第一章:四月 雪解けと最初の蕾
長く厳しい冬の名残である雪が、ようやくオカナガンの谷間からその重たい裾を引き上げようとしていた。湖面を覆っていた氷は、岸辺から静かに解け始め、鈍い銀色だった水面は、空の青さを映し込むための場所を少しずつ広げている。アガサの家の庭でも、陽光の力が日ごとに増し、凍てついた土の下で眠っていた生命たちが、むず痒そうに身じろぎを始めている気配があった。
アガサ・マーティンは、キッチンの窓辺に置かれた古びた木製のロッキングチェアに腰を下ろし、マグカップに淹れたハーブティーの湯気を静かに吸い込んだ。カモミールの柔らかな香りが、朝の光の中で微かに揺れる。
窓の外では、三匹の犬――ゴールデンレトリバーのマックス、ボーダーコリーのバディ、そして雑種の老犬チャーリー――が、雪解け水の残る庭を駆け回り、泥だらけになりながらも、春の到来を全身で喜んでいた。家の中では、三匹の猫――シャム猫のジンジャー、黒猫のシャドウ、白猫のスノーウィ――が、それぞれの気に入りの場所で気ままな時間を過ごしている。ジンジャーは日当たりの良い窓辺で毛づくろいをし、シャドウは暖炉の前の敷物の上で丸くなり、スノーウィはアガサの足元に寄り添い、時折、小さな頭を彼女の足首に擦り付けていた。
この家と庭は、三年前に世を去った夫、アーサーと共に築き上げたものだった。若い頃、東部の喧騒を離れてこの地に移り住み、二人で力を合わせ、荒れ地だった土地を少しずつ切り拓き、花を植え、果樹を育て、自分たちのささやかな楽園を作り上げたのだ。アーサーは土いじりを愛し、アガサは咲き誇る花々を愛でることを愛した。庭は、二人の愛と時間の結晶だった。
アーサーが眠るように息を引き取ったのは、ちょうど三年前の、やはり雪解けの頃だった。
彼のいない最初の春は、色が褪せて見えた。次の春は、悲しみが少しだけ薄らぎ、庭の手入れをするアガサの手に、微かな力が戻ってきた。そして、三度目の春。孤独はアガサの日常に深く根を下ろしていたが、それはもはや耐え難い苦痛というより、彼女の一部となった静かな影のようなものだった。彼女はアーサーの不在と共に生きる術を、ゆっくりと身につけていた。
「さあ、そろそろ始めないとね」
アガサは独り言のように呟き、ゆっくりと立ち上がった。八十歳を過ぎた身体は、朝には少し軋む。それでも、庭が彼女を呼んでいた。夫のために、そして自分自身のために、今年も庭に命を吹き込まなければならない。
厚手のカーディガンを羽織り、古びた長靴に足を入れる。玄関のドアを開けると、ひんやりとした、しかし湿り気を含んだ春の空気が流れ込んできた。犬たちが、待ってましたとばかりに尻尾を振って駆け寄ってくる。
「はいはい、わかってるよ。お前たちも手伝ってくれるのかい?」
アガサは笑いかけ、マックスの頭を優しく撫でた。
庭はまだ冬の装いの下で眠っているように見えたが、注意深く見れば、そこかしこに春の兆しが隠れていた。クロッカスの紫や黄色の小さな頭が、枯れ葉の間から遠慮がちに覗いている。チューリップの緑の芽が、硬い土を押し上げて力強く伸び始めている。水仙の葉は、すでに剣のように鋭く空を指していた。
アガサはまず、枯れた枝や冬の間に積もった落ち葉を取り除くことから始めた。熊手を手に、ゆっくりと、しかし着実に作業を進める。土の匂い、湿った草の匂い、そして遠くの湖から吹いてくる風の匂い。それらが混じり合い、アガサの感覚を呼び覚ます。身体を動かしていると、心の澱のようなものが少しずつ晴れていく気がした。
アーサーはいつも、この時期になると、「土の声を聞くんだ」と言っていた。「冬の間、何を夢見ていたのか、これからどんな花を咲かせたいと思っているのか、耳を澄ませば聞こえてくるはずだよ」。当時のアガサは、彼の言葉を詩的な比喩として聞いていたが、今は少し違う感覚があった。土に触れ、植物の息吹を感じていると、本当に何か囁きのようなものが聞こえてくるような気がするのだ。それは風の音かもしれないし、自身の内なる声かもしれない。あるいは、アーサーの魂が、まだこの庭に留まっていて、彼女に語りかけているのかもしれない。
昼近くになり、額にうっすらと汗が滲む頃、一台の車が砂利道を走ってきて、家の前に停まった。近所に住むメアリーだ。週に二、三度、こうしてアガサの様子を見に来てくれる。
「アガサさん、こんにちは! もう庭仕事? 無理しちゃダメよ」
メアリーは快活な声で言いながら、車から降りてきた。手には焼き立てのパンが入ったバスケットを持っている。
「メアリーさん、いつもありがとう。大丈夫、ゆっくりやってるから」
アガサは微笑んで手を休めた。
「でも、一人で大変でしょう? 私も少し手伝うわ」
メアリーはそう言うと、アガサの隣で屈み込み、一緒に枯れ葉を集め始めた。
メアリーは詮索するようなことは言わないが、アガサの孤独を気遣ってくれているのが伝わってくる。
アガサの唯一の娘、キャサリンは、十年前に家を飛び出して以来、ほとんど音信不通だった。最初の数年は、時折、短い手紙や絵葉書が届いたが、それも五年ほど前から途絶えている。どこで何をしているのか、生きているのかどうかさえ定かではない。アーサーは生前、そのことをずっと気に病んでいた。アガサももちろん、娘のことを思わない日はない。しかし、待つことしかできない自分に、静かな諦めを感じてもいた。
「キャサリンさんから、連絡はあった?」
メアリーは、アガサの心の内に気づいているかのように、それとなく尋ねた。
「いいえ、相変わらずよ」
アガサは短く答えた。
その声には、諦めと、ほんの少しの痛みが滲んでいたかもしれない。
メアリーはそれ以上は聞かず、話題を変えた。
「今年のチューリップは見事に咲きそうね。アーサーさんが丹精込めていた球根でしょう?」
「ええ、そうなの。あの人が一番好きだった種類なのよ」
アガサの顔に、ふと柔らかな表情が浮かんだ。
「あの人がいるみたいでね、毎年、この芽が出てくると、なんだかホッとするの」
二人はしばらく、庭のこと、町の噂話、天気のことなどを話しながら、一緒に作業をした。犬たちは二人の周りをうろつき、猫たちは家の中から窓越しにその様子を眺めていた。
メアリーが持ってきてくれたパンと、アガサが淹れた熱い紅茶で、簡単な昼食をとる。キッチンのテーブルを挟んで向かい合っていると、孤独が少しだけ和らぐ気がした。
「そういえば、リリーちゃん、元気にしてるかしら?」
メアリーが尋ねた。リリーは、キャサリンが若い頃に産んだ娘、つまりアガサの孫娘だ。キャサリンが家を出た後も、リリーは時々、アガサの元を訪れていた。今はバンクーバーで大学に通っているはずだ。
「ええ、この間、電話があったわ。相変わらず忙しそうにしてるみたい」
アガサは答えたが、リリーの声に少し元気がなかったことが気にかかっていた。何かあったのかもしれない。しかし、電話では深く聞くことはできなかった。
メアリーが帰ると、家の中は再び静寂に包まれた。午後になると、アガサは居間のロッキングチェアに戻り、編み物を始めた。窓の外では、日が傾き始め、庭の影が長く伸びている。犬たちは疲れたのか、暖炉の近くで眠りこけている。猫たちも、それぞれの場所で午後の眠りを貪っていた。
編み棒を動かす単調なリズムが、アガサを微睡みへと誘う。ウトウトとしながら、彼女の意識は過去と現在を行き来する。アーサーと初めてこの土地を訪れた日のこと。若いキャサリンが庭で笑い転げていた日のこと。そして、アーサーが病に倒れ、日に日に弱っていく姿を見守った辛い日々……。
ふと、足元でスノーウィが小さく鳴いた。アガサが目を開けると、白い猫は彼女の顔をじっと見上げていた。その大きな青い瞳は、まるで何かを語りかけているように澄んでいた。
「どうしたんだい、スノーウィ? お腹でも空いたのかい?」
アガサは優しく話しかけた。
スノーウィはもう一度、短く鳴いた。その声は、いつもの甘えた鳴き声とは少し違って聞こえた。まるで、言葉にならない思いを伝えようとしているかのように。
アガサは、自分が少し疲れているのかもしれないと思った。庭仕事で身体を使ったせいだろう。あるいは、春という季節が、眠っていた感情や記憶を呼び覚ますのかもしれない。
窓の外を見ると、夕暮れの光が庭を淡い金色に染めていた。クロッカスの小さな花びらが、その光を受けて宝石のように輝いている。チューリップの芽は、一日のうちにもう少しだけ伸びたように見えた。
アガサは再び目を閉じ、ロッキングチェアの穏やかな揺れに身を任せた。耳の奥で、遠い昔にアーサーが口ずさんでいた古い歌のメロディーが聞こえるような気がした。そして、それと重なるように、庭の土の下で、小さな蕾たちが、静かに、しかし力強く、開花の時を待っている囁きが聞こえるような気もした。
四月の夕暮れは、まだ肌寒い。しかし、その空気の中には、疑いようもなく、新しい生命の約束が満ちている。アガサは、その約束を胸に抱きながら、静かに夜の訪れを待っていた。夫のいない三年目の春。孤独ではあるけれど、庭と、そこに息づく生命たちと、そして忠実な動物たちに囲まれて、彼女は一人ではなかった。まだ気づかぬ変化の兆しが、雪解け水の流れのように、静かに彼女の内の世界に沁み込み始めていることを、アガサ自身、まだ知る由もなかった。