第2話・奢りたくない勇者、奢られたい僧侶
生物学者の父・ススムは、大学教授というある意味労働対価にサラリ―を手に入れる。サラリーマンだな、と言うとなぜか叱られる。自営業でもなし、いったいなんなんだとよく母・モドリに問いただした記憶がある。
と、こんな記憶をたどるのは、ススムが仕事を辞めてきたからだ。ダンジョンの管理人なる仕事を今日からやる!と言い出して聞かなかった。だれから、どのようにして労働対価を手に入れるのか、そもそもその労働対価となる「労働」とはいかなるものなのか?
実家が太いモドリは、さほど夫の蛮行を気にもしていない様子だった。
10Fのダンジョンはそのままにしておけば、気の流れが悪くなる。旅行から帰って来た家がなんだか、「滞り」を感じるのはそのせいだとススムは言う。
理由としては、納得のいかないところが多いが、龍蒼が10Fの新しい龍の間に自分の部屋をつくると言う。部屋が別れられるというのは、男臭漂う俺たちにとってはあまりあるメリットだ。
なにより、龍蒼は身体が滑っているから、部屋もベタベタになりがちで、部屋を分けて欲しかった。願ったり叶ったり。
ススムは手始めに、各フロアを巡回した。どういうわけか、自然発生的にモンスターなるものが発生しているではないか。
「意外と手強いな、内見の時は問題なかったのにな」
「そういうものですよ。ダンジョンって」
アシュフォード姫がTシャツと短パンの軽装で冷蔵庫から麦茶を取り出して、ガラスコップに注ぐ。
「父さん、どこまで行けたの?」と興味本位で聞いた。
「いやぁ、10Fの龍蒼の玉座のある部屋までは行けたんだよ。途中、なんだっけあれ、ガーゴイルってのか?ガイコツの鳥みたいなのに囲まれた時はヤバかったけどな」
ススムは誇らしげだ。
「パパさん、すごい強いよね」
龍蒼がテレビのリモコンを探しながら言う。ススムは照れ隠しのように、手を横に扇いで、よせよ、と言った。
「でもさ、どうやって二人とも戻って来たのさ? 戻るのも一苦労だろ?」
俺の疑問に龍蒼とススムは目を見合わせた。どっちが言う? ぐらいの間相だ。
「簡単に言うとだな、コレだ」
ススムはポケットから銀色の鈴を取り出した。何の変哲もない、自転車の鍵に取り付けるぐらいの大きさ。
「なんだよ、タダの鈴じゃないか」
「ちがうんだよな、これを鳴らすと、ダンジョンのどこからでもこのリビングに戻ってこれるんだよ」
緊急退避グッズとでも言うのか、知らぬ間に住み着いたモンスターたちは敵意こそないものの、テリトリー侵犯には手厳しい。その辺は獣と同じだ。
「それどうやったんだよ?」
「私が作ってさしあげたのよ」
アシュフォード姫がぐびぐびっと勢いよく麦茶を飲み干してから言った。口からこぼれる麦茶がTシャツを濡らし、肌が透けて見える。ジロリと龍蒼がアシュフォード姫を見上げた。思春期が三人いや、二人と一匹いる空間ってのは微妙だ。
帰還の鈴はリム王国に伝わる伝統工芸品のようで、手先の器用なアシュフォード姫は、侍女たちから材料を送らせて、作っていたそうだ。
ススムが言うには、この鈴を勇者たちに売りつける、入ダンジョン料を徴収する、ダンジョンに滞在した日数で宿泊料もいただく、という雑なビジネスモデルで、運営するという算段だ。途中、救助なんかは別料金だと言う。
「お父さん、ダンジョンに入ってきて、龍蒼がその勇者たちに倒されたらどうするのよ」
母・モドリが心配そうにススムに問うた。
「ダンジョンにやってくるヤツラの目的は、アシュフォード姫だろ。入ダンジョンするときにだな、誓約書を書いてもらう。最深部のドラゴンとの知恵比べに勝っものだけが、アシュフォード姫を奪還できる、ってするんだよ」
いざとなれば、龍蒼も帰還の鈴を鳴らせばここに戻ってこれる。まぁ、安心と言えば安心だ、モドリも納得したようだった。
土曜日・朝9時 玄関のチャイムが鳴る。
「9時に予約した、カササギです」とインターホン越しに大きな声が通る。モニターには、鎧兜を一式身にまとった背の低い男性(おそらく勇者)と僧侶らしい女性が映る。
家族全員でその様子を確認し、各自持ち場へ移動する。龍蒼は最深部10Fの玉座へ、アシュフォード姫は奪還のモチベーションが下がらないように、2Fの自室へ。ススムは玄関へ勇者たちを出迎えに、モドリはキッチンで夕食の準備を始めた。
「これ、持っておいて」
アシュフォード姫が帰還の鈴を一つ持って俺の部屋にやって来た。銀色に光っている。
「どう使うの?」
「大切な人をイメージして、鳴らすだけよ」
「大切な人?」
「戻りたい気持ちが最大化しないと、戻れないのよ」
「このこと、父さんや龍蒼にも伝えた?」
「もちろんよ」
アシュフォード姫は勇者たちの足音に気づいて、逃げるように自室に戻り、鍵をかけた。
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ススムがダンジョン入口に勇者一行を連れて来た。俺もその様子、どちらかというとススムの仕事ぶりを見たく、自室から出てきた。男は勇者カササギと名乗った。予想通り勇者だったが、自分で自分のことを勇者と名乗るものなのかとモヤモヤした。
勇者学校を主席で卒業したエリートだと自ら語る。学生時代の成績を語るヤツにロクな奴はいないと、よくススムが言っていた。案の定ススムは苦々しい顔をしている。
勇者カササギの三歩後ろにいる女性は、僧侶ノバラと言った。白い薄布をまとっただけで、10Fあたりは寒いと伝えたが魔力があるから大丈夫と答えた。知性ある印象の美人だ。肌が白く、鼻筋はすっと通り、ずっと口角が上がっている。ひきつっているのか?
まぁ印象は悪くない。二人とも年のころは俺よりもやや上、20代後半といったところか。
「それでは、入ダンジョン料がお二人あわせて、2万円になりまして、あと戻りまでの日数で滞在料金をいただきます。こちらはパーティー単位で1日5千円でございます」
ススムは昔からダンジョン管理人だったと思わせるほど、流ちょうにシステムトークを始めた。バイト2年目のカラオケボックス店員のようだ。
脛当てを器用に外して、勇者カササギは1万円をススムに渡した。僧侶ノバラは、じっとその様子を見てる。
「ノバラさん、入ダンジョン料1万円でございます」
ススムが身動きしないノバラに支払うように促す。
「え、え、私、私が払うの?」
と僧侶ノバラは勇者カササギを見る。払ってくれないの? の目線だ。せめて、財布を出さないと。レジ前での礼儀でしょ、とモドリはよく言っていたのを思い出す。俺もそう思う。
「いやぁ、僕たちまだ出会ったばかりじゃん。まだ付き合っていないと言うか、ただのパーティーメンバーっていうか」
そういう勇者カササギに、ススムが
「お二人はパーティーメンバー?」
「ええ」
二人は即答した。
「付き合っては?」
「いません!!」
さっきより早く二人は即答した。
「出そうか? ぐらい聞いてくれてもいいんじゃない?」
僧侶ノバラは不服そうに、勇者カササギ
に言った。
「言わないだろ、普通」
「フツウって、なによ。ナニ基準なのよ」
僧侶ノバラは喰ってかかる。
見かねたススムが、ここはダンジョンオープン記念で半額ということで、と言い出した。
一人五千円なので、これで、と入ダンジョンチケットの半券を勇者カササギと僧侶ノバラに手渡す。
「それ、五千円返してくださいよ。彼女の分払う義務も義理もまだないですから」
まだ言うのか。ススムが折れた、あのケチのススムが折れたのに、場を乱す。勇者に必要なスキルは「知徳仁」と言われたものだが、特に何も備わってなさそうだ。なのに主席とは、勇者学校とはどんな学校なんだ。
「もういい、私、自分の分を払うから」
僧侶ノバラは五千円支払った。
二人は渋々、ダンジョンの中へと足を進める。階段を降りる。ダンジョンはLED型のたいまつで照らされている。二人の後ろを虫型のカメラが複数追跡する。
リビングのテレビをモニター代わりにして、ダンジョンの様子が確認できるのだ。
勇者一行がダンジョンをしばらく進むと野菜の直売所のように、帰還の鈴が無造作に置かれている。手製の集金ボックスが設置されており「帰還の鈴・一つ三千円」と書かれている。勇者カササギは周りを見渡した。誰も観ていないのを確認して、鈴を手に取った。金は要れていない。僧侶ノバラは財布から金をとり出し集金ボックスに入れ、帰還の鈴を手に取った、ように見えた。
「あの勇者カササギっての、セコイな」
ススムはモニターを見ながら吐き捨てるように言った。
「僧侶ノバラってのは、あれは奢られたガールってやつかな?」
僕がキッチンの母にも聞こえるように、家にいる誰かに尋ねた。
「好きな男にお金だしてもらうのって、なんか守られてる感じがするじゃないのか」
ススムが手提げの金庫に、売上を入れて肩をすくめてアメリカのホームドラマのお決まりポーズで言った。
「ばっかじゃない? 僧侶の魔法効果って知らないの?」
アシュフォード姫が勇者一行がダンジョンに入った頃だと見計らって、自室から出てきていた。
ススムも俺も、モドリも知らないと返事した。
「僧侶って、護られただけ魔法効果が向上するんだよ。縛りって言うやつかな。勇者なら知ってるはずなのに」
アシュフォード姫が言うには、僧侶は戦闘に向かない、バックアップ専門。それゆえ、義理を縛りにして、魔法効果を向上させるという特性があるらしい。そんなのどのゲームでも聞いたこともない。リアルなファンタジーとやらは、知らない事ばかりで厄介だ。
「それなら、奢ってやればいいのに」
ススムはアシュフォード姫に突っかった。
「理由があるんじゃないの? むしろ何らか僧侶ノバラの魔法効果を向上させたくない理由が」
キッチンで夕飯の支度をしているモドリが割って入った。
勇者カササギと僧侶ノバラは、前衛・後衛の二人パーティーで、攻守一体化しながら次から次へと階下へと歩みを進めていった。テレビのリモコンの音量をアップさせると、二人の話し声まで聞こえた。父は、あー、そういうことね、と呟いた。すぐさま、龍蒼に帰還の鈴で戻ってくるように電話をした。バタバタと慌ただしく、ススムは俺に「一緒に潜るぞ」、と言い勇者一行のあとを追うこととなった




