人生という名のカセットテープ
なろうラジオ大賞3 参加作品
使用キーワード「カセットテープ」
1000文字制限
「 こ、ここは? どこだ?」
気が付くと若い男は、大きな建物の中にいた。
まわりには本が詰まった棚が何列も、果てしなく続いている。
「図書館?」
男には、そんなところに来た覚えはない。
道にそって歩くと、受付のようなカウンターに一人のスーツを着た、サラリーマン風の男が座っているのを発見する。
「あの、ここは?」
「おや、意識のある人間がここにやって来るなんて、久しぶりですね」
「俺はいったい……」
「あなたは死んだのです」
「え?」
「先ほど車に跳ねられ」
「そ、そんな……」
「ここは人間の生きた鼓動を記録する図書館」
「鼓動……図書館?」
「そうです。あなたのは、たしか……ああ、これだ」
そう言うと、男が取り出したのは一つのカセットテープ。
「これは?」
「これには、あなたの生きていた証、鼓動が録音されています」
そのテープは最後まで使われることなく、途中で止まっていた。
「どうです? 人間の一生なんて、このカセットテープ、一つにしかならないんですよ。儚いものですね」
「これが、俺の一生だと?」
「ちょっと拝聴しても、よろしいですか?」
そう言うと男はヘッドホンをかけ、テープを再生した。
「なるほど……あなたの奏鳴曲は、提示部は明るく華やかで、軽快なリズムが続くが…… 展開部で劇的に変化しウネリの高い波のような力強くもあり、繊細な……」
そして、男はヘッドホンを置いた。
「なかなか魅了的で、激動のソナタでしたね。ただ未完で終ってしまったのが残念です」
「そうか……俺は死んだのか」
「せっかくなので、あなたには選択肢を与えましょう」
「選択肢?」
「やり直すか、生まれ変わるか」
「そんなことが出来るのか?」
「テープを巻き戻せば、過去から上書きしてやり直せます。または、このカセットをB面に返して、録音を開始すれば生まれ変わります」
「そんな簡単に?」
「そうです。そんなに簡単に生まれて、あっけなく死んでしまう」
「その後は?」
「今までの記憶、もちろんここでのことは、全て忘れ去ります。どうしますか?」
「記憶は引き継がない。上書きされるのか……」
「注意しておきますと、生まれ変わると、どこの国のどんな家庭で生まれるかは、分かりません。必ずしも幸せな環境になると保証することは出来ません」
「俺は……やり直す。5歳の頃から」
「かしこまりました」
テープは勢いよく巻き戻る。
「次も私の心を揺さぶる、魂のビートを刻んでください」
「それでは、素晴らしい人生を……」




