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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~ハーメルン編~  作者: バニラ味一択


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7/10

第七話:鉄馬の咆哮



 ヤリスが放つ不快なノイズと黒煙の中に消えた、ワクとミカ。

 ルナは、二人が消えた暗い道路を呆然と見つめていた。その足元、アスファルトの上に無造作に転がっている金属の塊が目に留まる。


「これ……ワクの……」


 それは、ワクが最後に落とした38口径対異形弾装填型回転式拳銃だった。安全装置セーフティは解除されている。ルナが震える手でそれを拾い上げると、ずっしりとした重みが手のひらに伝わる。ワクの体温はもう残っていないが、彼がミカを守ろうとした執念だけがそこに凝縮されているようだった。ルナはそれを強く握りしめ、服のポケットへねじ込んだ。


「エマ! 二人の元へ。一番近い転送ポイントへ繋いで!」


 叫ぶようなルナの声に、脳内のエマはいつになく沈痛なトーンで答えた。


『……ルナ様、転送は可能です。ですが、どう追いつくつもりですか?現在、対象は時速200キロを超え、学園の外周高速道路を猛進中。……高速走行の必要がないエデンには、ヤリスに追いつく交通システムが存在しません』


「それなら!エマ! 追跡用の高速マシンを生成して! すぐに!」


『……却下します、ルナ様。生成は可能ですが、あなたには推奨されません』


 エマの冷静な声が脳内に響く。


『時速200キロの速度域でマシンを制御する経験がルナ様にはありません。自動走行がプログラムされていない場所を高速で走行すれば確実にクラッシュします』


「そんな……!」


 ルナが絶望に膝をつきかけた時、ゴンドウが静かに、しかし強く口を開いた。


「……経験のある運転手がいれば走行は可能ですね?」


『……はい。高速走行の経験がある運転者であれば……しかし、そんなスペシャリストは――』


「……いますよ。ここに」


 ゴンドウが視線を向けたのは、椅子に深く沈み込み、震える手で膝を握りしめているジンだった。


「おやっさん……正気かよ」


 ジンが青ざめた顔で一歩後ずさる。


「俺は走るのをやめた。あんたなら分かってるだろ……俺は、嫌だぜ」


 ジンの脳裏に、エデン国に渡る前の現実世界での忌まわしい記憶がフラッシュバックする。

 夜の国道。暴走するバイクの群れ。その先頭を走っていた自分を止めようと、白バイで立ちはだかったゴンドウ。激突音。火花。……そして、ゴンドウが片足を失い、自分の人生もまた「加害者」として止まってしまったあの日。


「ジン、行きなさい」


「無理だ……! 俺はもう、まともに走れるわけねえだろ! あんたの脚を奪った俺が、また走るなんて……そんなの、あんたへの冒涜だ。俺は、ここでこうして、あんたの世話をしながら生きていくんだ!これは俺の贖罪なんだよ!」


「……そんなこと俺が望んでると思ってんのか!!」


 ゴンドウの怒号が、地下倉庫の壁を震わせた。

 普段の穏やかさが嘘のような、鬼気迫る眼差しがジンを射抜く。


「お前はいつまで、自分への罰として俺の隣にいるつもりだ! 俺がお前とエデン国に来たのは、足を失った俺の介護をさせるためじゃない。……俺のことなんか気にせず、まともな生活を送って欲しかったからだ!」

「派出所での勤務を繰り返し、腐ってたお前の気持ちは分かる。この仕事は何の意味もないと諦める気持ちも分かる。だかなジン!お前は今、求められている!必要とされているんだ!」

「ジン。男なら、それに答えろ。これは、お前にしかできないことだ」


 ゴンドウは不自由な脚を引きずりながら、ジンの胸ぐらを掴む。


「自由になれ!自分の心にミュートをするな!お前は……困ってる人を助けたいんだろッ!!」


 ジンの瞳に、溜まっていた涙がこぼれ落ちる。それは負い目ではなく、自分を信じ続けてくれた男への、震えるような感謝だった。


「……クソ。……クソッタレが……!!」


 ジンの瞳に、熱い火が灯る。彼はゆっくりと立ち上がり、何もない空間に手を伸ばした。


「……エマ。俺の記憶アーカイブにアクセスしろ。……命を預けてた俺の『魂』を引っ張り出せ」


『……了解。操縦者の記憶より、深層データを抽出。……構成を開始します』


 ジンの周囲に、エデンの整然としたプログラムとは異なる、ノイズ混じりの激しい光が渦巻いた。

 ジンの脳裏に刻まれた、現実世界のオイルの匂い、エンジンの振動、風の抵抗。それらがエデンのデジタル粒子と融合し、形を成していく。

 現れたのは、流線型の美しさを尊ぶエデンにおいて異形とも言える、黒鉄の大型バイクだった。


「……久しぶりだな、相棒」

「ケツに乗りな、ルナ。……エデンの『速度制限』なんて、俺がブチ壊してやるよ」


 ジンがセルを回した瞬間、地鳴りのような咆哮が響き渡った。





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