇者のつるぎは本物か?」
「ええ」
「だが、失礼ながらスライムがどのようにして勇者のつるぎを?」
ススムが珍しく、人いや魔物の人生の背景に踏み込んだ。スライム商人は、ガルバに報酬として渡した勇者のつるぎをじっと見て、重い口をゆっくりと動かし始めた。




