第一章~異世界に行っても僕は僕のママが好き・オタ勇者「やまもと」の場合~
架空世紀1079。「黄昏共和国」から最も遠い異世界都市を自称する「聖公国」は、「自由連邦」に対し独立戦争を挑んだ。
これは、長く続く「天地戦争」の幕開けにすぎなかった——。
そして2025年。もう千年近く戦争してる。
#01 勇者降臨。既視感バリバリ。
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16の誕生日、母に言われた。
「あなたを、立派な勇者に育てたつもりです。さあ、アリア藩の藩主様にご挨拶なさい」
……藩主?
一瞬混乱したけれど、すぐに理解した。
そう、前世の記憶のおかげだ。さっき思い出した。僕は山本順だった。
典型的な「勇者召喚」なら王様の玉座に案内されるはずだけど。
藩主って、なんだか地に足ついててリアルだな。
あ、これたぶん……当たりじゃない異世界だ。
僕は、お城の階段を一人で登り、藩主の前に片膝をついた。
「よくぞ来た勇者。やまもとよ。」
僕は山本順。こっちの世界ではトムリン・ベールとして育った。
でも、今は山本順としての自覚がある。
トムリンは素直な人だ。僕なんかが入って彼の人生に影響が出るのがちょっと心苦しいような気もするがトムリンとしての自覚もある。おかあさんは大好きだ。
「旅立ちに際し、貴方に与えられるのは、この【どうのつるぎ】ですか?」
ちょっと待て。疑問形か。
藩主は女性だ。泉の女神かなにかのオマージュか、淡い光をまとったような優雅な雰囲気があった。
ここは正直者に倣ってと思ったが、何を答えれば良いのかわからない。
もし逆らって悪いことでも起こったら嫌だ。
僕は無言で首を縦にふった。これなら何かあってもごまかしが効くだろう。
——いや、ただ首を縦にふっただけなんだけど。
「では【ぬののふく】×3【ひのきのぼう】×2そして金貨50枚を与えるので、経験を積んだら魔王を倒してきてください。」
身も蓋もない。とりあえず酒場で仲間を集めてレベル上げをしろと。
ある意味慣れてる。序盤はチュートリアルだが何度もやると飽きてくる。
まぁ、ここに来て初めてのことだ。色々試してみるのも良いのかもしれない。
しかし、「やまもと」か。「ああああ」とかよりマシだけどこの世界ではどうなの?
「行ってきます。」
つい、軽い口調で藩主様に言ってしまった。優しそうな目で見送ってくれるので、良いか。
ステータスの確認を⋯ってあれどうするのかな?
お城の人に聞いてみたが、どうもそういうのは無いらしい。
リアル世界的な転生か。ちょっと厄介かも。だが、僕は説明書やチュートリアルは飛ばして実戦で覚える派だ。
まずは、ソロで。
スライムが出た。
なんだコイツ、剣が効かない?なら、魔法⋯ 使い方わからん!
クソ、口に張り付きやがった。息が⋯
意識が薄れていく。初見殺しかよ。ずるいや。
魔物図鑑で読んだことがある。古典ファンタジーでスライムは強敵だったと。
もう遅い。僕の知ってるメジャーはスライム、雑魚なのに。
僕は死んだ。
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「藩主様?」
僕は問いかけた。
「勇者よ、旅立つのだ。」
財布がさっきより幾分軽くなっている気がする。25枚しか無い?いつの間に?
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#02 召喚師のおっさん。
俺は召喚師。
16年前、ひとつの魂をこの世界に呼び出した。
そして今、俺の召喚した「勇者」がこの酒場《涙・ルイ》に現れるはずーダ。
「お前の「勇者」旅立つらしいな。」
召喚師の同僚の言葉。
勇者召喚は召喚師としての卒業試験のようなものだ。異世界の人間の魂を赤子に宿らせる。俗に言う異世界転生。
やっと16年。長いようで意外と短い。
勇者は《辺境魔王》を倒す使命があるが、力尽きても藩主の前に戻るだけだ。そして転生者の魂が諦めた時、勇者の使命は終わる。
過去の転生者の話によると「BCGの予防接種」のようなものらしい。
勇者を育てた家庭にはそれなりの支援が国からある。質素に暮らせば30年は大丈夫。元勇者もお城の兵士に就職するものも多いので妊婦には大人気の制度だ。
「やまもと」が諦めた時、彼はトムリン・ベールとしての人生を再開する。
そろそろ、「やまもと」がこの酒場に来る頃だ。勇者「やまもと」の一行に加わるため「仲間」として、彼の到着を待ち構えた。
やっと来た。多分一回力尽きてる。ダメなヤツかもしれない。と少し不安になる。
チュートリアルはちゃんと受けよう。ちゃんと仲間を集めよう。
俺は【召喚師】16年前《山本順》の魂を呼び寄せる儀式をした。眼の前のトムリン・ベールには《山本順》の魂が入っているはず。
俺は彼に説明した。
【勇者死に戻りのルールと召喚師の見解】
勇者としての異世界人の魂があるものは決して滅びない。
仮に死んだとしても「無かったこと」になる。
当人としては夢でも見ていた感覚だがその詳細の記憶の大半は残らない。
時間経過も夢の長さにもよるが大概数分~数時間。
対価として「金」が消費される。
周囲から見れば、ちょっとぼーっとしていたように見える。
何度も繰り返されると「魂」の「やる気」が損なわれるため、結果元の世界への帰還を希望するようになる。
《無理ゲー》に飽きる、《クソゲー認定》すると召喚されたものは証言するのかもしれない。
黄昏国の召喚は被召喚者にとって優しすぎる。ほぼノーリスクで魂の経験だけ与えるもの。こんなので成果が出るわけがない。
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「やまもと」はおそらく一度死んだ。藩主に最初にあってからの記憶が無いのは、彼が再構築された副作用なのだ。ノーリスクで生き返れるほど甘くはない。だが、当の本人に失敗の自覚はない。
「あ、そういうことですか。死に戻ってゼロからやり直し続ければ正解にたどり着くんですよね。」
おや、意外にも彼の飲み込みは早い。
「そういう話、知ってますから。」
金は魔力を秘め、トムリン・ベールと「やまもと」を護るもの。だから金貨が減ったのだ。
どうも、コイツは甘く見ているようだ。少なくとも一度は「死」んでるはずだが。
「甘く見るな。『死』は現実だ。廃人のようになってしまった者もいるんだ。」
とは、言ってみたものの、異世界的には《ネトゲ廃人》と言うらしい。
「わかりました。それよりこの世界、魔法はあるんですよね。召喚とかあるんだから」
魔法はある。昔はなかったらしいが、はるか昔他国で偶然現れた転生者が作ったらしい。
その伝承の影響なのか、魔法を使うには「鮭」料理を食べなければならないようだ。よくわからんが。
「あ、なるほど。よく知ってますよその話。ゼロから魔法を作ったラノベ読みました」
どうも調子が狂う。ラノベが何だか知らんが「物語」だろう。その中でも魔法は苦労して作ったんだろうし、そもそも「物語」の作者だって産みの苦しみを味わってるはず。
「じゃ、スキルは?剣が速く触れるとか、一撃必殺とか」
そういうのは鍛えて身につける「技術」だ。召喚時の折込する術式が無いわけじゃないが、「やまもと」は卒業試験の産物だ。只でさえセーフティーネットな術式をさらに複雑化は無理。
「おい、やまもと!」
「えっ?」
今、多分山本は死んでた。酒場の踊り子に目を奪われていたから、きっと彼女らを仲間にして冒険に出たんだろう。今の彼に言っても無駄だとは想うが、もう踊り子を仲間にしようとは思わないだろう。
俺と、やまもと。あと二人は⋯
ビキニ戦士と治癒術巫女か。最低2度は死んだから、耐久型としては良いのかもしれない。が、コイツは脳が死んでる。
「一度はハーレムものもしてみたいじゃないですか。おっさん枠残してるんで良いでしょ?」
おっさんか。そんな年齢だから仕方ないが、人に言われると少し傷つく。
実勢、俺ことオッサンは戦力にならない。魔術召喚は準備がないとできない。俺が冒険中に出来ることといえば、声で呼ぶことだけだ。普通の人が呼ぶより助けが来る可能性は高いが。「おーい。誰か助けてくれー」
#03 勇者の軌跡
「もう、俺は必要ないだろう。」
アリア藩周辺の魔物なら俺が抜けても問題ない。金が必要なら商人か盗賊。魔法を強化したいなら魔術師でもいいし。もう踊り子がついて行っても大丈夫だ。
「用済みのおっさんが、他所で無双って展開じゃないですよね?」
なんだそりゃ。
(中略)
数ヶ月。
ちゃっかり実家に泊まって宿代を節約したりもしているようだ。
「死に戻り」を何度か繰り返したようだが、ようやく「やまもと」はアリア藩を「脱藩」した。海の向こうで活躍しているはず。
あ、あれ、帰ってきた?
「盗賊……が、父にそっくりなんです。あ、転生前の世界の。」
声がかすれていた。
「ぶっ殺したい、そう思ったはずなんです。武器も握ってたし、背後も取れた。でも……」
彼は目を伏せ、拳をぎゅっと握った。
「……“ごめんな”って、聞こえた気がして。僕の父さん、よくそう言ってました。ろくに家にも帰らず、でも僕の目をまっすぐ見て、“ごめんな”って……。」
沈黙が落ちる。酒場の喧騒が遠く感じられた。
「僕、やっぱり“殺す”とか無理です。勇者とか言われても……僕はトムリンで、山本順で、ただの子どもで。多分、ずっと父親を恨んでて……でも、殺すことじゃなかったんだって、わかった。」
彼の瞳は潤んでいた。怒りと悲しみと、なによりも“理解”の色があった。
「情けないかもしれません。でも、これが僕なんです。」
トムリンの方の性格かな。家族思いだったと聞いてる。
「そうか、仕方ないな。」
「トムリンはどうなるんですか?」
「いや、別にどうにもならん。レベル12くらいにはなっている。アリア藩の守備隊には入れるだろう。」
「レベルの概念あったんですか?」
「いや、それは俺達召喚師が実績を見て判断するもんだ。」
俺は最後まで言えない。術式の関係上4文字の名前が召喚条件だったことを。
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#04 山本順カエルとトムリンの魔法
僕は帰ってきた。布団の中の携帯ゲーム機のバッテリーランプが点滅している。
「名作だからやっとけ。」と父がダウンロードした伝説の3部作の最後の一本。
リメイクが出るらしいので僕を味方にして母さんを説得するつもりだろう。
トムリンの影響かな。お母さんが気の毒な気がする。あれ、トムリンって誰だっけ?
もうすぐ母の日。僕は自然とプレゼントを考え始めた。明日はアキバでぬいぐるみを買おう。
そして----
「おかあさん、ただいま戻りました。」
「トムリン、もういいの?お役目は?」
「ごめんなさい。魔王まで辿り着く前に『勇者』様は元の世界にお戻りになりました。」
「いいのよ、トムリン。私はあなたが戻って来てくれれば。これからは⋯」
「僕は、お城の仕事をしながら、本を読んで知識を蓄えて藩の為に頑張りたいと思います」
「そう。『勇者』様のお導きかしらね。勉強嫌いな貴方がね。」
火魔法。勇者の時はもっと火力があったけど、今は「マッチ」程度の火。
これで十分。釜戸の火打ち石が使えなくても母さんは困らない。
#05 それでもオッサンは行く
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俺はオッドアイ・サンダース。これが俺の名前だ。略してオッサン。間違ってない。
さて、若かりし頃の幻影と向き合うのは、このぐらいだ。
俺は、襟を正し、「召喚庁」の庁舎へと歩みを進める。今度は世界に改革をもたらす転移者を呼ばないと。
「おーい。」