風鈴を鳴らす夏の風
北の領地の夏は短い。
だが、体を動かすのが大好きなリュシーにとっては、最も好きな季節だ。まあ、落ち着いてここで夏を過ごすのは今年が初めてだけれど。
だからこそ、夏をとても楽しみにしていたのに、なのに……。
「奥様、起きられそうですか?そろそろ何か召し上がりますか? フルーツやスープをお持ちしますね」
メイドの声がする。お腹は空いている。フルーツもスープも美味しそう。
でも――。
「うー、眠い…」
最近、リュシーは眠くて眠くてたまらない。寝ても寝ても眠くて、せっかくの夏をちっとも楽しめていないのだ。
「うーん、あとちょっとだけ寝るわ。用意だけ――お願い……」
そのままリュシーは再び眠ってしまった。
チリンチリン
涼やかな音で目を覚ます。
今度こそ目を開けると、自分の顔を覗き込んでいる夫と目が合った。
「ジェルマン様」
「ただいまリュシー。起きられそうか?」
リュシーは頷くとそっと体を起こした。
春先にお腹に子どもがいることがわかって、夏になる頃からは眠くて眠くて仕方ない。
そんな妻を夫であるジェルマンはたいそう心配していた。
仕事もなるべく近場で済ませていたが、先週、どうしても父伯爵の領地まで行く必要ができたのだ。王都で騎士まで務めたジェルマンは、早馬で行ってすぐ帰ってくると言い張ったが、従者が付いていけない。
リュシーも説得して、渋々、不在にすることになった。
「ジェルマン様、お帰りは明日では?」
「ああ。皆は明日帰るよ。俺は馬の方が性に合うからな」
「まあ」
リュシーは呆れたが、一刻も早く自分に会いたいと思ってくれたのは嬉しかった。
「起きたなら何か食べた方がいい。スープは温め直して、フルーツから食べようか」
チリンチリン
果物を差し出す夫越しに窓に何かが光っているのが見えた。
リュシーの視線に気づいたジェルマンが笑う。
「あれか? 伯爵領にバザールが来ていてな。東方のガラス細工だそうだ。少しでも外を感じられたらいいだろう?」
窓にかかるそれはガラスを丸く加工して綺麗な柄をつけたもので、風が吹くたびに軽やかな音を鳴らしていた。
「嬉しい! 夏の気持ちいい風が歌っているようですわ」
歓声を上げた妻に目尻を下げて、ジェルマンはそっと果物を彼女の口に入れたのだった。
ありがとうございました!お楽しみいただけたら嬉しいです。
これだけも読めるようにしたつもりですが、実は過去に書いた「おてんば令嬢の憂鬱」
https://ncode.syosetu.com/n0564hk/
の後日談です。よろしければ合わせてどうぞ。




