第6話・商人と勇者のつるぎ
地下3階に、商人が店を開いたらしい。伝聞調で伝えるのは父のススムだ。母のモドリは、出展料っていうかテナント料っていうか、と口に出し始めた。今日の朝、ダイニングでの話だ。グラグラに煮立ったわかめと豆腐の味噌汁が、吹きこぼれそうだ。珍しく早起きしたアシュフォード姫は慌てて火を止めて、「みかじめ料だね」と呟いた。
王女で賢者なのに、市井の汚い言葉もご存じで。くりくりっとした二重の目に長めのまつげ。上がった口角にすぅっとシャープな顎のライン。なんとも、豪華な顔立ちだ。
「みかじめ料もらわないとね」とモドリが復唱のように繰り返すと、ススムが苦笑いした。
「あの商人、強いんだよねぇ」
商人は温和そうなイメージだが、それは誰かのイメージをみんなで共有しただけだ。ゲームのパッケージに騙されている。武闘家から商人への転職ルートがあるようで、皆そこそこに強い。
そうでなければ、ダンジョンで商売を始めよう何で思わない。
「別にいいじゃん、商売しても。みかじめ料もらわなくったって、ダンジョンが栄えれば、お互いウィンウィンってわけじゃない」
大学で聞きかじったような、俺の話にススムは生返事して、ぬるい茶をすすった。
「でもさ、どうしてウチのダンジョンに住み着いたんだろうね」
俺の疑問はもっともだ、といわんばかりに皆沈黙した。皆同じ問いを抱えていたわけだ。
「でさぁ、何売ってんだろうね」
呑気に龍蒼が沈黙を破った。最近ドラゴン然とした風貌に磨きがかかっている。尻尾がデカい。
「噂によるとねぇ、勇者のつるぎ、らしいのよ」
さすがの噂好きのモドリがフライパンごとダイニングテーブルに運んできた。テーブル上で、皿に焼きたての目玉焼きを移す。ススムには半熟、アシュフォード姫には硬め、龍蒼と俺には半熟と硬めの間、我が母ながら器用だ。
「勇者のつるぎ、って売り物なの?」
アシュフォード姫がパンに目玉焼きを乗せてかぶりついた。
「一品ものなんだろうね」
ススムが返事した。
「勇者のつるぎってさぁ、もっと難儀なところの、ややこしい村の民のさぁ、こう、岩に突き刺さってて、抜けたら、勇者と認めるみたいな」
俺がありていの勇者のつるぎ背景を語ると、アシュフォード姫が
「それはゲームの世界」と馬鹿にしたように言った。いやいや、あなたの存在の方が、ドラゴン(龍蒼)にさらわれて、ここに住み着いているあなたの方が、もうゲームの世界からこっちに来たみたいな違和感よ、と言いたさを堪えた。なんてったって、賢者様だから。
「でもさぁ、勇者のつるぎ、目当てに勇者たちがいっぱい来るから、入ダンジョン料も「ウハウハなんじゃないの?」
モドリがいつもの皮算用を始める。しかし不思議なことは、そのわりに地下3階、しかも一点もの。勇者がこぞって来るというよりも、争いになるのではないかと思うのだが。
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その日の昼あたりから、一点ものの勇者のつるぎを目指して、勇者たちがどんどんやってきた。といっても1時間に5名。ある勇者に聞いてみたが、単独でダンジョンに潜って来たもののみに、勇者のつるぎを売るという条件があるらしい。皆ソロで、パーティーは組んでいない。なんだかんだで、十五名の勇者がダンジョンに潜っていることになる。
「なんかさぁ、思ったよりも入ダンジョン料でウハウハにならないよね」
モドリがわかりやすくガッカリと肩をおとしている。パーティーじゃない分、ソロだと実入りも減る。
アシュフォード姫がポツリと言った。
「なんだか、勇者を手っ取り早く集める装置みたいね」と。
この人は、意味深に意味のないことを言うから、皆振り回される。さすが、お姫様だけある。
帰還の鈴が鳴る。誰が戻って来たのか、ススムがダンジョン入口に向かった。俺もついて行った。気になったから。
両手を失った、勇者がそこにいた。止血はされている。魔法によるものだ。アシュフォード姫が異変をかぎつけてやって来た。
「回復魔法じゃぁ、腕は生えないなぁ。一旦死ねば、蘇生魔法で腕ごと復活するかも」
「いやぁ、それは本人の判断が必要でしょう」俺が常識で返すと、アシュフォード姫は両腕を失った勇者の首を掻っ切った。血しぶきが上がる。遠くからその様子を覗き見していた龍蒼とモドリが気を失った。
アシュフォード姫の蘇生魔法により、両腕を失った勇者は生き返った。が、腕は復活しなかった。
「やっぱり」
「なに?やっぱりって、わかってたってこと?」
アシュフォード姫の不敵なつぶやきに慌てる俺をススムが制した。
「呪いだ」
ススムが言った。
「パパさん、わかってたんだ」
アシュフォード姫の顔から笑みがこぼれる。蘇生した勇者は、今の自分の状況が判然としない。
「蘇生混乱よ。死んで生き返ったんだから、たいてい混乱するのよ」
って、殺したのアンタだろ、と言うのを堪えた。
「あの商人が怪しいな、勇者のつるぎで、勇者をおびき寄せて、呪いをかける。腕を収集しているのか」
ススムはそう言うと、ダンジョンに潜る準備を始めた。行ってらっしゃいと俺は言うと、「お前も行くんだよ」と引っ張られた。
アシュフォード姫は帰還の鈴で戻ってくる勇者たちがいれば事情確認と、気絶したモドリと龍蒼のケア。
「う、腕がある。何か、つかんでる。なんだこれは」
蘇生混乱が解けたのか、両腕を失った勇者が叫んだ。
「腕と身体が分離されてるのね。所有権が子に人に戻っていないから、蘇生しても腕が復活しなかった。なるほど」
アシュフォード姫はそう言うと、俺の背中をパシッと叩いた。ダンジョンに潜ることを躊躇している俺に気合を入れてくれたのか。
「呪いは、人が生んだデフォルトマジックよ。教わったものじゃなくて、元々持っていたもの。強い執着から覚醒することが一般的だけど、呪いを覚醒させやすい感情は、恨みよね。あの商人が怪しいとするなら、何かに恨みを持っていると考えるのがいいのかもね」
アシュフォード姫の謎解きは、外れると思う。そんなにシンプルな話なのだろうか、俺はススムに連れられて商人のいるダンジョン地下3階へと向かった。




