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隣の国はよく問題を起こす国だ  作者: 猫又湖太郎
3/4

透過した世界

「やっと着いた…ずっと座ってるのも、なかなか辛いな…」


 ノーストアリアからユクロスまで約6時間の長旅だ。列車も決して居心地が良いわけではないので、降りて早々に疲労感が襲ってくると同時に身体を大きく動かせるという開放感に浸る。


「ここがユクロスかー!ここでフィオガルム国に入国するための機関があるの?」


 ナリアは長旅の疲労感を感じさせないほど元気だった。これが若さか…。初めての土地に無邪気な表情で少し興奮している様子だった。はしゃいでいるナリアも可愛い…。


「うん、ここで入国管理や貿易の検査も行われるんだ。さてと、管理局へ行こうか」


「うん!」


 ユクロス。ノーストアリア国とフィオガルム国を繋ぐ国家を持たない無主地。国を持たず、縛りもないだけに、治安も悪く、周囲の人間の身なりも悪い。余所者の僕とナリアが少し浮いるような感覚だ。

 チラチラとこちらを見てきて、視線を刺すような目線が送られる。ボソボソとなにか呟いているようだがこちらから何も聞こえない。聞き取れはしないが、どうやら歓迎をしてるような話し声ではないらしい。不愉快な雑音だけが耳に入ってくる。

 

 駅から15分程度歩くと、入国管理局へと辿り着く。


そこには『Welcome to フィオガルム』と書かれた看板が掲げられ、近くには窓口のような建物があった。恐らく、それが入国管理局だろう。


 入国管理局と聞くと、堂々とした豪華な建物を想像していたが、実際には小さな建造物であり、豪華さからは程遠かった。塗装は剥がれ、そのボロさからは民衆が殺到すれば建物は半壊してしまいそうな状態だった。国境を超えないようにするために、警備員が2、3人立っていた。見るからにみすぼらしい建物からは予想もつかないほどの警備体制が整っており、最低限、一応の警備は行われているようだ


「フィオガルムの入国の手続きをお願いします」


「………」


 受付窓口には四十代ほどの警備員が新聞を読みながら座っていた。僕の呼びかけに気付きチラッと目線をこちらに向ける。その後にナリアに視線を移しニヤッと笑う。不適な視線に気づいたのかナリアは少し警戒をする様子でソッと僕の背中に身を潜める。

 

「兄ちゃんも羨ましいね〜」


「? 何がですが?」


 読んでいた新聞紙をポンと机に投げ捨て、心の中から不意に飛び出た嫉妬のこもった発言に思わず困惑した。


「ウエストアリア人の奴隷を買って好き放題してるんだろ?それもあんな可愛い少女だ。羨ましいぜ〜。で?いくらで買ったんだ?」


ガシッ!


「おい、彼女は奴隷なんかじゃない。僕の大切な家族だ」


 突然の衝動に従って、言葉よりも先に手が出てしまう。気づいた時には男の胸ぐらを掴み、明確な殺意を向けて、男を睨みつける。確かにナリアと僕は人種が違う。それがどうした?幼少期から一緒に過ごし、家族同然に育ってきた存在だ。その事実を他人に軽蔑されたのだ。怒りが込み上げるには十分すぎる理由だ。


「兄ィ、私は大丈夫だから…。気にしてない」


 ナリアが我慢する必要がどこにある…。


「おいおい…冗談だよ、冗談…。勘弁してくれよ…殴らないでくれ…」


 掴んでいた胸ぐらを離し手続きを促す。


「はぁはぁ…ノーストアリア人は冗談が通じやしない…」


「ははっ、今のはお前が悪い。根拠のないことを憶測で語るのは無礼ってもんだ。悪かったな兄ちゃんとお嬢ちゃん」


 今の現場を見ていたのだろう。もう一人の職員が割って入ってきた。こちらも四十代ほどの年齢だが、性格が顔に出るんだろうな。先ほどの失礼な男と違い、こちらの男性は紳士的で真面目そうな顔つきをしていた。


「あー、入国の手続きだがあと30分ぐらい待ってくれ。俺らはあくまで警備員で入国を許可する権利を持っていないんだ。あと30分ぐらいで入国管理の人間が来るはずだ。しばらくユクロスを観光してくるといい。ここからすぐに狭い路地があるんだが有名な画家が描いた壁画がある。暇つぶしに見てくるといい」


「30分か…しょうがない」


 治安の悪いユクロスで観光するのは少し気が進まないが、この男の近くで待つよりは幾分マシだ。


「少し歩こうか」


「うん…」


—————————————-


「わぁ、綺麗!」


入国管理局から少し離れたところに狭い路地が広がる。この治安の悪い地域に路地へ足を踏み入れることは、まるで「襲ってください」と言っているようなものだが、驚くべきことにこの近辺は比較的治安が良いとされていた。その理由は、ユクロスで唯一の観光スポットとなっている壁画が描かれているからだった。


 その壁画は、赤、黄、青、緑のシンプルな色彩で構成され、その中には神秘的で幻想的な絵画が描かれていた。古い建物のキャンパスに彩られた絵は、そのギャップからかえって神聖な印象を与え、絵に無頓着なカルロとナリアですら魅了されていた。


 噂によれば、この壁画の作者は世界中を渡り歩き、人々に気づかれずに夜の間に絵を描くという。その高い芸術的センスと神出鬼没性から、彼の作品は売れば生涯の安泰を約束するほどの価値があると言われていた。また、彼の絵の前で犯罪をする者は天罰が与えられるというオカルトまがいの噂も広まっており、そんな理由から、ユクロスではこの場所が唯一、治安の良い地域として知られていた。


「こんな狭い路地にあるとは…」

(ナリアをここへ連れてきて正解だな。時間も潰せるし、なにより人目につかないことが一番嬉しい)


「そういえばまだ目的を聞いてなかったね。フィオガルムへは何しに行くの?」


「ん?あぁ、ユーベン大佐に頼まれごとをしてね。フィオガルムへ手紙を届けるんだよ」


「手紙?それなら配達で頼めばいいのに」


「僕もそう思ったけど、何でも直接渡して欲しいんだってさ。まぁ僕達の旅先がフィオガルムに決まった瞬間に「ちょうどいいや」って言って渡してきたから、真相はわからないけど」


「…あの人は相変わらず適当だね」


「適当なくせに何故かいつも先を見通した行動をしてくるのがあの人の怖いところだよ。きっと今回もなにか裏がありそうだ。さて…」


 ポケットから懐中時計を取り出して時間を確かめる。


「…そろそろ入国管理の局員が戻る時間だ。戻ろうか」


 壁画から入国管理局まで歩いておよそ10分くらい。今戻ればちょうど入国管理の職員が戻る時間だ。壁画を後に入国管理局へと引き返す。


 観光スポットなだけあって道中で何人もの人とすれ違いになる。狭い路地の通りなのでぶつからないように通行人を避けながら歩く。すると…


ドス!

 ナリアと男がぶつかる。人二人が通るには狭すぎる。ぶつかっても無理はない。


「あっ、すみません…」


「いやいや、俺も前を確認せずに歩いていた。こっちこそ悪いな」


 ナリアとぶつかった男は、若々しい容姿の男性だった。おそらく20代前半で、身長は約170センチくらいで、黒い髪を持ち、やや目つきが悪そうな外見をしていた。男性は軽く謝罪した後、スタスタと歩きながら壁画の方に向かっていった。


「大丈夫か?!ナリア!骨折はしてないか?!あの野郎!こんないたいけな少女とぶつかっておいて、あの軽い謝罪はなんだ?」


「いや、そこまで大袈裟にしなくていいから。ちょっと腕がぶつかる程度のことだから大丈夫だよ」


「そ、そうか」


「ユクロスはノーストアリアとフィオガルムの中間の土地で国家を持たない地域。国家を持たないから色んな移民が流れ込んできて、治安も物凄く悪いから僕から離れないようにね。さっきの彼はまだ温厚な人だからよかったけど、ぶつかってきて慰謝料を請求されるになんてザラにありそうだな」


「うん。怖いから手を握っちゃお!」


 ナリアの小さな手がカルロの大人の手に触れる。


「ナリアの手は小さいな」


「嘘!結構大きくなってるよ!」


「そりゃあ子供の時と比べると大きくなってるけど、僕からすればまだまだ小さいよ」

(手は大きくなったけど、温もりはあの時のままだ…)


 この旅の大きな目的は亡命したウエストアリア人を見つけ出し、ナリアを同族に送り届けることだ。旅が終わらればナリアと会うことはない。同族同士できっと仲良く暮らすのだろう。

 なんの他愛のない会話。この一瞬のひとときが僕にとってはかけがえのない時間だ。後悔がないように今のうちにいっぱい話したり、遊んだり、時には喧嘩もしたり、やることがいっぱいだ。この手は、この一瞬は絶対に離したりはしない。旅を出る前にそう固く誓ったのだ。


「ナリア?」


 だが、その手は一瞬で突然振り解かれる。ナリアと繋いでいた手が突然離れた。まるで掴んでた手が突然と空気を掴むような、そんな違和感のある感覚だった。


 違和感を感じてすぐにナリアの方へと振り向く。


「兄ィ…」


「なんだ!?」


 ナリアが地面に沈む。沈むというより落ちるという表現の方が正しかった。ナリアは垂直に地面から落ちたのだ。


「馬鹿な!?ここは硬い地面だぞ?こんなところで落ちるわけがない!どこだ!ナリア!返事をしろ!」


 いくら呼びかけようとそれを応じる者はいなかった。


「くっ、真実の贈り物(トゥルー・ギフト)!ナリアに贈り物を与える」


ぷかぷかー 

 持っていた通貨が浮き始める。


真実の贈り物(トゥルー・ギフト)でナリアに通貨を与えた。これで通貨はナリアの方へと向かい、後を辿ればナリアのおおよその位置が把握できる」


 真実の贈り物(トゥルー・ギフト)は触れた対象に贈り物を与える能力。


チャリン!


「どういうことだ…?」


 通貨は地面に向かって進行している。

 これ以上は進めないのか、通貨は地面にめり込むように突き刺さっている。


「ここは硬い地面だぞ…?どうやってナリアは下に行ったんだ…?地下室か何かがあるのか?」


 地面を調べ始めるカルロ。しかし、どんなに調べようと固い地面は地面だ。


ザッ、ザッ。

「よう、ノーストアリア人」


 男が一人、カルロに向かって話しかけてくる。先程、ナリアとぶつかった男だった。


「僕に何かようか?今それどころじゃないんだ。用があるなら後にしてくれ」


「そうか…残念だな。連れていた少女のことだったんだが…用事があるなら後にするわー」


 悪意のある発言だ。カルロはこの男がナリアについて知っているという確信を察した。


「お前、何者だ…!ナリアをどこへやった?」


「さあ、どこだろうな?ひょっとしたら誘拐とかされたしたんじゃねーの?この法をもたないユクロスではやりたい放題だ。今頃、男どもが群がって少女を襲ってるかもなぁ」


 男の発言がカルロの感情のスイッチを切り替えた。カルロは怒りに身を任せ男に殴りかかる。


スカッと拳が男の姿をかすめる。


 仮にもカルロは元軍人。攻撃を交わすには相当の腕前が必要だ。現にカルロの拳は男に入るはずだった。


 しかし、不可解なことにカルロの拳は当たらない。


 男は避ける動作もなしにカルロの拳は空を切る。


 カルロは何が起こったのか理解せず、一瞬でバランスを崩し、男はカウンターを仕掛け、カルロの胸元に拳を突き立てる。


「カハッ…!」


「あと4発…」


真実の贈り物(トゥルー・ギフト)!」


 殴られた瞬間にカルロは男に触れていた。


 真実の贈り物(トゥルー・ギフト)の能力で男に対し、旅のために持ってきた荷物をぶつける。


「なんだ!?荷物が一人でに俺に向かってくるだと!」


 男は驚愕こそしているが、以前防御体制を取ることなく、その場で立ち尽くしていた。


沈没船の宴(グリーフ・ダイバー)


「!?」


 男に向かって能力をぶつけようとしていた荷物は奇妙なことに男の身体をすり抜ける。


「そういう事か…」


 さっきの拳での攻撃も真実の贈り物(トゥルー・ギフト)で与えた攻撃も当たるはずだった。この不可解な現象は普通ならできない。


 カルロは確信を得た。自分と同じ能力者だと。


(ユーベン大佐が言っていた…。異能力者が頻発に生まれていると。まさか、旅先で早々に出会うとは…)


「そうか…お前も能力を持っていたのか。初めて会ったぜ…俺以外の能力持ちを」


 能力者同士のぶつかり合いは男も一緒だ。お互い距離を取り体勢を整える。


「お前の能力…大方、相手に物をぶつける能力らしいな。つまり俺のすり抜ける能力と相性は最悪ってわけだ」


「君の能力は自分と自分以外も透過できるらしいな…。物もそして…」


 真実の贈り物(トゥルー・ギフト)で与えた荷物が地面に落ちていく。


「ナリアも能力で透過させて下へ落としたのか…」


 ニヤリと男は口角を上げる。


「一つ忠告してやるよ。人間が息を止めて平気でいられる時間はおよそ30秒程度だ。それ以上呼吸しない状態が10分も続けば、心肺停止を起こして死んでしまうんだぜ」


「…なにを言っている?」


「分からないのか?透過した身体はありとあらゆる物質をすり抜けてる。酸素すらすり抜けていくんだぜ」


「まさか…ナリア…!」


「気づいたようだな。少女はこのままだと窒息で死んでしまうぞ」


(くっ、ナリアを救うためだ…。やむを得ない!コイツを殺して能力を解除させる!)


ナリアの心肺停止までおよそ9分———



※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※

能力情報

所有者:???

能力名:沈没船の宴(グリーフ・ダイバー)

能 力:人や物、自身を透過させる能力。所有者は透過した世界と現実世界を自由に行き来することができ、また透過させた物質を元の物質に戻すことができる。透過した世界ではありとあらゆる物質を受け付けず物体をすり抜ける。

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