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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~ハーメルン編~  作者: バニラ味一択


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第九話:最後の言葉



 衝撃波が収まった後の高速道路は、もはや道としての形を失っていた。

 横転し、手足のタイヤを虚しく空転させるヤリス。だが、彼はまだ止まってはいなかった。


「あ……あ……ありえない。私が、敗北するなど……!」


 狂乱するヤリスが再起しようとしたその瞬間、瓦礫の中から這い出したワクが、引きずられていたワイヤーを掴んだ。


「……確保、継続」


 ワクは全身から火花を散らしながら、ワイヤーの端を剥き出しになった高速道路の太い鉄骨に力任せに巻き付け、固定した。物理的なアンカーとなった鉄骨が、ヤリスの巨体を地面に縫い付ける。


 転倒の衝撃で放り出されていたミカは、ジンによって抱き起こされ、少し離れた安全な場所で意識を取り戻していた。


 ルナは、足を引きずるようにしてヤリスへと歩み寄った。


「もう無駄よ。諦めなさい、ヤリス……」


 だが、ヤリスはルナの言葉など耳に入っていない様子で、血走った目を剥き出しにして叫ぶ。


「諦める? 何をだ! 私は彼女を救わなければならないんだ! 彼女だけが私を理解し、私だけが彼女を完成させられる!ミカさんは私のすべてだ、私の美しさを証明するための光なんだよ!邪魔をするな、消えろ、このノイズ共め!!」


 ヤリスの口から溢れるのは、ミカへの愛という名の、あまりにも肥大した自己愛と偏執の言葉だけだった。ルナはその瞳に、理性のかけらも残っていないのを見て、背筋に冷たいものを感じる。


(……ダメだ。この人は、もう何も見ていない。何も聞こうとしていない。私たちの声は届かない……)


 ルナは説得を諦め、そっと視線を伏せた。対話による解決が不可能であることを、彼女は理解してしまった。




 その時、震える足取りで、ミカがヤリスの前に進み出た。


「ミカ! 何してるの!? 下がって!」


 ルナの制止を聞かず、ミカはヤリスのすぐ側まで近づく。その手には、ルナが持っていた端末――エマが復元した「未送信メッセージ」が表示されていた。


「先生……聞いて。これ、先生に届くはずだった言葉だよ」


 ミカが、静かに読み上げ始める。


『先生、昨日はあんなに優しかったのに、どうして今日は返事をくれないんですか?』


『ごめんなさい、私、先生に嫌われるようなことしましたか? 悪いところは全部直します。だから、消さないで……』


「やめろ……やめろ! そんなゴミのようなログを読み上げるな!!」


 ヤリスが激昂し、全身の気筒から猛烈な排気を噴き出す。だが、ミカは怯まず、さらに深く沈んでいた手紙を読み進める。


『先生、会いたい。心が壊れる。』


『あなたがいない世界なんて考えられない』


『あなたしか見えなかった。見えなかったのに』


『暗い穴に落ちていくのが分かる……でも、怖くないよ』


「……!?」


『最後に先生の笑顔を思い出しました。先生がくれた言葉があったから』


『先生は、世界で一番素敵な人。……出会ってくれて、ありがとう』


『好きでした。さよなら、先生』


 ミカが最後の一文を読み終えた瞬間、ヤリスの咆哮がぴたりと止まった。

 彼がミュートをしたことにより、自ら存在を抹消した少女たち。彼女たちは自らの崩壊を悟りながらも、最後にはヤリスへの恨みではなく、歪んだ形であっても自分を肯定してくれた彼への感謝を綴って消えていったのだ。


「今なら先生も……彼女たちの気持ちが分かるんじゃないですか? 」


「……ッッ!!」


 ヤリスの「魔」が、内側から激しく揺らぐ。

 自分自身がミカに拒絶され、存在を否定された絶望の中で、初めて彼は自分が少女たちに何をしたかを突きつけられた。

 完璧だったはずの自己肯定が粉々に砕け散り、吹き出していた排気が急速に勢いを失っていく。

 露出したのは、彼の胸の中央で禍々しく拍動する、黒い結晶の核だった。


「……排気出力の低下。……魔が露出した」


 ワクが静かに、しかし確実な殺気を伴って動いた。

 ワクが伸縮式強襲用特殊警棒を抜き放つ。 その瞬間、ワクの全出力が警棒の先端へと収束され、目に見えるほどの高密度な光の奔流――「法執行のオーラ」が警棒を包み込んだ。


 大気を震わせるほどのエネルギーが、警棒を一条の光の剣へと変える。


「……制圧する」


 ワクの足元のアスファルトが爆ぜた。

 瞬時に距離を詰め、一点を見据えたワクが、全リソースを叩き込む一撃を放つ。


「【伸縮式強襲用特殊警棒術――中段切り】!!」


 ズバッッ!!

 ドォォォォォン!!


 放たれた閃光の軌跡は、ヤリスの胸の核を通過、軌跡の光は増幅し、魔の核を内側から爆発させるように粉砕した。

 先端の伸縮機構が超高速で振動し、衝撃を対象の最深部で炸裂させる、究極の技術。


「……あ……ああ、……私は……」


 ヤリスの体から黒い霧が抜け、白い光の粒子へと還っていく。

 崩れ落ちるヤリスを見下ろしながら、ワクは静かに警棒を収めた。


 夜の高速道路に、ようやく本当の静寂が訪れた。



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