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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~ハーメルン編~  作者: バニラ味一択


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5/10

第五話:ハーメルンの誕生



「……好きな人が、いる?」


 ヤリスの脳内で、完璧に組み上げられた自己肯定のプログラムが、致命的なエラーを吐き出していた。ショックのあまりヤリスは立ち尽くす。カウンセリングが終了されたと判断され、ルームを閉ざしていたシステムロックが自ずと解除される。

 その隙を見逃さず、ルナとワクがルーム内へ踏み込み、虚ろなミカを救出した。


「先生、こんなことは二度としないでください!……あなたのしていることは異常よ!……この変態!」


 ルナが罵倒するが、この時点でのヤリスにはまだ『魔』の反応はない。彼はただ、青ざめた顔で立ち尽くし、去りゆくルナたちの背中を、言葉もなく見つめていた。







 だが、一人になった静寂の中で、彼のアイデンティティは音を立てて崩壊し始める。


(変態?……ありえない。私に間違いはなかったはずだ。何故だ……そうか、分かったよ、ミカさん。君はこれまでの『欠陥品』とは違う。君こそが、私に必要なもの。これが愛……。私はミカさんを愛しているのか!?……私は彼女を手に入れたい、何としてでも手に入れなければならない、彼女は私の……唯一の存在なんだ!)


 ヤリスの歪んだ考えが、ミカを自分の物として連れ去りたいという「犯意」を生む!

 ヤリスの体から『魔』が膨れ上がった!


 ミシミシと骨が軋み、白いスーツを突き破って、幾本ものマフラーを束ねたような歪な気筒の塊が噴出する。四肢はアスファルトを削る巨大なタイヤへと変貌し、加速と共鳴を渇望する怪物が、暗い部屋の中で産声を上げた。







 派出所へ戻り、安堵のため息をついたのも束の間。大気を引き裂くような咆哮が響き渡った。


「……来るぞ、ルナ」


 ワクが瞬時にミカを背後へ下げる。次の瞬間、派出所の壁が紙細工のように弾け飛んだ。土煙の向こうから現れたのは、全身が笛を模した気筒で覆われ、タイヤで地面を抉る異形の姿。


「……ミカさん。……君を、迎えに来たよ。君を手に入れることで、私はようやく完成する」


 ヤリスだったものの声が、全身のパイプを震わせ、不快な共鳴音と共に響く。


「……ヤリスなの!?異形化してるじゃない!!」


「……異形を確認。戦闘を開始する」


 ルナが返答した直後、ワクが弾丸のような速さで肉薄し、警棒でヤリスの気筒の隙間を的確に突く。ヤリスは手足のタイヤを猛回転させ、物理法則を無視したドリフト走行でこれを回避。遠心力を乗せた強烈な一撃を繰り出すが、ワクは空中での姿勢制御すら最適化されていた。衝撃を利用して一回転し、ヤリスの連結部へ、容赦ない踵落としを叩き込む。


「……ぐっ、あああああ!!」


 ヤリスの黒い排気管から、耳を刺すような蒸気が噴き出した。格闘戦においては、精密な演算を誇るワクが圧倒していた。ヤリスの体の一部が砕け、火花を散らす。


「無駄だ、ヤリス。……お前の挙動は予測の範疇だ」


 ワクが再び警棒を構え、じりじりと追い詰め、トドメの打撃を放とうとした、その時。


 ワクの動きが、唐突に止まった。


 精密な姿勢制御を誇っていたはずの彼の足元が、まるで泥沼に足を取られたかのように激しくぐらつく。視界が歪み、世界が回転するような感覚。


 ヤリスの全身に張り巡らされた無数の気筒からは、激しい排気熱と、低周波のうなりが溢れ出している。

 シュゴォォォォ……という轟音と、目に見えない大気の振動。


「……っ!?」


「ハハ……。どうしたのかな、ワクくん。もしかして……立てないのかい?」


 ヤリスの歪な影が、ふらつくワクの眼前に、巨大な壁となって迫り上がる。

 圧倒していたはずのワクの瞳から、光が失われようとしていた。




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