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雨に散る恋の傷、星影沈みて縁を嘆く  作者: 青井朔
第六章「過去は煙のように、愛は海のように」
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「交差する想い」

翌朝、太白は重い足取りで教室へ入った。

疲れた表情を浮かべ、目の下にははっきりとしたクマができていた。

彼の鈍さと沈黙はすぐに夕娇の注意を引いた。


休み時間、夕娇は水の入ったカップを手に持ち、太白の席へと歩み寄った。

何気ないふりをしながら、そっと尋ねる。


「昨晩、よく眠れなかったの?」


太白は顔を上げ、無理に笑みを作る。


「うん、ちょっとね。」


「もしかして……玉妃のこと?」

夕娇は探るような口調で言い、わずかにためらいが感じられた。


太白の手が一瞬止まる。

彼はすぐに目をそらし、夕娇の視線を避けるようにうつむいた。


「……うん。昨日、会ったんだ。」


夕娇の指が無意識にぎゅっとカップを握りしめ、指先が白くなる。

だが、彼女の声はあくまで平静を保っていた。


「そう……それで、彼女は何を?」


太白は少しの間ためらった後、正直に答えた。


「……やり直したいって。」


夕娇は短い沈黙の後、そっとカップを太白の机に置いた。

それから、何気ない笑みを浮かべる。


「……それで、返事は?」


「まだ……してない。」

太白は夕娇を見上げ、困惑したような目をしていた。

「考えたいって言ったんだ。」


夕娇は何も言わず、ただ静かに立っていた。

彼女の目は深く、複雑な色を帯びていた。

太白に何か言いたかったが、彼の決断に口を出す資格があるのか分からなかった。


「太白……どんな選択をしても、無理だけはしないで。」

夕娇はやがてそう言った。

その声は優しく、けれどどこかに揺るぎない強さを秘めていた。


「過去には戻れないかもしれない。

でも……だからこそ、前に進めるのかもしれない。」


太白は言葉を失った。

彼は夕娇の目の奥に、言葉にならない何かを感じ取った。

それは優しさであり、そして――彼女自身の抑え込まれた感情でもあった。


彼の唇がわずかに動いたが、何も言葉にすることができなかった。


その夜、夕娇は一人で帰宅した。

だが、彼女の心はずっと落ち着かないままだった。


机に向かい、教科書を開いたものの、文字はただの黒い染みのように見えた。

まったく頭に入ってこない。


小さく息を吐き、視線を窓の外に向ける。

夜の帳が降り、街の明かりが遠くで瞬いていた。


夕娇はスマホを手に取り、太白とのトーク画面を開いた。

だが、指は入力画面に触れたまま、一向に文字を打ち込むことができなかった。


「……私に、彼を引き止める資格なんてあるの?」


彼女の目は画面に映る過去の会話をなぞる。

短いメッセージの一つ一つが、まるで彼と自分をつなぐ細い糸のように思えた。

しかし、その糸は今にも切れそうだった。


玉妃――

太白が彼女の名前を口にしたときの、かすかに震える声が蘇る。

それは夕娇が見たことのない表情だった。


苦しさと、そして深い想いがにじんでいた。


「もし、彼女が戻ってきたら……私は彼の隣にいられるの?」


夕娇はそう呟き、目に涙が滲んだ。


だが、彼女はすぐに顔を上げ、そっと涙を拭った。


「どんな結果になっても……私は、太白に無理をさせたくない。」


そう自分に言い聞かせる。

しかし、胸の奥に秘めた切なる想いは、静かに彼女を締めつけていた。


翌日、太白は図書館の静かな隅の席に座っていた。

開いた本のページを見つめているが、視線はそこに留まらない。


玉妃と夕娇――

二人の名前が、頭の中をぐるぐると回っていた。


玉妃の笑顔、夕娇の優しさ。

玉妃の強さ、夕娇の温もり。


どちらも、彼の心に深く刻まれている。


「……どうして、こんなことになったんだ?」


太白はそっと息を吐き、本を閉じた。

指先で表紙をなぞる。

どうすれば、この混乱した気持ちを整理できるのだろう?


「太白?」


ふいに、聞き慣れた声がした。


太白は驚いて顔を上げる。

目の前には、夕娇が立っていた。


手には一冊の本を持ち、彼の様子をじっと見つめている。


「……一人で?」


夕娇は優しく問いかけた。


「うん……ちょっと、資料を探してて。」


太白はそう答えたが、声にはどこか力がなかった。


夕娇は彼の向かいに腰を下ろし、持っていた本をそっと彼の前に差し出した。


「私が前に読んだ本だけど、もしかしたら役に立つかも。」


太白は本の表紙を見つめた。

それは心理学の入門書だった。


しばらく沈黙し、やがて彼は小さく笑ってそれを受け取る。


「ありがとう。」


「最近、すごく疲れてるみたい。考えすぎじゃない?」


夕娇の言葉に、太白はふっと息を飲んだ。


「……そうかもしれない。」


彼は答えながらも、何かを言いかけてやめた。


夕娇は静かに彼を見つめる。

その眼差しには、複雑な思いが込められていた。


「太白……一人で抱え込まなくてもいいんだよ。」


その声は、まるでそよ風のように優しく、けれど確かに彼の胸に届いた。


太白はゆっくりと顔を上げた。


そこにあったのは、いつもと変わらない夕娇の笑顔。

けれど、どこか切なさを含んでいた。


「……夕娇、ありがとう。」


それだけが、今の彼に言える精一杯の言葉だった。


その声には、かすかに震えが混じっていた。

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