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雨に散る恋の傷、星影沈みて縁を嘆く  作者: 青井朔
第四章 「微かな光と影」
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「交差する想いの間」

翌朝、薄いカーテン越しに差し込む朝日が部屋を照らしていた。鈴木太白はスマホのアラーム音に起こされ、目をこすりながら手に取った。いつものようにチャットアプリを開いたが、玉妃からの新しいメッセージは届いていなかった。


彼は深くため息をつき、スマホをベッドの上に投げ出してから洗面所に向かった。鏡に映る自分の顔を見ると、どこかやつれた印象を受けた。まるで、長い間感情の渦に飲み込まれていた人のようだった。


学校はいつも通り賑やかで、学生たちは三々五々集まり、新学期の部活動について談笑していた。太白が教室に入ると、千葉夕嬢の姿が目に入った。彼女は数本のカラフルな横断幕を抱えながら、部員たちと装飾の打ち合わせをしているところだった。


「太白!」

彼の姿を見つけた夕嬢が笑顔で声をかけた。「今日は朝の授業、ないの?」


「先生が急に休講になったんだ。それで、何か手伝えることがないかと思って。」太白は何気なくそう言った。本来そのつもりはなかったが、夕嬢を見た途端、何か行動を起こしたくなったのだ。


「ちょうどよかった!今、荷物を運ぶ人手が足りなくて困ってたの。せっかくだからお願いね。」

夕嬢は軽く笑いながら、彼に一本の横断幕を手渡した。


太白はそれを受け取り、夕嬢と一緒に学校の多目的ホールへ向かった。その途中、二人は自然と会話を交わし始めた。


「そういえば、昨日の本、役に立った?」

夕嬢は期待を込めた穏やかな声で尋ねた。


「役に立ったよ。」

太白は頷きながら答えた。「まだちゃんと読んでないけど、表紙を見ただけでかなり専門的だって分かった。」


「それならよかった。」

夕嬢は少し安心した様子で微笑んだ。「もし他にも似たような本が必要なら教えてね。探しておくから。」


太白は少し歩調を緩め、夕嬢の横顔をちらりと見た。その瞬間、言葉では表現し難い不思議な感情が胸に湧き上がった。それは微妙で曖昧なものだったが、夕嬢という存在が彼にとって思った以上に大切なものであることを気づかせるものだった。


多目的ホールに着くと、太白は夕嬢たちの装飾作業に加わった。横断幕を吊るし、机や椅子を並べ、機材の調整を行う。作業は忙しくも整然と進んでいった。


「太白、その照明をもう少し高くして!」

夕嬢は布置図を手に指示を出していた。


梯子の上で照明を調整しながら、太白は夕嬢を見下ろし、冗談めかして言った。

「こういうの、ずいぶん手慣れてるんだな。」


「部活のイベントを何度もやってると、自然に覚えるのよ。」

夕嬢は顔を上げて彼を見ながら、得意げな表情で答えた。「それに、私、あなたが思ってる以上に有能なんだから。」


「はいはい、分かりましたよ。」

太白は笑いながら答え、再び照明の角度を調整した。


その時、一人の部員が慌てた様子で駆け込んできた。顔には焦りの色が浮かんでいる。

「夕嬢、音響機材がちょっと問題みたいです。接続が緩んでるみたいで……!」


夕嬢は眉をひそめ、手に持っていた布置図を太白に渡した。

「ちょっと見ててくれる?音響の方、見てくる。」


太白は図面を受け取り、夕嬢が急いで去っていくのを見送りながら、小さく首を振った。

「本当に、じっとしてられない人だな。」


夕嬢が音響トラブルを解決している間、太白は一人で多目的ホールの入り口に立ち、外の空気を吸っていた。廊下に差し込む陽光の中、見覚えのある人影がふと角から現れた。


「玉妃?」

思わずその名前を呼ぶと、相手は足を止め、こちらを振り向いた。その顔には驚きの表情が浮かんでいる。


「太白?どうしてここにいるの?」

玉妃は首を傾げ、彼を見つめた。


「部活の準備を手伝ってるんだ。」

太白は数歩彼女の方へ駆け寄り、なるべく軽い調子で言った。「君は何か用事?」


玉妃は目を伏せ、指先で無意識にリュックのストラップをいじりながら答えた。

「ただ、ちょっと散歩してただけ。」


彼女の言葉にどこか引っかかるものを感じた太白は、思い切って尋ねた。

「最近……何か悩んでる?もし何かあるなら、僕に話してほしい。」


玉妃は一瞬目を上げ、何か言いたげだったが、すぐに首を振った。

「別に。ただ少し疲れてるだけ。」


「疲れてるなら、無理しないで少し休めばいい。一人で全部抱え込む必要なんてないよ。」

太白の声は優しくも少し強引で、その中に彼女を思う気持ちが込められていた。

「どんなことでもいい。僕は聞くよ。」


玉妃はわずかに微笑みを浮かべたが、その笑顔はどこかぎこちなかった。

「ありがとう、太白。本当にありがとう。」


それだけを言い残し、玉妃は俯いたまま早足でその場を去っていった。太白は動かず、その背中をただ見送るしかなかった。


夕嬢が戻ってきた時、太白は再び多目的ホールで装飾の作業をしていたが、その表情にはどこか落ち着かないものがあった。


「どうかしたの?」

夕嬢は彼の様子を見て、優しい声で尋ねた。「何かあった?」


「いや、何でもないよ。」

太白は首を横に振り、努めて普段通りの調子で答えた。「ただ、みんな大変なんだなって思っただけ。」


夕嬢はそれ以上追及せず、彼の肩にそっと手を置いた。

「深く考えすぎないで。今日の目標は、装飾を完成させることだから。」


太白は頷いたが、その胸にはまだ何か重いものが引っかかっていた。それが何かを完全に理解するには至っていなかったが、玉妃の態度が一つの解けない結び目のように彼の心を縛りつけていることだけは、はっきりと分かっていた。

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