第一話 軍人はだいたい闇を抱えて生きている
今から10年前———
「ノーストアリアに栄光を!!!!」
銃声が鳴り響き、元が人間だったと思えないほど原型をとどめていない焼け焦げた死体の山が乱雑に転がっていた。空気は銃の火薬の臭い、血生臭い鉄分の匂い、死体の腐敗臭など普通の生活を送っていればまず嗅ぐことない混沌の匂いが入り浸っていた。
クンクンと、もう何日も風呂に入ってない自分の身体の匂いを嗅ぐ。
匂いなどもう慣れてしまったのだろうか、それとも自分の鼻が曲がり過ぎて機能しなくなったのだろうか、このこびりつくような不快な匂いが、臭いとも感じないほど軍服や皮膚に染み付いてしまったのだ。
「この匂いはもう一生取れないだろうな」
しばし休憩の指示を受け、座り込む青年カルロ・マクロイ。カルロが戦地にやってきて、一年が経とうとしていた。
戦地に来た当初は地べたで寝っ転がるだけで気が休まることなどなく毎日が寝不足になるほど疲弊が溜まっていたが、今ではとにかく身体を横に倒すだけでも大分楽になる。ベッドが恋しかったあの時の自分はもういない。人殺しをするのにも躊躇いがなくなってきたからだ。段々と道徳心がボロボロに崩れ落ちていき、自分が自分では無くなることを日々、着実に感じていく。
民家の瓦礫に紛れ込んでいたであろう割れた鏡の破片がカルロを写し出す。痩せこけた顔に唇は乾燥してぼろぼろに裂け、生気が宿っていない瞳。その目は人殺しの目だった。
ノーストアリア国の未来のために捧げてきた真っ直ぐな青年は、戦地を経験して別人のような変貌を遂げた。
「あの時の僕はもういない…」
感情が無くなったのか、それとも十分な水分が補給できていないからだろうか?今の荒れ果てた姿を見ても泣きたくても泣けない、そんな自分に嫌気がさしていた。
「うわぁぁぁぁぁん!」
「!?子供の…声?」
突然、子供の泣き声が響きわたる。
カルロは無意識に立ち上がり声の主を探した。銃撃戦が鳴り響く戦場に、明らかに場違いなノイズが入り込む。
「西の方か?あそこはたしか軍がすでに占拠した場所のはず。あんな所に子供がいるのか?」
カルロは疲弊しきった身体に鞭を打つように声の出どころである西の占拠地を目指して走り始めた。
声の出どころ付近にたどり着いたが声の主はいなかった。
「ハァ、ハァ…どこだ?」
「怖いよ… 暗いよ…」
確かに子供の声がする。
カルロは声がする方向へ顔を向ける。
「これは…」
向いた先を見て思わず絶句する。
爆撃があったのだろうか。民家がボロボロに吹き飛んで、瓦礫が何重にも重なり山となっていた。
「まさか…生き埋めか!」
急いで瓦礫の山へ行き瓦礫をどかす。声の主が瓦礫に押しつぶされないように丁寧にかき分ける。
疲労が溜まっているカルロにとって瓦礫をかき分けるのは拷問に等しいものだった。瓦礫の山はどんどん薄くなっていき子供の声が段々と大きくなっていく。
「あそこか!」
声の出所からおおよその位置を把握して今まで以上に瓦礫を丁寧にどかす。瓦礫をどかすごとに子供の声がだんだんと大きくなっていく。
「狭いよ…怖いよ…」
「もう大丈夫だから身体をじっとさせてて!必ず僕が助ける!」
カルロの言葉が届いたのだろう、子供は泣くのを止める。
カルロの手は瓦礫の破片でボロボロに裂け流血していた。痛みがあるはずだがその手を止めることはなくただ闇雲に作業を続ける。
『人を殺す君はもう死んだ…。これからはその手で生かすんだ…。わた…しの分…ま…で…』
誰の言葉だったろうか?記憶が曖昧で覚えていない。この言葉がカルロの頭から離れない。いま思うのはこの言葉がだけが原動力となり、カルロを突き動かす。
(この子の命だけは必ず救う…。奪うだけの戦いはもう嫌なんだ!)
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瓦礫が取り除かされて子供の姿があらわになる。作業時間およそ2時間の救出劇だった。
「ハァ…ハァ…奇跡だな…」
瓦礫同士がが綺麗に積み重なり子供一人分の空間を作り出して、奇跡的に子供は押し潰されることなく生き埋めの状態になっていた。
褐色肌に青髪と青い瞳の8歳ぐらいの少女だった。白のワンピースを着ており、所々にかすり傷があったが幸い命に関わる大きな外傷はないようだ。
(褐色肌に青髪…やはりノーストアリア人ではなくウエストアリア人だったか。恐らく逃げ遅れた民間人だろうな…。目立ったはないけどここにいたら危険だ。急いで本部へ行って保護をしてもらおう)
「もう大丈夫だよ。一人でよく頑張ったね」
「ひっぐ…ひっぐ…」
(かなり動揺しているな…。無理もない)
ゆっくり深呼吸するように少女に指示を出したり、喉が渇いているだろうから腰にぶら下げていた水筒を手に取り、貴重な水を少女に飲ませて落ち着かせる。少女も落ち着きを取り戻しカルロと目を合わせられるようになった。
「お父さんとお母さんはどうしたのかな?」
膝をつき少女と同じ目線で話しかける。少女も少し安心したのだろう、質問に対して言葉ではなく行動で答えてくれた。あそこと指を差して教えてくれた。
差した場所をふり向く。
「———くっ…」
背後から喉を掻っ切られたかのような衝撃を受けた。少女の答えがどれほど残酷で悲惨な現状なのかを表現するに十分過ぎた。
「民間人を…撃ち殺したのか…?」
少女の瞳にはどう写っているのだろうか?一方的に撃ち殺した我々は悪魔に見えるのだろうか?否、少女は恐らくこの戦況を何も理解できていない。現にノーストアリア人の軍服を着ているカルロを見ても怯える様子はなかった。
(いつの戦争もそうだ…。子供は大人たちの勝手な事情で意味もなく巻き込まれて、一方的に大切なものを奪われる…)
「大丈夫。僕が責任をもって君を保護をするからね」
まだ爆発の地響きと銃声が鳴り止まない戦場の地で優しく少女を抱きしめる。
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「急いでここから離れようか」
少女はコクリと頷く。
お互いが向き合うようにして少女を前に抱き抱える。右腕で少女の下半身を支え、左手で頭を抱きしめてあげる。銃声が鳴るたびに少女の身体ビクッと震えることを察して、頭を抱きしめていた左手を少女の左耳に当て、残った右耳はカルロの首元で抑えつける。
少女を抱き抱えて本部へ向かおうとしている道中のことだった。背後から男が「おい」と話しかけてきて、カルロは振り向く。そこにはカルロと同じくノーストアリア国の軍服を身にまとい、身長は190センチを越えているであろうガタイのいい大男が鬼の形相で立っていた。
「貴様!そこで何をやっている?所属先と名を名乗れ!」
「は!自分はユーベン隊所属、カルロ・マクロイ二等兵であります!」
「ユーベン隊か…あの生意気な若造の部下がここで何をしている?」
カルロの所属先であるユーベン隊、ユーベン・ユスタフ中佐。まだ若く実力があり頭も切れ軍創設依頼、最年少で小部隊を率いるまでの実力をもっていた。軍の中でも極めて異例の昇進のため不正じゃないのかと軍のなかでも実力を疑われることが多々ある。そのせいかユーベンが率いる部隊はろくでなしの集まりと根拠もない噂が蔓延り、ユーベン隊自体が敬遠されていることも多い。
この大男もまたユーベンには不審な目を光らせていた。
「紛争地で逃げ遅れた少女を保護して本部に預けるところでした」
「その少女、ノーストアリア人ではないな?」
獲物を狩るようないかつい目つきで抱き抱えていた少女に睨みつけてくる。
「はい…。両親が銃撃戦の被害に遭い、さらに爆風に巻き込まれたのでしょう。瓦礫の中で生き埋めになってたところを自分が掘り起こして保護しました。これから安全な本部へ保護をしてもらおう———」「撃ち殺せ」
「…今…なんと仰りましたか?」
大男の発言がカルロには理解できなかっただろう。思わず上官に聞き返してしまう。
「撃ち殺せと言ったんだ。殺せないのなら私が代わりに殺してやろうか?」
「言ってる…意味が…わかりません…。民間人を殺すのは国際法で禁止されているはずです…。誤って撃ち殺したのであれば許容はされるでしょうが…、この少女は明らかに戦闘の意思の無い民間人です…。この子を撃ち殺す?そんなことできるわけありません!」
「貴様!上官に逆らう気か!?私が撃ち殺せといったら撃ち殺すんだよ!いいか!そこらに転がってる民間人も誤って撃ち殺したんじゃない!殺したんだよ!国際法なんてものは文字だけでなんの効力もない、ただの建前だ!今ある大国はそうやって富を得てきたんだ!分かったなら我が国のためにもそいつを撃ち殺せ!」
「嫌です!この子は殺すことは僕が許さない!」
カルロは上官に初めて逆らった。それも咄嗟に。
今までは言われるがまま、ただ軍からの命令をこなして人を殺してきた。自分の意志を押し殺すように、人殺しを正当化しようと。そうしなければ自分がどうにかなりそうだったからだ。しかし、今日この一人の尊い命を救い、自分のやってきたことに疑問を持ちはじめてしまった。この戦いは本当に意味があるのか?人を殺すだけで世界は平和になるのか?
この少女との出会いがカルロの冷めきった心に再び炎が灯り、心が熱くなるのを感じる。
「ならば、貴様諸共撃ち殺してやる!戦死といえば誰も疑わないからな!」
大男が懐から拳銃を取り出し、カルロと少女に銃先を向けた。
「くっ!」
少女を守るようにカルロは銃先に対して背を向ける。
リボルバーのハンマーを下げて引き金を引こうと命のやりとりが行われそうな刹那。
ザッ、ザッ。
突如と足音が聞こえてきた。
「おっ!いたいた!」
一人の男が空気を読まず話しかけくる。この緊迫した空気に場違いなほど軽快な声で話しかけきた男は、カルロと同じくノーストアリア軍の軍服と軍帽を身に纏い、身長180センチくらいとすらっと伸びた背丈、伸びきった金色の長髪に、無精髭が無作為に散りばめられている。男の名は。
「ユーベン!?なぜ貴様が!」
「あら?ご無沙汰です〜。お元気してましたか?しかし、中佐に向かって呼び捨てとは随分偉くなりましたね。ね、ガウル少佐」
「くっ…」
ガウル少佐といわれた大男はにが汁を舐めたかのような顔をした。大男がリボルバーを持って自分の部下を撃ち殺されようとする異様な光景を気にも留めないように話を進めてくる。
「いつまでサボってんだカルロ!キャンプ地にもどこにもいなくて探してたんだぞ!」
「ユーベン隊長!」
絶望的状況で駆けつけてくれた信頼できる直属の上司の顔を見て、思わずホッとするカルロ。
「ん?なんだ、そのガキ?ウエストアリア人か?まぁいいや、ちょうど本部に用事もあるしそのガキ連れてお前も一緒に来い」
この現場から立ち去れる絶好の機会だと思い急いでユーベンの元へ駆け寄るカルロ。しかし、大男が「おい!」と噛み付いてくる。
「そいつはウエストアリア人だぞ!そいつを本部に連れて行くつもりか?ユーベン中佐!本部の命令はこの地区のウエストアリア人全ての殲滅。生かしてはおくわけにはいかない!」
「ウエストアリア人の…殲滅?」
(軍からの指令は内乱を起こした反ウエストアリア人の鎮圧のは
ず?それが殲滅?)
ガウル少佐の発言に引っかかる。ガウルの放った発言はカルロが受けた軍からの命令と異なっていたからだ。
ガウルの発言は相当まずかったのか、ガウル自身「しまった」と声を漏らしてわかりやすく焦った表情をしていた。
「なに言ってんすか〜、ガウル少佐。軍からの命令はウエストアリア人の鎮圧ですよ」
ユーベン隊長が冷静な口調でガウルを問い詰める。ガウルの失言ともとれる発言をした途端、人を小馬鹿にすろような顔から辛辣な顔に切り替わり、舌打ちをしながらガウルの元に駆け寄る。胸ぐらを掴み耳元に口を近づけ発言をする。
このユーベンの行動が「ウエストアリア殲滅」という発言の真実味が増す。
「今の発言…本部には無かった事にしてやるよ。その代わり部下の不祥事とこの少女のことは見逃せ。上には俺から言っておく。いいな?」
「…そいつらを殺せばウエストアリア人も殺せて先の発言も無かったことにできる。お前の部下は私に逆らった反逆者だ。殺されても文句はあるまい」
「いいから黙って失せろ…。それとも俺が今、お前を殺してもいいんだぞ?」
ゾワッ…と一瞬で身体が強張る。
ユーベンの言葉が重く響くようにのしかかる。明確な殺意の目だった。たださえ凍り付いた空気が一瞬で丸裸で最前線の戦地に放り込まれたかのような絶望に成り代わる。そんな殺気を一人の男が放っていた。
(人間が放っていい殺気じゃない…)
少女を強く抱きしめる。少女を守るというよりも子供特有の暖かい温もりを本能的に欲していたからだ。
「くっ…分かったよ…」
この空気に耐えられなくなったガウル少佐は掴まれていた胸ぐらを振り払いこの場を後にする。帰り際にカルロと少女を再び睨みつけて立ち去っていく。
嵐は去り、ようやく止まった時間のような張り詰めた空気が動き出したかのように循環する。緊張が解けたカルロは抱えていた少女を降ろして膝から崩れ落ちる。今まで戦場で命を落としそうになったのは幾度もあったが、それとはまた違う命の危機を察した。もし、あの場にユーベン中佐が現れなかったと思うと冷や汗が止まらない。
「ありがとうございます、ユーベン隊長」
「なーに、俺は大した事やってないよ。それよりその子供は?」
「瓦礫に埋もれて生き埋めになっていました。それを僕が助けて本部に届けようとしたところ、ガウル少佐に目をつけられて、その後はユーベン隊長が見た通りです」
「ふーん」
カルロは少女の顔を改めて見つめて頭を撫でる。
「本当に君が無事でよかった」
(さっきのガウル少佐とのやりとり聞かれてないよな…。一応耳を強く抑えてたけど…)
さっきのやりとりが頭の中にこびり付いて離れない。民間人の抹殺、軍からの指令とガウル少佐の発言の相違。頭の中がパンクしそうなぐらいの内容だった。
「か、顔色がわるいけどだいじょうぶ?」
「!?」
カルロの顔色が相当悪かったらしい。少女はカルロの顔を伺いながら心配そうにこちらを見つめている。
「そ、それとたすけてくれてありがとう」
少女は真っ直ぐな瞳でカルロにお礼を言う。咄嗟のことでカルロは少し驚いた様子で、やがて瞳から涙がぽろぽろと落ちてくる。純粋な感謝の言葉などいつぶりだろうか。この涙はカルロにはまだ人の心があることを証明してくれる。
「僕の方こそ…ありがとう…。君と出会わなければ僕はどこかへいなくなったしまっただろう…。本当にありがとう…」
両親が殺され、瓦礫の中に何時間も閉じ込められて、たくさんの過酷な経験をしたはずの少女が、敵である兵士を労る余裕すらあった。
「君は強いな。そして何より優しい…」
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疲弊しきっていたカルロと少女を察したユーベンは「静かな場所だから」と軍のキャンプ地とは違う方角に連れてこられ、休息を取る事にした。ユーベンが身体を休めるため、よく利用しているらしく、所々に生活感があった。戦地から少し離れてることもあり静かな場所で、ここなら人目につかずゆっくり休めそうだ。
「寝たか?」
「寝ましたね」
スー、スー。
疲労がピークに達してしまったのだろう、電池切れを起こしたおもちゃのように微動だにせず、カルロの丸めた軍服を枕にして少女は眠っていた。その姿はまるで眠り姫のように美しい。
「お前も休んだら?この子を救出してたから休めていないんだろ?」
「いえ、さっきのこともあって目が冴えてしまって…」
「そうか…」
カルロは静かに答える。彼の頭の中は目の前の出来事でいっぱいだ。
「…さっきの話本当なんですか?」
「ウエストアリア人殲滅のことか?」
「…はい」
何かの冗談であってほしかった。
「………」
長い長い沈黙の時間が続く。周りは人のいない、銃撃戦の音が聞こえない静かな空間。ゆっくり休まるための沈黙が今はとても不快で仕方がない。
「事実だ」
冷たい声が響く。その一言で、現実がカルロの胸を突き刺さった。ウエストアリアの殲滅が軍から命じられたものだという事実が、彼の心に重くのしかかる。
「なんでなんですか!?ウエストアリアとノーストアリアと良好な関係だったはず…!」
同じアリアの名を持つウエストアリアとノーストアリアは歴史上を辿れば一緒の国だった。勢力が分かれる事がきっかけで国が二つに分かれたが、最近では国の関係は修復され良好の状態だった。水面下では…
「僕たちは反ウエストアリア人を制圧したのではなく、ただの戦争をしていたんですか!?」
「そうだ」
「なんで…?」
「一人のノーストアリア人が殺された事でこの戦争は勃発した」
「たった一人の犠牲が…?」
「うちも戦争する口実が欲しかったんだろうな。上層部はウキウキで戦争の準備をしていたよ。もちろん、その事実を知れば国内で反発が起きることも分かってたんだろう。だから内乱の鎮圧という名目でお前たちが駆り出された訳だ」
怒りが沸々と湧き上げてくる。カルロが信じていた国家の理念や価値が崩れ去り、この戦争がただの政治的な動きであることを知り衝撃を受ける。ノーストアリアを信じ、国のために戦っていたカルロの仲間たちの生命が、その政治的な目的のために利用されたのだ。
「こんなことが許されていいんですか…」
カルロが声を震わせながら問いかける。
「許す、許さないのじゃない。俺らは軍人として軍の命令通りに動くしかない。それが正しいかどうかはわからないが」
「なんで皆に教えなかったんですか?そうすれば止められたかも知れないのに!」
「知ったところでこの戦争は止まらない。お前が思ってる以上にこの国は…この世界は腐ってる。何らかの理由をつけて戦争を仕掛けてたよ。勝てる勝算もあったしな」
「勝てる勝算?」
「ウエストアリアにいた異能力者が突然死んだんだよ。そいつが死んだことで、今まで保たれていた均衡が崩れた」
異能力。どんな武器よりも優れた能力を持ち、たった一人で戦況を大きく変える絶対的な力を有している。近年では戦争兵器として利用され、異能力者を保持している国とそうでない国とでは戦力の差と歴然だ。
「まぁ、戦争中に新しい異能力者が現れて、当初の計画とはだいぶ落とすのに手こずってるみたいだが、間もなく戦争は終結に向かう。何でも向こうのお偉さん方が相次いで原因不明の窒息で死んだらしくて、ウエストアリアの統率が取れなくてなっている状態だ」
「戦争が終わる…」
「カルロ、お前がこの戦争を経験してどう思ったのかは勝手だ。戦争を止めたきゃ力をつけろ。近頃、異能力者たちが頻発に生まれているらしいから、世界の均衡が壊れ戦争はさらに加速する恐れがある。生き残りたければとにかく強くなれ」
「平和って何なんですかね…?」
「俺がそんなもん知るかよ。自国のことで精一杯だ」
「…ユーベン隊長…僕はこの戦いでたくさんの人を失い、たくさんの人の命を奪いました。奪った人間がこんなことを言うのはおかしいと思いますが、奪うだけの戦いはもうしたくないんです…この死に染まった手はどうやったら拭えるんでしょうか?」
「お前…しばらく見ないうちに変わったな」
「そうですか…?」
「戦地に配属されてから死んだ魚の目をしてた」
「え?僕ってそんな目してたんですか?」
カルロは驚きを隠せない表情をする。
「その汚れた手はどうやっても拭えねぇよ。お前が奪った命やお前が失ったお友達も絶対に戻ってくることはない」
ユーベンは厳しい口調で話す。奪った命…それを背負う者の辛さはユーベンもわかっているからだ。
「…でも、この少女は救えますよね?」
カルロは寝ている少女の姿を見る。
「正気か?出会って間もない、名前も知らない、敵国の少女を救う?」
カルロの問いかけに驚きと疑問が入り混じりながら問いかける。
「誰の言葉か忘れたんですけど、言われたんです。僕のこの手は人を殺す手ではなく、生かす手として使うんだと」
「へぇー、お前が変わったきっかけもそいつのおかげかな?」
ユーベンは興味のある様子で問いかける。
「分かりません。けど、その人の言葉で僕は救われて、この子を瓦礫から助けた…」
カルロはあやふやな思い出にふけるように語る。
ユーベンはそんなカルロを見つめ、何かを感じている様子だった。しばらく考え込み、やがて口が開かれる。
「情報によると生き残ったウエストアリア人が南下して亡命をしているらしい」
ユーベンが唐突に情報を伝える。恐らくはまだ、ユーベンのような上層部にしか行き渡ってない貴重な情報だ。
「え?」
「お前には選択肢がある。軍を辞めてその少女を連れて南下して、亡命した同胞に送り届ける。それか、そのまま軍に残ってコイツの面倒を一生みるかだな」
唐突な選択がカルロに迫られる。
「旅に出ろと?」
カルロは困惑している。
「この少女を救いたいというなら、それが一つの選択だ」
カルロはしばらく考え込む。当然だ軍をやめるということは相当な覚悟が必要だからだ。
ユーベンは畳み掛けるように話を続ける。
「ま、このままノーストアリアに居続けたら間違えなく不幸になるのは少女だけどな。単民族国家のノーストアリアだ。そこに異民でしかも、それが敵国のウエストアリア人だ。よく思わない人間もいるだろうし、迫害も受けるだろう」
カルロは迷いながらも、少女の未来のことを考えると決断を下すのにそう時間はかからなかった。
「分かりました…僕がこの少女を送り届けます」
カルロの返答にユーベンは満足げな笑みを浮かべる。その笑みはいつもの軽快で他人を嘲笑うような顔ではなく、本心で笑うような、どこか心の底で安堵してるような表情だった。
「その少女を送り届けるついでにいろんな国を周って、その目で世界を確かめてこいよ。そうすれば世界の景色がガラリと変わる」
「軍を辞めて無職になるんです。軍の退職金…奮発してくださいね」
「あぁ…もちろんだ。お前には期待している。その旅がきっとお前の新しい希望もたらすことを願っている」
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10年後、現在———
列車内アナウンス
「まもなくユクロス駅に到着いたします」
「スー、スー」
「兄ィ、そろそろつくよ」
アナウンスが入り隣の席でぐっすりと寝ているカルロを起こすナリア。
「……ん?…もう到着か…ふぁぁぁぁ~」
「珍しくぐっすりと眠ってたね。夢でも見てたの?」
「あぁ、ちょっと昔の夢を見ていた」
「昔の夢か〜。私、夢を見たことないんだよね。見てみたいな〜」
「ナリアは寝付きがいいからね」
荷物をまとめ、降りる準備をする。
駅内アナウンス
「ユクロス駅に到着しました。お降りの際は荷物の忘れ物などにご注意ください」
「さぁ、行こうかフィオガルム国へ」
「うん!」




