4-09 書き出し祭りの魔物、かく語りき
「甲子園には魔物が棲む」とよく言うが、実は書き出し祭りにも魔物が棲んでいる。俺のことだ。
そして今回の書き出し祭りに、不幸にもそんな俺と出くわしちまった参加者がいる。お前のことだ。
2023年9月2日、第十九回書き出し祭りの原稿提出日。一斉公開された100作品のタイトルとあらすじを見て、お前は青ざめた。
よっ、こんなところで会うなんて奇遇だな。もしかして俺達、赤い糸で結ばれてるんじゃないか? ……どっちかというとワイヤートラップ? ひでぇ言い草だ、傷つくぜ。
冗談は置いといて、出会っちまったが運の尽き。悪いが今回は諦めな……そうしょげるなって、兄弟。長い人生、上手く行かないことだってあるさ。とりあえず、自己紹介から始めよう。ちゃんと顔を合わせたのは、これが初めてだからな。
「ネタが、被ってる……!?」
――俺の名は『ネタ被り』だ。この運命的な出会いに、乾杯。
同年9月30日、お前轟沈。その後ろで俺、拍手喝采。
「終わった……会場3位にすら入ってない……」
事務局が発表した投票結果に、お前は愕然と呟いた。おおブラボー! 実に芸術的な爆死だ、兄弟! 今のお前、最高に輝いてるぜ! 長年この企画に棲んでるが、ここまで笑ったのは久しぶりだ。
今回のネタ被りの何が良いって、まず題材から世界観から被ってるとこだよな。もうダダ被りだ。転生した主人公が、中華風の異世界で成り上がる……この中華風ってとこがポイント高い。万人が選ぶほどじゃないが、まぁまぁ主流のジャンル。だからこそ、被った感が際立ってる。これが剣と魔法のファンタジー世界だったら、ここまでじゃなかっただろうに。
次に作品のタイトル、『異世界後宮伝』。すげーな、丸被りだ。何回か前に2文字のタイトル被りはあったが、今回はその3倍の6文字だ。書き出し祭り史に新たな歴史を刻んだな。インタビューでもするか? 読者の皆さんに何か一言、お願いします!
とまぁ、ここまででもかなりハイレベルな技を披露してくれたわけだが……ここで終わらないお前の凄まじさよ。今回のネタ被り、極めつけがこれだ。
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【第十九回 書き出し祭り 第四会場】
作者:肥前文俊 企画用アカウント
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4-13 異世界後宮伝 2023/09/09 18:00
4-14 異世界後宮伝 2023/09/09 18:00
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提出タイミング、まさかのモロ被りだ。これを見た時には腹筋がねじ切れるほど笑ったわ。お前、さては生粋のエンターテイナーだな?
「ぐぎぎぎぎ……」
さて、口の中で粉薬が溶けたような顔をしてるお前に問題です。書き出し祭りでここまでネタが被ると何が起こるでしょうか? 答えは「読者による読み比べ」だ。ここまで中身が似た、しかもタイトルに至っては全く同じ2作品が、ご丁寧に隣り合わせで陳列されてるんだ。輪をかけて比較しちまうのが読者の性ってもんだろ?
そしてそうなるとほぼ確実に、作品同士は食い合いになる。
「何ィ!? 総合優勝は4-13んんん!?」
――そして今回、食われたのは4-14だった。
結局こういう時、最後にものをいうのは作品の完成度だ。特に作者名や広告戦略に頼れない、書き出し祭りって舞台ではな。ソースは俺。だって第一回から見てるし。
今回のお前の作品は、過去最高の出来だっただろう。推敲に推敲を重ね、持ち得る技術の全てを注いだ珠玉の一作だ。決してお前の能力が低いわけじゃないし、全く票が集まってないわけでもない。だが、上には上がいた。
「ア、アア……」
いよいよお前は憤死寸前、表情筋は筆舌に尽くしがたい感じだ。パソコンの画面上に開かれたSNSでは、早くも参加者たちがツイート……今はポストだったか? とにかく、各自が祝福の言葉を同姓同名の別作品へ手向けている。当然のように、お前の作品への言及は特にない。
「キーッ! 悔しいィィィッ!」
おーおー、荒れてる荒れてる。腸が煮えくり返って煮ころがし状態だ。さもありなん、自分史上最高の作品が遠回しに『じゃない方』扱い。これで嬉しい奴は、多分筋金入りのマゾヒストだ。
しかし、ここはあえて厳しいことを言わせてもらうが……このくらいで凹んでるようじゃお前、この先やってけねーぞ。
どの口で言ってんだって? ごもっとも。だが事実だ。
物書きをやってれば、ネタ被りの一つや二つ、よくある話さ。似たような作品なぞ、そこら中に掃いて捨てるほど転がってるからな。そこから鶴が飛び立つたびに落ち込んでちゃあ、キリがない。
悔しいのは結構。だがそこで終わってるようじゃ、総合1位なぞ夢のまた夢だ。ここから掃き溜めに沈むか、高みへ飛ぶかはお前次第。その行く末を見届けるまでが、書き出し祭りの魔物の責任って奴だ。
さぁ、聞かせてくれよ、お前の意志を。お前は塵か、それとも鶴か?
「……次だ」
悔し涙を拭い、ズビッと洟をすすりながら、お前は宣言した。
「今回の悔しさをバネにして、次こそは優勝してやる!」
よし、よく吠えた相棒! そうこなくっちゃな!!
「首洗って待ってろよ、4-13の作者ァ!」
……ちょいと方向性が違う気もするが、まぁいい。とにかくこれで、お前は空を飛ぶための翼を手に入れたってわけだ。
だが勘違いするなよ、こいつはまだ優勝への第一歩でしかない。ここから成り上がるのに必要な二歩目は何だと思う? ……そう、今まさにお前が始めた自己分析だ。敵を知り己を知れば百戦危うからず、ってな。
お前はパソコンでエクセルを立ち上げると、これまでの投稿や配信から、読者の反応を拾って表にまとめていく。こういうとこ、マメだよな。そうしてしばらく画面とにらめっこしてから、お前は自分なりの分析結果を口にした。
「パンチが足りない」
お、やっぱそこに行き着いたか。
タイトル上限40字、あらすじ最大400字、本文マックス4000字――これが書き出し祭りで使える文字の極限。文庫本一冊あたりの字数が大体10万~12万字だから、4440字はマジで冒頭も冒頭だ。この先っちょだけの勝負、制するには当然、読者を惹きつける「何か」が必要になる。
ここをどう攻めるかが、書き出し祭りの肝だ。
独創的なストーリーを組む、キャラクター設定を練り込む、表現力を鍛える……マイナージャンルを使うってのもアリだな。経済小説なんてどうだ? 書き切らなくていい分、書き出し祭りなら手を出すハードルは低いぞ。ネタが被る可能性も低い穴場だ。
「……いや。次は“奇抜さ”で勝負する」
へぇ? いやいい、続けてくれ。ただの思い付きってわけじゃなさそうだ。
「ストーリー、キャラ、文章構成……正攻法は私なりに全部試した。だから今度は、とことん奇を衒う」
そう言ったお前の目は、創作意欲と闘志でギラついていた。
「例えば、本文4000字が丸ごと回文になってる小説とか」
「例えば、本文を暗号にして2種類の物語が読める小説とか」
「例えば、挿絵の代わりにアスキーアートを使った小説とか」
「とにかく、とびきりの怪作を書き上げて話題をかっさらってやる! そして会場1位も総合優勝も私がいただく! 覚悟しやがれ4-13の作者ァ……!」
お前、4-13の作者を目の敵にしすぎだろ。
しかしそれはそれとして……穴場どころか未開の地に目を付けやがったな。つまりお前が書こうとしてるのは、あれだろ? 過去の作品で例えるなら、タイトルが#から始まるアレみたいな作品ってことだろ? 予想の斜め上で来たな、よほどネタ被りが嫌いと見える。今なら愛娘に「パパ臭い」って言われた父親の気持ちが、分かるような気がするぜ。
だが、戦略としちゃあ割とアリだと思う。賛否は割れるだろうが、字数と規約を守れば基本何をしてもいいのが書き出し祭りだからな。
「よぅし! そうと決まれば、いざ回文!」
お前は息巻いて、意気揚々とパソコンの画面に向き合った。
「……」
……。
「…………」
…………。
「馬鹿な、書けない!?」
でしょうね。
お前が宇宙背負った猫みてーなアホ面をしてる間にググってみたんだが、日本で一番長い回文は1395字らしい。書き出し祭りの本文は下限が2800字だから、最低でもこの2倍の文量は必要になるわけだ。上限の4000字で回文、しかも小説となると、とてもじゃないが無理がある。もし万が一書き上がったら、その原稿は書き出し祭りじゃなくギネス世界記録に提出しとけ。多分認定されるから。
しかも、企画の主旨はあくまで「魅力的な書き出しを書く」ことだ。どれだけ秀逸に仕上がっても、続きを読みたい! と思わせられなきゃ意味がない。これは回文に限った話じゃないぜ? 暗号にアスキーアート、さっきお前が挙げた案は、正直どれも吸引力が弱い。着眼点が面白いのは認めるけどな。
癖が強い作品、だけじゃただの出オチだ。優勝を目指すなら、それを活かすだけの設定と構成が必要になる。それを忘れた奇抜さの求道の先には、キンキンに冷えきった読者のつめた~い感想が待ってる。あたためますか? 必要ねーか、最近暑いし。
つまり何が言いたいかっていうと……そっちは結構な茨の道だぞ。
「言うは易し、かぁ」
オール回文小説とかいう修験者もびっくりの苦行をやめ、お前は頬杖をつく。だが、方針自体を変えるつもりはないらしい。
「『小説 怪作』、検索っと」
お前は慣れた手つきでブラウザを立ち上げると、サーフボード片手にネットの海へ飛び込んだ。ああでもない、こうでもないと情報の波をかき分けていくお前は、本気で勝ちに行こうとしてる奴の目をしている。
――オ―ケー、そこまで本気なら止めるのも野暮ってもんだな。
なら付き合うぜ、兄弟、爆死したらそん時はそん時だ、骨くらいは拾ってやるよ。
「! これは……」
お、何か見つけたか? ……へぇ、聞き覚えのない形式だな。
面白い、試してみろよ。記憶にある限り、過去の書き出し祭りでこれを使った奴はいないはずだ。上手くやれば、大真面目に新天地が拓けるかもしれねぇ。
「四人称小説……?」
見知った用語がちょこんと被った、見慣れない帽子。それに好奇心をかきたてられて、お前はページのリンクを踏んだ。