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勇者様ご一行、前田ダンジョンハウスへようこそ  作者: 常に移動する点P


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第5話・茶番の僧侶ノバラ

 帰還の鈴の音色は心地いい。音を閉じ込めた深い森、緑色を皮膚からも感じるほどのリラックス感に包まれる。じわり。意識が上から下へと飛ぶ。転送の魔法をより身近にと、魔術物に練り込んだものが帰還の鈴だ。


 俺が遅れてリビングに戻った頃、母のモドリが場を仕切っていた。リビングにダイニングチェアも総動員して、僧侶ノバラをソファーに、対面にススムとモドリ、ダイニングチェアに龍蒼、もうひとつ空席のチェアは俺にということらしい。


「それで、勇者カササギさんは、こちらなの?」

 炭化した勇者カササギを青い新品のブルーシートの上に置いてモドリは言った。

「そうよ。あのドラゴンにやられたのよ」

 僧侶ノバラは憎々し気に龍蒼を睨みつけた。

「俺はやってないよ、だって…」

「だって何よ!」

 僧侶ノバラにまぁまぁ落ち着いてと言わんばかりにススムが両手を小さく上下に揺らす。


「龍蒼が勇者カササギに逆鱗を触れられて、ブレスを吐いたって?」

 モドリがダンジョンでの出来事をなぞるように聞いた。まるで肯定している実況見分のようだ。

「そうよ、剣が顎の下の逆鱗に触れたのよ」

「剣が?」

 モドリは続けた。

「万一、剣が触れたのならそれは仕方ないかもね。だって、それは正当防衛でしょ」

 正論だ。誰だって喉元に刃物をあてられたら、反撃は許されるはずだ。ただ、普通は相手のいいなりになるが。


「龍蒼の口開いて、ススムさん」

 モドリの指示に待ってましたと言わんばかりにススムが前に突き出した龍蒼の口を開いた。ドラゴンの口は、確かにワニに似ている。

 モドリは、犬歯をスマホで撮影し、その拡大画像をテレビに繋いで、全員に周知した。

「ほら、欠けてない」


 僧侶ノバラが何のこと? と言わんばかりにモドリを嘲笑した態度で見下す。こんなにリビングに人が集まると、冷房の効きが悪い。

 背中に玉汗をかきはじめた。

「あなた、ドラゴンと戦ったことないでしょ」

「あるわよ」

「その炭になった勇者と?」

 モドリは意地悪に問いかける。

「違うわ、前のパーティーでよ」

「あら、そう。なら、知ってるでしょ。ドラゴンはブレスを吐く前に、タンギングするって」


 やはりモドリもススムも気づいていたのだ。以前、キャンプでマッチもライターも全部忘れた時、龍蒼にブレスで火起こししてもらおうとなった。その際、歯をカチカチと合わせて、息を吐き炎を吹いたのだ。この歯のカチカチをタンギングと言うらしい。


 タンギングは、ブレス前のクセでもあるが、歯がぶつかり合うことで、火打石の原理で火花が起こり、肺から出るガスが引火するという理屈だ。


 龍蒼の加減がうまくいかず、食材もろとも消炭になったのは、忘れるに忘れられない思い出だ。幸いにもキャンプ場が全焼せずに済み、他のお客さんにケガがなかった。

「龍蒼はね、歯が脆いのよ。だからタンギングすると、歯が欠けるの。カルシウム不足。歯科医からも、タンギング禁止って言われてるんだから」

 つまり、歯が欠けていない以上、タンギングはしていない。ゆえに、ブレスは吐いていないというわけだ。


「それに、コレ」モドリは千円札を取り出した。ススムがダンジョンで回収した、帰還の鈴の代金だ。

「この三枚の千円札は、集金ボックスの一番下に入っていた千円札。つまり、勇者カササギが入れたものね。そのうえの三枚はあなたのものよね」

 モドリは右手に勇者カササギが入れたという千円札の角を指さした。

「勇者カササギって、グローブに唾ペッと吐いて、お札数えてたわよね。その唾液から、蘇生だってできるのよ」


 なるほど、勇者カササギを蘇生させてしまえば、誰に火をつけられたか明白だ。というより…。


「そんなことしたら、被害者がいなくなっちゃうじゃない」

 僧侶ノバラの目つきが鋭くなり、柔らかな印象は跡形もなく消えている。


 あるパーティーが解散した話を、先週来た別の勇者から聞いた。新メンバーがいつもダンジョンで行方不明になるらしい。パーティークラッシャーとでも言うのか、生き残ったのは若い女の僧侶だと。

【代理ミュンヒハウゼン症候群】

他者に病気を装わせたり、実際に体調を崩させたりして、周囲の同情や関心を得ようとする行為だ。多くは親子関係で起きるが、それに限らない。配偶者、恋人、高齢者の介護者など、支配や保護の立場にある関係でも起こりうる。目的は金ではなく、「献身的な世話人」として見られること。


 愛情の形をした虐待だ。看護師が起こした事件にもあったのを思い出した。回復魔法を主とする僧侶にもあってもおかしくない。だが、あそこまで燃え盛っては、僧侶ノバラ程度の魔力では回復は難しいのではないか。


「で、この唾液で勇者カササギを復活させる」

 上階の自室からアシュフォード姫が降りて来た。いつになく企み顔だ。悪いことを考えている時の、口角がひたすら上がっている顔。

「どうやって?」

 僧侶ノバラはアシュフォード姫の気品に気圧されていない。強いな、この人。


「だった、私、賢者だもの」

 全員ズッコケた方がいいのか? これ新喜劇的にキメのギャグなのか。


「その前に、本当にあなたがやったんじゃないのね?」

「私僧侶よ、火炎魔法なんて使えっこない」

「そう?回復魔法の原理がわかってないのねぇ」


 アシュフォード姫の途中からやってきて、事件解決編のような美味しいところ取りに、モドリとススムが不満そうだ。ミスしろミスしろ、とバスケのフリースローで念じる観客のようだ。


 アシュフォード姫によると、回復魔法を強度に連発すると、体内の細胞分裂が加速し、燃焼状態になるという。それは知らなかった。回復魔法自体の原理は学校で習った。細胞分裂の活性化による。いわゆる前借のようなもの。回復魔法を受けた後は、休養を取る必要がある。


 過度な投与をしたくても、燃焼に至るほどの連続詠唱は難易度が高すぎる 息継ぎをせずに、百メートル泳ぐようなものだ。できる人はいるかもしれないが、超人クラスだ。僧侶ノバラが超人クラスなのだろうか。


「全部仮定の話よね、もしも話」

「そうよ、でもすっごい僧侶って、賢者の中でもちゃんと僧法院で管理されてるのよ。次期、賢者候補だから」


 アシュフォード姫がそう言うと、蘇生魔法を詠唱した。龍蒼に頼むのはどうか? とススムは言ったが、龍が蘇生できるってのは、漫画の読み過ぎだ。アレはボールを七つ集めての報酬だ。


 炭化していた勇者カササギの周りに小粒な光が集まる。それらは小さな輪を形成する。まぶしく目が開けてられない程ではない光に包まれる。炭化して一部欠損していた、手や耳が芽吹くようにして再生される。潤いが取り戻され、炭が割れ、下から滑らかな肌が露出する。蒸発したはずの目玉がみるみる再生され、左右に動く。見えているのか。


 勇者カササギが蘇生した。あっけないという言い方が合っているのか、わからないが。


 原理原則は不明だが、身に着けていた装備品や鎧なんかも復活している。

 アシュフォード姫は肩で息をしている。


「俺は、どうした?」

「燃えて、死んで、救出されて、ここでアシュフォード姫に蘇生された」

 俺は勇者カササギに靴を脱ぐように促しながら言った。ここは土足禁止だ。

「燃えて、って言った?」

 アシュフォード姫が俺の語尾を捕まえた。


「そう、燃えて。勇者カササギが自分で燃えたんだよ」

 俺はダンジョンで拾った燃えカスを勇者カササギに手渡した。

 勇者カササギの装備品であることを示すように、蘇生魔法効果が発動し、燃えカスは元の形を取り戻した。護符だった。イフリートの護符。


「うわぁ、なんて恐ろしいモノを」とアシュフォード姫。

「こんなの、手りゅう弾ピン抜いて持ってるのと同じだよ」と龍蒼。

「ガス抜きしていないガスボンベを、燃えないゴミの日に捨ててるみたいなもんだ」とススム(たとえがイマイチだ)。

「もう、その存在が炎よ」とモドリ。

「擦れただけで、発動するからね」と僧侶ノバラ。


 イフリートの護符は、通常高度に結界を貼り込んで封緘(ふうかん)して持ち運びする。裸で護符を持ち運ぶなど命知らず。いつ燃えてもおかしくない。アシュフォード姫が慌てて、その辺のチラシで包み、封緘した。不動産のチラシだ。


「どうしてこんなの持ってるのよ」

 僧侶ノバラが言った。

「それは…」勇者カササギの口が重い。


「奥さんでしょ」と僧侶ノバラが空気を切り裂く。厄介な話が出てきた。もう帰って欲しい。っていうか、帰れよお前ら。今日土曜日なんだよ!


 モドリが調べ上げていた。勇者カササギは妻帯者らしい。子どもはいないと。離婚係争中で、新しい恋人とダンジョンに潜ると聞きつけたと。警察官上がりの別の勇者がペラペラと話してくれたそうだ。


 勇者カササギの妻は、「ダンジョンは最近リフォームした家にある」と調べ上げた。手あたり次第放火したということらしい。


 ということから、モドリは「妻が勇者カササギの隙をついて、装備品のポーチの中にイフリートの護符を忍ばせた」と結論付けた。推理の域は出ていないが。


 うなだれる勇者カササギを抱きしめる僧侶ノバラ。モドリの事実(伝聞)と推理だけでしかないが、どうやらビンゴだったのだな。

 

 とりあえず帰ってもらおう、ということになり、お引き取りいただくこととした。幸いにも、前田ダンジョンは特に実害もないのだから。


 急に静かになったリビングで皆手持無沙汰となり、今日は回る寿司でも喰いに行こうとなった。出かけ前、玄関にイフリートの護符が置き去りにされていた。チラシに包んで封緘していたのに。危ないから、僧侶ノバラ持たせたはずなのに。


 アシュフォード姫が拾い上げ、笑った。

「これ、期限切れじゃん」護符に期限があるのか今日初めて知ったが、確かに先月末で期限切れとなっている。


 つまり? 俺はきっとマヌケ面だったんだろう。みんなが笑い出した。


「つまり、アシュフォード姫の推理通り、回復魔法の連続詠唱で燃やしたってことよ。犯人はやっぱり僧侶ノバラ」





 翌日、再び炭化した勇者カササギが発見された。



 人生で二回も燃え切ってしまう勇者ってのも珍しい。


 冒険者たちが集う酒場で、僧侶ノバラをパーティーに誘い入れた勇者カササギ。既婚者であることを隠したのが災いしたのか、敢えて冒険者内で既婚者であることを周知させる必要もないのか。仕事仲間だとしたら、そんなことを伝える必要もないだろうに。


 カップルであることを否定していた二人は、勇者カササギとしては当然のリアクション。僧侶ノバラは、勇者カササギが既婚者と知っていて当てつけのように否定したのか。


 そもそも二人は本当に付き合っていないのか。いや、付き合っていたのか。


 私怨で僧侶ノバラは勇者カササギを殺害したのか。わざわざ、前田ダンジョンで殺害する必要もなかったのではないか。

「やられた」

 龍蒼がダンジョン内から電話をかけてきた。通話できるのだ、電波が立っている。珍しい。


「宝物箱のお宝が、盗まれた」


 龍蒼が集めたキラキラ光るもの。宝石のいくつかが盗まれていた。一生を五回ほど遊べる金になるらしい。それならそうと、言ってほしいものだ。だが、そもそも龍蒼が盗んできたものだから、盗難届も出せない。



 時を同じくして、リム王国の侍女からアシュフォード姫に一通の手紙が。手配書だった。盗賊ノルド。似顔絵は僧侶ノバラそっくりだった。


 前田ダンジョンで勇者カササギを殺害したのは、先に10Fで宝物箱からお宝を盗んだ帰り道。龍蒼が不在の時を狙ったのか。どさくさに紛れて脱出するために、勇者カササギを殺害する茶番を演じたのか。

 アシュフォード姫が蘇生してくれると踏んでいたわけだ。イチかバチなのに、よく勇者カササギも受け入れたと思いきゃ、コイツも手配されている盗賊だった。


 最後は仲間割れで、お宝独り占めというわけだ。近隣の放火魔は、そののち勇者隊によって捕らえられたという。勇者カササギの妻ではなかった。


 モドリの下調べも推理もドハズレで、アシュフォード姫の推理はなんとなくカスリ、どこにも名探偵はいなかったなと、カラカラとススムが笑う。


 龍蒼に盗まれたお宝は何なの?とアシュフォード姫が聞くと

「あぁ、呪いのブレスレットと死のペンダントと病の指輪と…」龍蒼は指折りしながら答える。

「それって、思いっきりアカンやつやん」なぜかアシュフォード姫が関西弁を話す。

 関西に戻って来た、大阪出身の女優みたいだとモドリがつぶやく。


 数日後、僧侶ノバラこと盗賊ノルドが、どこかのダンジョンでミミックに喰われて死んだと別の勇者から聞かされた。自業自得以外の言い回しがあれば、誰か教えて欲しい。


 それにしても、ノバラってのは苗字なのか下の名前なのか。

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