ジョーモンの記憶
こちらは異世界恋愛ジャンルの『青とポニーテール』から続く六作すべてに共通するその国の王族の話であり、話の設定当時から八十年ちょっと前の第三王子ウィンを主人公にしたその時代の話となっています。
もちろん単独で問題なく読めますが、読者様が苦手とする、または不快になるような何かしらの要素が含まれている可能性がありますので何でもOKという場合に限り、読み進められることを推奨いたします。
私はこの国の王族で、第三王子として生を受けた。
上に二人の兄と一人姉がいて、年の離れた末の弟として存分に甘やかされかわいがられてきた。
成長するにつれ、自身が置かれている立場についても深く理解できるようになっていき、それは自身にとっては大きな心の負担となっていった。なぜならば、ただの同じ人間であるはずが、私は彼らの上に立ち、導いていくことを課せられ、その上逃れられないよう法という国の掟で縛られているからだ。正確にはその役割は兄である王太子が担うわけではあるが、王子である以上はスペアとして、またはサポート役として何かしらの関りを持ち続けなければならないのだ。
それでもなんとか自身が望む生をと悩みもがきながら思考し続け、十才になる頃には王である父と王妃である母に、王族からの離脱とどこか王都から遠く離れた場所で平民として暮らしていきたいと毎日必死に訴えるようになっていた。最初のうちはただかわいい末王子の妄想として軽く受け流されていたが、自身がそれに気が付いてからは王城内で働く文官たちに突撃し、困惑と畏敬の念で顔色を悪くさせていた彼らにお願いして王族の離脱に関する詳細と、それに伴う必要書類や手続きなどを教えてもらった。
そのことが伝わると今度は逆に王と王妃に加え、兄姉近しい親戚たちが束になって私の説得にあたるようになってしまった。それでも私の意思は僅かにも揺らぐことなく必ずや離脱して平民になると強く言い続けた。そして高等学園にあがる十六になる直前、ついに自身が望む理想の生活場所を見つけることができた。それまでずっと平民になって生活する場所を探して調査を続けていたが、どこも違うような気がして場所選びは難航していた。そんな中、ある日ふと王都から一番離れた遠い場所になる土地はどこなのだろうと思い立ち、その足で国土に詳しい文官を捕まえに行き問い詰めたのだ。そこで一応は王領となっているが詳しい情報は皆無の辺境地の存在を知らされることになった。その時なぜか直感とでもいおうか、ここだと閃いてしまい、もうその日からはその辺境地のことばかりを考えるようになってしまったのである。
だが気になって調べようにも何ひとつまともな資料が見つからず、あまりにも不自然でまるで意図的にそうされているようでもあった。だから最後の切り札として王に直接尋ねることにしたのだ。
きちんとした手順を踏み、王への正式な謁見の機会を得て直接その辺境の地についての詳しい説明を求めた。だがそこで王はやはり決まり文句として公式に出ている通りの情報のみを口にしたのである。そして私もそうですかとその公式情報に納得し受け入れたかのように一言のみを発してその場を後にした。
私は侍従たちに辺境の地への視察のための旅支度と日程の調整を命じた。
彼らは困惑しながらも主である王子の命令に背くことはできないため素直に従い行動に移した。そして当然のように王から緊急の呼び出しを受けることになり私室へと向かった。
「わざとここに呼び出した意味はわかるな。今はお前の父として話をする。辺境の地への視察などと強行策に出たところで私が一言いえばすべてが流れる。だがお前はそれを知った上でそのようにしたということもわかっている。だからお前にも真実を教えようと思う」
「‥‥‥真実?父上、私はただあの辺境の地の詳しい情報を得たいだけなのです。それがなぜそのような大層な話になるのかまったく理解できません」
「お前が知りたいそれは単なるその地の状況を話すのとはわけが違うのだ。まず知っておかなければならない根本を正確に理解していなければ何を聞いたところでただ混乱するだけだ。そしてこれは王家の王と王太子のみに継がれるこの国の最高機密でもある。王太子であるスカイはすでに共有しているが、第二王子のグラント、そして第三王子であるウィンドには生涯隠匿されるはずであった。だが以前から私の感覚がお前には伝えろと訴えてきていたのだ。そしてお前の行動によりついにその時が来たのだと確信した。今日はまずそれだけを伝えるために呼んだ。明日から時間を作り教えることにする。話は以上だ。もう遅いから部屋に戻りなさい」
気づくとすでに自室に戻り、ベッドの上にいた。
父に話をされ部屋に戻るよう指示があってからの記憶が曖昧だ。
正直、明日から聞くことになる真実とやらに興味があるわけではないが、なぜか思い当たることがあるとでもいうような妙な感覚を持て余し混乱気味だ。とにかく今は視察に関してはとりやめ父の話に集中せざるを得ないだろう。
翌日の夜、その日のすべての政務を終え私室へと戻ってきた父から再び呼び出しを受けた。そこで父と少し話をした後、二人で私室を出て地下にある王族専用の書庫へと向かった。扉を開き中に入ると数多くの書類や書籍がきれいに整理され棚に収められている見慣れた光景がそこにはあった。父はそのいくつかの棚の間を抜けていき、奥にある何の変哲もない壁の前で立ち止まった。そしていきなり私の手を取りしっかりと握った。
「!?‥‥父上?」
「ここに入るまでの間だけだ。ここは私とスカイ以外のものは絶対に入ることができない。例外として王である私がエネルギーを繋いでいるものを連れて入ることはできるのだ」
「ですがここと言われましてもドアがありません。ただの壁ではありませんか」
「よいからお前は少しの間黙っていなさい」
そういい父は私の手を握っている手とは逆の手で目の前の壁に手のひらをつけた。するとその父の手が一瞬光を帯びたかと思うと次の瞬間には先ほどまでとは違い、棚などひとつもない小さな空間に自分は立っていた。驚きで口を開けたまま棒立ち状態の私の手を放し、父は中央にある透明のガラスケースのようなものの中に入っている昔の巻物のようなものを取り出した。
「これは今からおよそ百五十年ほど前の当時の王が書いたこの国の真の歴史だ。とてもシンプルに書かれていてそれほど時間をかけずに読むことができる。ただここでしか読めない仕組みになっているから今から読み始めなさい」
私は手渡された巻物よりも書庫からここまでどうやってたどり着いたのかということの方に気が取られ、その答えを聞くまでは何もすることはできないと思った。
「父上、先ほどのアレは一体なんだったのでしょうか?夢でなければ確かに瞬間移動とやらを体験したはずですが、そんな物語の中だけに存在している魔法がなぜ現実に存在しているのでしょうか。それとも私の勘違いで手品のようにあの壁をすり抜けたように見せただけなのでしょうか‥‥」
「それについての詳しい話はあとでもできるが‥‥アレは本来すべての生物が為せる業であり特別なことではない。だが現世ではいろいろな事情が重なり為せないようになっているだけのこと。もしもそのことが気になって読めないというのであればそれでもよいが、次にまたここに来ることができるという保証はない。どうするかはお前が決めろ」
「‥‥‥‥」
図星をつかれ気まずくはあるが、冷静に考えればこの巻物に書かれていることはあの辺境地にも関わることなのだ。だからすぐに思いなおしその場に腰を下ろしてゆっくりと巻物を広げ読み始めた。
【これは私が罪の意識から少しでも逃れようと足掻いた末に、後世の私のようなもののために残しておこうと決め、書き記した真実の記録である。私の父は簒奪王である。とはいえ元々この国の祖であると言われ神の血筋であるとも謳われていた万世一系の王たちの初代もまた隣国からの侵略者であったのだ。私の父はその侵略者のうちの誰かの血が入っているとされた庶子で、当時外国から海を渡って来た大国人たちに踊らされ、権力に魅入られ欲したが故に国を売ったものたちが、彼らの協力の元に計画し、起こしたクーデターにより成り代わって王とされたものなのだ。そして少しでも疑いを持つものや反抗するものたちは罪人に偽装して全員粛清し、何も知らない底辺の民たちには教育という方法でクーデターではなく国のための改革であったと洗脳し、クーデターを起こしたものたちは救国のヒーローとして崇めさせ、後世までそれが語り継がれていくよう仕向けた。この国は建国以来、最初から権力争いの勝者による都合のいい歴史に改竄され続けてきており、その都度正しく書かれているものや勝者側に疑いの目が向くような内容のものすべてを王の権力を行使して燃やしつくし、絶対に後世に残らないよう徹底させてきたのである。要するにこの国の歴史書として残っているものに正しいものなど一つとして存在しないのだ。言い伝えというのも結局は権力者争いで敗れた同族による主に身内向けの負け犬の遠吠えということだ。私は権力争いの勝者のトップに据えられている人間であるが故にこのような真実を知っているわけであるが、そのあまりの罪の重さに耐えかねある時辺境の地への視察という名目で手つかずの土地に向かった。私はそこで自ら命を絶つつもりでいたのだ。そして強権を発動し、侍従たちや護衛に命令して遠ざけ、その隙をついてうまく逃げ出し一度入ったら二度と出られないと言われる魔の森深くまで歩を進めていった。だが思いがけずそこでのある出会いから私は方針を改め彼らの助力により無事野営地まで戻り、その後城にも帰還した。私はあの森を侵略から守るため、あの土地に関する嘘の報告書を作成し、生涯誰にも関心を持たれぬよう王家の権限を行使してまであらゆる手を打った。今後代々の王と王太子がこれを読みどうするかはその本人次第である。しっかりと自らで考え行動すること。私も生きている間にできる限りのことはするつもりだ。どこまでできるかはわからないが、もしも私と同じように立場について心を痛めるならば、最終的には王家も貴族もない皆が助け合い安心して暮らしていけるような国づくりを目指していってほしいと願わずにはいられない】
私は読んでいる間中、傍にいる父にも聞こえているのではないかと思うほどに心臓が激しく音を立て鼓動していた。そして無我夢中で何度も読み返していたようで、父から声がかかるまでは完全に今の状況すら忘れていた。巻物は父の手で再びケースの中に収められ、先ほどと同じように瞬間移動をして書庫に戻った。二人で書庫にあるソファーに座り、そこで改めて父から瞬間移動についての詳細を聞くことができた。
父は生まれてすぐの目も見えない、話すこともできない赤子の頃から前王である祖父に抱かれ、壁に手を付けるという動作を繰り返してきたという。だが祖父はいつも「この壁の向こう側へ瞬間的に移動できる」とその都度言い続けた。それは成長しても変わることなく続けられ、父は物心がつく頃には祖父の言っていた壁の向こう側へ瞬間移動ができるとわかっていたのだという。そしてその理由と今私たちが生きている環境との関わりを丁寧に説明してもらうこともできた。
私たちは生まれた時からすでにある様々な物事に対しては自然と受け入れていくが、ない物事に関してそれは難しい。たとえば目の前にいる父のことはしっかりと認識できるのでそこにいるということを自然に受け入れる。だが見えてはいないがエネルギー体として目の前にいるという存在をもし指摘されたとしたら、間違いなく受け入れることはできないはずだ。もっとわかりやすく例えるなら、りんごと言えば、たとえ目の前になくとも誰もが赤、または青りんごを思い浮かべることができ、りんごはあると存在するものとして自然に受け入れる。重要なのはあくまで自然に受け入れているという感覚なのである。言うなれば私たちの生きてきた環境や教育で物質化されたものの存在と、科学で証明される存在以外は認めないという集合意識に誘導され、多くのあるやできるがないとできないに上書きされてしまっているのだ。だから祖父もそれ以前の王たちも皆、父と同じように何もできない赤子の頃から呼吸をするようにあくまで自然の感覚として瞬間移動を受け入れるようにとそのような方法で育てられてきた。
私は話を聞いてそれならば自分も瞬間移動ができるようになるのでは?と期待したが、父からはお前に無理だろうと即答され、自身の説明が足りなかったと言ってもう少し話を付け加えた。
「お前は今からあの壁の向こう側へ瞬間移動できると必死に思い込んでやってみようとしても、必ず絶対に無理だという感覚は残っているのだからそちらに引っ張られてできない。ここでの思い込むとは頭で考える思考で感じるというのとは少し違う。たとえば俺は空を飛べると想像してそれができると思ったとしても、実際には重力に関する教育や人間は飛べないという常識とされた意識コントロールなどで幾重にも無理、できないという感覚の鎖で縛られてしまっているために、もはや自然に受け入れるという感覚になるのは不可能に近い。要は呼吸をしているというレベルくらいのごく当たり前の感覚でなければ為せないということだ」
なるほど‥‥‥確かに心のどこかや頭の隅では教育や常識として教えられてきた様々なことがこびり付いている。確かにそれ以前のまっさらな状態である生まれたばかりの赤子からそういった感覚を身に着けていなければ当たり前の感覚にはならないだろう。
その日以降も父からはいろいろなことを教えられた。父はまず、この国の常識として教えられている建国の歴史について、すべてが私たちが都合良く書いただけの物語であったことを知った上で自身の思う通りにやっていくようにと厳かに諭した。その後辺境の地についても少しだけ聞くことができた。あの巻物を記した王が森であったとされる人物こそ、この国の真の始祖である民の末裔であろうと推察され、彼らがどのような経緯であのように人が近寄らない深い森の中で生活することになったのかは知る由もないが、意図して他の人間たちとは関わらないようにしてきたのだろうと父は言った。そして当時の王が生涯をかけてあの地を守るために動いた意味と、彼らとの間で交わされていた誓約があると仮定した上でも私に辺境の地で暮らすことを認めるわけにはいかないのだと話した。
私はそのような話を聞かされた後、しばらく自身の中で思考と感情で葛藤していた。だが最終的にはあの辺境地で暮らしたいという思いが日増しに強くなっていったことで、すべての相反する思考を捨て去った。そして父にその旨を伝え、泣いて引き留める母や兄姉たちに深く一礼し、高等学園卒業後に辺境地へ移住することが認められた。ただその条件として平民としてではなく、形だけではあるが一臣下の辺境伯として向かうということになった。
それから三年間の学園生活を無事に終え、少しずつ準備を進めていた甲斐もあり、卒業から僅か一週間ほどで城を出て辺境地へ向けて出発した。学園にいる間に野営について詳しいものたちから指導を受けながら、一人で暮らしていくためのサバイバル術を身につけていたので不安などはなく、むしろ楽しみではしゃぎすぎ、周りから咎められていた。
巻物の王が辺境の地へ向かった当時はちょうど魔導式自動車が外国から入ってきたばかりの頃であり、かなり高価で希少なため、手に入れることができるものは限られていた。彼は王という地位にあり、幸運にも遠方への移動手段としては最高のタイミングで手に入れたといえるだろう。現在では当たり前のように一般に普及していて私も有難いことに個人の車を所有しておりそれで向かっている。
明るいうちにできる限りの距離を走り、暗くなれば野営をするか見つかってしまったしつこい領主の屋敷に泊まって休むを数度繰り返したのち、ようやくたどり着いた地に最初に足を付けた瞬間、なぜかとても懐かしいような気持ちになってしまい、みるみるうちに目に涙が溜まってしまう。それを慌てて雑に拭いながらゆっくりと辺りを見回してみた。
雑草というか、何かいろいろな草花がひざ丈ほどに成長し、辺り一面に広がっている。少し先を見れば林という表現が’正しいのかはわからないが、それらしき木々の密集地帯があった。巻物にあった魔の森とは恐らくそのもっと向こう側に見える山々の麓の辺りを指しているのだろう。本当にここだけは現世から切り離されたような不思議な異世界のような雰囲気を醸し出している。そして私が感じたのは人工物が何もないというのがこれほどまでに美しいということなのかという驚きと感動だった。
とりあえず今日のところはこの辺りで野営をして、明日には林の方へ向かい水場の確保をしよう。完全なる闇に覆われる直前の月明りはやさしく、まるで見守られているかのような安心感を得た。そして見渡す限りの圧倒される数の星々たちの輝きは感動でまた涙が溢れてきてしまう。それになぜだろうか、この広大な地でたったひとりでいるというのに恐怖感や孤独感、寂しさなどまったく感じないのである。
翌朝は自身も驚くほどすっきりとした目覚めでそれは恐らくこれまでの人生の中で間違いなく最高であると断言できた。なんというか寝ている間に体に必要なエネルギーを100%完全補給し終えた感覚があるのだ。だからかもしれない、あまり食欲も湧かなかったため少しの水を口にした後、林の方へと向かった。
近づいてみると思ったほど深くはなさそうだったのでひとまず中に入ってみることにした。入ってすぐのところに小川があり、透き通った水はそのまま飲用としても問題がないように感じられた。ここで暮らすのも悪くはなさそうだがやはりどこかに過ごしやすそうな洞窟を見つけて自然に雨風が凌げる暮らしを目指すべきであろう。この地は比較的一年中を通して温暖な場所であるため寒さで凍えるような心配もない。
魔の森にはとても惹かれるが、やはりまだ近づくには躊躇ってしまう。
すでにここにいること自体が怒りを買ってしまっている可能性もあるのだ。
とにかく今はここで静かにのんびりとしたひとり暮らしを楽しむべきであろう。
その日はちょうどここへ来てから一月ほどが経っていて、最近仲良くなった鹿が一週間ぶりに挨拶に訪れたので袋に保管してあったどんぐりを与えていた。彼がどんぐりを食している間、私はこの一週間の出来事などを話し、今日はまた洞窟探しに精を出そうと考えていることなどを聞いてもらっていた。すると目の端の方で動いた何かの気配を感じたのですぐにそちらに視線を向けた。そこにはワンピースのようなものを着て、籠と思われるものを抱え立っている女性がいた。そして完全にばっちりと視線が合ったまま互いに目を逸らさない。その状態がどれほど続いていたかはわからないが、私にはとてつもなく長く感じられていた。だが次の瞬間、まるで何事もなかったかのように彼女は踵を返し、歩き出してしまったのだ。
「あのっ!ちょっと待ってもらえませんか?」
私は思わず大きな声を出して引き留めてしまう。
そのまま行ってしまうかもしれないという不安な気持ちで彼女の後姿を見ていたが、歩いていた彼女は急に驚いたような感じで立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。
「‥‥‥えーっと、もしかしなくてもあなたは私を認識しているのよね?」
「?はい‥‥‥」
「それならまあ少し話でもしましょうか?」
「‥‥‥‥」
「あらっ?話はしたくない?ではまた機会があれば‥」
私は慌てて彼女の言葉を遮りまた大声で「違います!話したいです!お願いします!」と捲くし立てた。すると彼女は微笑みながら「ではそちらに行かせていただきます」と言ってどんどん近づいてきた。そして目の前まで来ると、その場に在る小さな岩にありがとうと声をかけ、やさしく撫でてからその上に腰をおろした。
「はじめまして。私の名前はナミ。あなたは?」
「俺の名はウィンド。ウィンと呼ばれている。えっと、ナミに尋ねたいことがたくさんあるのだが、まず、認識できているというのはどういう意味?それとナミは一体どこから来てここまでどうやってたどり着いたんだ?」
「ウィン、そんなに慌てなくてもちゃんと答えるわ」
私は興奮してかなり前のめりになっていたようで、彼女は咎めるようにそう言っておかしそうに笑った。
「わかりやすく言うとウィンが私を視界に入れたという意味ではなく、私のエネルギーを感知したっていうことなの。それ以上はちょっと難しい話になってしまうからまた次の機会にでも話すわ。それで私はここからずっと先にある山の方に住んでいて、ここには瞬間移動で来たの。そうしたらウィンがいて、ちょっと気になったから様子を伺っていたのだけれど、全然動かなくなっちゃったから帰ろうと思ったのよ。でもウィンが私を引き留める声が聞こえたからあれ?って思って迷いつつも気のせいということにした途端、ウィンの不安なエネルギーが背中に飛んできたから驚いちゃって‥‥それで本当に認識していたとわかったからお話ししてみようかしらって思ったのよ」
「俺の不安なエネルギー?‥‥‥まああの時は確かにあのまま行ってしまうって思って不安になっていたけど‥‥‥」
「まあ!?そっちなの?瞬間移動には全然驚かない感じ?たとえばウィンは誰かの心情を察することができる場合があるでしょ?それはウィンが相手のエネルギーを受けて読んだってことなのよ。もちろん相手がそのエネルギーを出しているからこそのことだけどね」
「あっ!?瞬間移動!?えーっ!?まさか!あの魔の森に住んでいるというこの国の真の始祖の末裔!?」
私はまた興奮状態でそう捲し立てたが彼女は終始落ち着いた様子でなんてこともないような顔のまま頷いた。そして少し考えるような素振りがあった後、私のことを王族であると言い当てた。その瞬間、私は体が勝手に動き土下座状態になった。
「本当に申し訳ございませんでした!今更謝罪したところでなんの意味もないことはわかっています。私たちは隣国からの侵略者の末裔であり、この国を乗っ取って現在進行形で武力を行使しないやり方の侵略を続けています。どうぞ私のことは切って捨てるなり煮るなり焼くなりお好きになさってください!」
私は地面に押しつけるようにしてしばらく頭を下げ続けていたが、何の反応も得られず不安になって恐る恐る顔を上げるとわかりやすくドン引きしている彼女の顔があった。それに気が付いた彼女は我に返ったように土下座の実物を初めて見たと言って、こんなに重いエネルギーなのかと苦笑した。彼女はただ伝え聞いた昔の話を思い出し、その時の人物と所縁のあるものがまたここに戻ってきたことに感慨深くなっていただけなのに、なぜか私が突然土下座をして謝罪しだしたのでちょっとしたショック状態に陥ってしまっていたのだという。
その後、王族から離脱し、形だけの辺境伯としてここで一人暮らしをするために来たと自身の現在の状況について説明し、父である王からはすべて聞いている旨も話した。
その日以降、ナミは数日おきに私のもとを訪れるようになり、半年後には一緒に暮らすようになっていた。そしてナミから聞いていたこの地と隣り合う領地の境目付近に存在しているという小さな村に向かい、そこに暮らす村人たちと交流を図りながら、今後についても模索していた。
初めてこの地に足を踏み入れた日からおよそ二年の月日が流れ、私はナミと生まれた子供を連れて一時的な王都への帰還も果たした。そこで父たちにも会い、長い話し合いが持たれた末に様々な取り決めも行われ、私は形だけではない辺境伯としての役割を全うしていくことになった。
あの村と隣合わせの領地であった別の王領を合併させたその土地を、私はジョーモン辺境伯として守護し、緩く発展させていくことにした。ジョーモンという名はこの国の始まりであり、ただひたすらに平和で幸せなどこまでも美しかったという非常に長く続いていた時代のことで、隣国から人が入ってくる前までのことを指しているのだとナミから教えられたものだった。
そして魔の森が在る本当のジョーモンの地は永久に変わることがない。
調和と愛の軽いエネルギーが循環する平和な暮らしを求め、いつしか目覚めた民たちは集うだろう。その一つのモデルケースとなる形づくりを目指す私たちのゲームが今始まる。
読んでいただきありがとうございました!感謝いたします。
実はこちらも異世界恋愛ジャンルに投稿するつもりでいたのですが、予想以上に長くなってしまい、予定していた恋愛展開部分をカットしたためファンタジージャンルに投稿することになりました。
そしてそのカット部分を別の短編として投稿するかどうかを考え中です。