4-12 君の無実に賭ける、世界の天秤
【この作品にはあらすじはありません】
私が手を下さずとも、人類の文明は自らの手によって終わる事になるのだ! なんて、読んでいた小説内の悪役が吐いた台詞の滑稽さに、吹き出すように笑ってしまった。
「ん? いきなりどうしたんだい、真白くん」
俺が笑いだしたことに驚いたのか、処置をしている最中の橘先生の手がとまり、俺が持っていた小説を覗きこむように見下ろしてきた。
「確かその小説、昔大人気で最近版権が切れたライトノベルだよね? きみが吹き出すような面白いシーンなんてあったけかい?」
「シナリオ的にも負けフラグ乱立な状況なのに、滑稽にも的外れな事を語ってたんでつい」
俺はその台詞をゆびさして見せると、呆れたように橘先生は眉をへの字に下げ、ため息を吐いてきた。
「君は相変わらずひねくれているな。パンデミックで文明崩壊が起きる前の世代に書かれた物語を滑稽だって笑うなんて……」
「百年前に大流行した伝染病の後遺症が、永続的な不妊症状だったせいで、俺等みたいな抗体持ちの子供が救世主だとか、人類の希望だとか持てはやされているんですから。そりゃひねくれるでしょうよ」
そう、今や人類は終末目前。世界人口は八〇億人から、百万にも満たない数になってしまっている。次世代をのこせる可能性がある人に限って言えば一万人にも満たない。
人が過ちを犯す前にウイルスが、自然の摂理が人類を終わらせにかかった。過去にそんな事を考えてすらいない人々が、空想の中で描いた終わりがどれだけドラマティックで善良なことか。
人はいるのに、後を託す者を作れないという、予想だにしない出来事だったのだから。だれかの手で起こせる終末、救える終末なんてどんなに良いことだろう。だって、解決方法があるのだから。もしくはただ諦めてしまえるのだから。
こんな、みっともない延命治療のような引き延ばしをしても、人類はどうせ自然淘汰されるしかないだろうに。
「次世代を生む事を使命にされた非感染者の子供か、抗体持ちをこのコロニー内に隔離して、家畜のように生かしている。その子供が綺麗に真っ直ぐに育つなんて早々ないでしょうよ」
それこそ、真っ直ぐなのは俺の幼馴染み達くらいなものだ。
「本当に君は……。まぁでも、君がそんな風に歪んだのは持てはやされたせいって言うのもあるけど、あんなに可愛い幼馴染み達が婚約者としてあてがわれているからだろう?」
真面目な話をしていたと思ったけれど、目の前のこの医者はいきなり茶化してきやがった。俺の事を歪んでいるなんていっているが、この先生もたいがいだ、性格が悪い。
「なに言ってるんですか、そんな訳ないでしょう。適性検査で、相性無しとかいうミラクルを起こして、抗体持ちなのに婚約者をあてがわれなかった先生の方が、歪んでるじゃ無いですか」
「な、人が気にしてることを言ってくれるね君は、古今東西女性に結婚の話はわかりきった地雷なのを、君なら知っているだろう」
俺の失礼な発言に、ギロリとにらみ付けてくる橘先生。俺はその瞳に負けじと視線をそらさず、刺すように睨みかえす。
「三人のせいで俺が歪んだなんて言うからですよ。寧ろ、彼女達のおかげでまだましでいられるんですから、愛想尽かされないように俺は必死なんですよ。幼馴染みの三人以外と俺は結婚するつもりなんて無いんですから」
婚約者なんて言っても、前時代よりも簡単に解消される関係だ。不仲であり、次世代を産む行為をするのが困難だと判断されればすぐにその話は無かったことにされ、適性検査によって身体的相性のよい別の抗体持ちが、再度それぞれの婚約者としてあてがわれる。
彼女達も俺も、お互いを選ばないっていう選択肢はあっても、結婚しないという選択肢はない。コロニー内にいる以上、次世代を産むという使命を全うしなくてはならない。
「ははっ、おあついことだねぇ全く。ちゃんと聞いて脳に記憶させていたかい? 三人とも」
廊下側へと橘先生が語りかけた直後、勢い置くドアが開き、見慣れた三人がそこには立っていた。
「わー橘先生大好きです。おかげでましろんの可愛い台詞が聞けちゃいました~」
「ほんとうに、彼は恥ずかしがり屋ですから、助かります」
「あぁ、真白さんがそんな事を思っていてくれたなんて」
ゆるふわヘアーでおっとりしている夏帆。
綺麗で艶のある黒髪を下げた、おしとやかな桐華。
委員長と言いたくなるようなおさげ髪の乃々。
それぞれ嬉しそうな顔をして、俺を見つめている。
あ、こいつ。三人がいることに気づいて、わざと話振りやがったな。多分最初から気づいていて俺のことを挑発して来たのだろう。
本当に性格が悪いというか歪んでいる。
「ははっ、君の心配も無用のようだよ。っとはい、検査終わり~。今日も問題無く陰性~感染の心配なし。私の婚約者の件は不問にして上げるから、さっさと帰りな」
そう言って、先生は緑の線が複数入った水色の棒を俺へと投げつけて、しっしと手を払ってきた。
何か言ったら、ちょっとした口論になりそうだったので、黙って投げ渡された感染検査用の棒を、自分の記録箱に差し込み、幼馴染みの三人と共に診察室から出て行く。
「それで、三人はどうしたんだ?? 何か用事か?」
「えっとえっと、今日は予定まで時間があるので、真白さんと一緒に帰ろうかと。二人も同じだったようで、診察室の前で待っていました」
はずかしいのか、俯いた状態で乃々がそんな可愛いことを言ってきた。そんな提案をされたら断るなんて出来ないじゃないか。
「そうか、じゃあ帰ろうか。でも本を返さなきゃいけないから途中図書館に寄るが皆は大丈夫そうか?」
「あーそれなら、図書館までは一緒に帰りましょうか、私達がいても次に借りる本を選びにくいでしょうし」
「ましろんが図書館に行くと三時間は動かないもんね。流石にそれじゃあ私も予定に遅れちゃうからそうしよっか」
桐華が気をつかってくれたのだろうが、夏帆がバッサリと切り捨ててきた。
「うぐっ。確かに事実だけど……」
「あぁ、ごめんましろん。それが嫌だとかじゃ無いんだよ? えっと今日は私よていがあるから無理ってだけで……えっとー」
俺を傷付ける意図は無いのはわかっていたが、ちょっと痛いところつかれたな。なんて考えてしまったせいか必死に弁明しようとしてくれている。
「いいよ。大丈夫、大丈夫。夏帆は思った事をそのまま言ってるだけだってしってるからな」
「あ、うんありがと。ましろんはわたしのことよくわかってるね」
不安そうな顔から一転してニッコリと笑顔に変わる夏帆。そういう変わり身の早いところも素なのはしっていたが、なんかちょっと弄ばれた気になってしまう。
「まぁ、帰ろうか皆」
そう言って図書館へと俺達は下らない雑談をしながら歩き始めた。
楽しい時間は早く過ぎるという奴のせいか、気がつけば入り口の前だ。
「あ……もうお別れなんですね」
「十五分なんてあっという間だったね」
「まぁでも、そろそろ私は行かないとだから、また明日ね」
「そ、そうですね私も一度家にかえらなきゃいけないですし」
皆名残惜しそうにしながらも、用事があるためにバラバラに別れてゆく。
俺も用事をすませるかと図書館内に入り、いつもの様に小説を物色する。
数冊選んだ後で、借りた本と交換するためにバック内を漁り、先程までよんでいたライトノベルを取り出そうとして手がとまる。
「あれ、ない」
一度全ての荷物を取り出して見たが、それでも無かった。
「これは病院に置き忘れたかもしれないな」
貸し出し期限日は今日までだし、面倒だが病院まで戻るか。あの先生の事だしどうせ書類を残業で片付けているだろうから、診察時間を過ぎても院内にはいるだろうと、判断して連絡しないまま病院へと駆ける。
意外とすぐ院内につき、病院内へ入ろうとしたところで、何故か窓から出てきた不審な影と出くわした。
マスクにサングラスをして、フードを目深に被っているが、背格好的には女性だとわかる見た目。三人と別れてから、本の物色に数時間かけたためコロニー内で出歩く人は殆どいないくらいのいい時間だ。
互いにお見合い状態になっている中で、女性の方がいきなり振り返り、走って行ってしまった。咄嗟のことにおいかけるとかそういう判断も付かずに俺は去って行く背中をただ見送っていた。
「このご時世に泥棒、ってわけじゃないよな」
確認をするように言葉にだしてみるも、その可能性は低いはずだ。
コロニー内の人間は必要なものは娯楽用品だったとしても申請すれば支給される。
「って、先生いるはずだよな。大丈夫か」
彼女が窓から出てきたことを考えると、もしかしたら先生になにかあったのかもしれないと窓の方へと駆けより、覗き込むがどうやら先生は珍しく帰っていたようだ。
室内は荒らされているみたいだが、今人がいる形跡がない。
「とりあえず、コロニー内で外出している人を調べるか……」
そう思って端末を取り出そうとして。
足下に何かが落ちているのを見つけてしまった。
「これって……」
水色の棒状のプラスチック。誰かの、陽性判断を受けた検査キット。今の人ってもしかして、自分が感染した証拠を隠滅しようとした……。それこそ、そんなことをしたら極刑だし隠蔽しても同じだ。
急いで端末を取り出して、今このエリアで出歩いている人間を検索して目を疑う。
エリア内で外に出ていた女性は三人。そして、それは俺の婚約者候補の夏帆、真奈美、桐華だけだった……。