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全部誤解です。  作者: 雪成
蛇足
8/33

(3)クラウドがね、結婚したいっていうのよ……



「おはようミレーヌ」

「…おはよう、クラウド」


 ミレーヌが支度を終えたタイミングで部屋の扉がノックされ、騎士服を身につけたクラウドが顔を覗かせた。

 艶やかな銀髪が日差しを浴びてキラキラと輝き、朝から大変神々しい。

 ミレーヌには見慣れた光景ではあったが、あと少しすれば他の女性のものになり見られなくなるのかと思うと複雑な思いに駆られ、一拍挨拶を返すのが遅れてしまった。

 こんなんじゃダメね、とミレーヌは薄く苦笑いを溢す。


「どうしたの?」

「いいえ、なんでもないわ。今日は早番だったわね」

「うん、俺はもう行くけど、ちゃんと朝食を取るんだよ。夕刻には戻るから待っていて」

「いってらっしゃい、頑張ってね。私も今日はお出掛けするけれどクラウドが帰る頃には戻っているわ」

「……ん?」

「え?」


 今度はクラウドが一拍遅れて疑問符を口にした。柔かな表情は固まっているように見える。

 なにか変な事を言っただろうかとミレーヌは首を傾げた。


「……出掛ける?どこへ?」

「ナッちゃんのお宅よ。やっと連絡が取れたの。怒っていないって言ってくれているけれどきちんと謝りに行きたいし、それに話したい事もあるから」

「…チッ」


 小さく舌打ちが聞こえた気がした。

 けれど、聞き間違えのようだ。

 クラウドは変わらず微笑んでいるし、不穏な音を出す雰囲気は微塵もない。

 片手でミレーヌの頬を優しく撫で、慈愛に満ちた眼差しで甘やかすように言葉を紡ぐ。


「そう……ナタリア嬢と。わかった。寄り道せずに、気を付けて行っておいで」

「ふふ、もう子供じゃないのよ」


 クラウドは「知ってるよ」とミレーヌの額に唇を落として出掛けて行った。





 クラウドが完全に部屋から離れたのを見計らって、影のように控えていた侍女は口を開いた。


「お嬢様。僭越ながら、ナタリア様のお屋敷に行くことは言わない方が良かったのでは?」

「どうして?」

「えっ……ク、クラウド様は、お嬢様が、大変お好きですから…その、ご自身の目の届かない範囲はご心配なされますので……」


 先程一瞬見せた氷のような目はナタリアに害が及ぶのではないかと思わせたが、侍女は我が身可愛さに言葉を濁した。


 クラウドはミレーヌにとって自分以外の特別な人間がいるのが気に入らない。

 侍女のアンナはミレーヌの側仕えをして3年になるが、踏み込み過ぎず感情を抑えて遠巻きにミレーヌを愛でているのは、この義弟の異常なまでの執着を知っているからだ。

 前任の侍女はミレーヌの身分の差を気にしない大らかな性格もあり主人と仲良くなり過ぎてしまったため、クラウドによってクラウド付きの侍女に配置替えをさせられた。

 明るくお喋り好きだった彼女が配置替えから数時間で無口で機械的になり、豊かだった表情は能面のように動かなくなったのを目の当たりにして、多くの使用人が『明日は我が身』と背筋を凍らせたのは言うまでもない。

 今や屋敷内では悪魔(クラウド)に目を付けられれば蝋人形にされると(まこと)しやかに噂されている。



「うーん、そうね。ちょっと心配性よね」

「(ちょっと!?)……はい」

「でも大丈夫よ。それも今だけで、お嫁さんが来たら私なんて見向きもされなくなるわ」

「はあ…」


 そんなわけないだろう。まずあのシスコンに嫁など来ないだろう。と、侍女(アンナ)は思いながら上辺だけの生返事をした。



※※※




 ナタリアはミレーヌの到着を今か今かと待ち構えていた。


 窓から門の前に一台の馬車の止まるのを確認すると部屋を飛び出し、降りてきたミレーヌに抱きついて熱い抱擁を交わす。


「ナッちゃん!」

「ミッちゃーん!無事だったのね!よかったあぁあ!」



 ナタリアは夜会後、クラウドに拐われたミレーヌの事が心配で何度も手紙を出していた。しかし、どういう訳か悉く所在不明で戻ってくる。


(所在不明?! そんなわけあるかっ! あのシスコン野郎……っ、本格的に敵認定してきたわね!)


 手紙や使者を出してもミレーヌに取り継がれることが叶わない。

 おそらく、クラウドが意図的に神隠しが如くミレーヌを囲っているのだ。

 これまでミレーヌ自身がナタリアをとても慕っていたため親友枠として許されてきた交流だが、先日のルーカス騒動で悪と見なされ排除対象となったのだろう。


(あの男、ほんっとに最悪ね。ミッちゃんを何だと思っているのかしら!? まあ、このくらいはこっちも想定内なのよ。見てらっしゃい!)


 ナタリアは負けず嫌いである。数度の玉砕で諦めるほど柔じゃない。

 正攻法がダメならと厳しく訓練しておいた鳩の足首に手紙をくくりつけてミレーヌの元へと飛ばした。万が一のためにと前もって用意しておいた手札だ。

 空を自由に飛ぶ鳥ならばさすがにクラウドの手も届かないだろう。


 しかし、敵も一筋縄では行かなかった。

 どうしてそうなるのか、数羽は手紙を付けたまま戻ってきて、数羽は行方不明になった。ある鳩は番を紹介されて別の邸で幸せに暮らしていた。


(こわ…っ!)


 ナタリアはクラウドの底知れぬ能力に恐れを抱いた。それと同時にもっと別の方面にその力を使えよとも思った。


 もう残された鳩は残り1羽だ。

 それは『部長』と名付けられるほど、伝書鳩隊の中で最も賢く、人にもよく慣れている優秀な鳩だ。


(この子がダメなら私が直接ミッちゃんの元に乗り込むしかない)


 クラウドの騎士団でのスケジュールを秘密裏に手に入れ、出兵()のタイミングを狙い定める。


 そうして、ナタリアは最後の望みの綱を空に解き放った。





「ナッちゃんに会えて嬉しいわ」


 侯爵家自慢の庭園にあるガゼボの下で、ナタリアとミレーヌは久しぶりのお茶会を楽しんでいた。

 咲き誇る季節の花々を背に、香り高い紅茶とニコニコと笑顔を浮かべる親友を見て、ナタリアも心が暖かくほぐれていく。

 当初ミレーヌは謝罪したいと侯爵への面会も希望したが、ナタリアはそれを受け入れなかった。

 決して父である侯爵が怒っているというわけではない。むしろ素直で可愛らしいミレーヌは父のお気に入りだし、会いに行けば孫娘を愛でるかのようにデレデレと相好を崩すだろう。

 しかし、ルーカスを呼んであの一件を画作したのはナタリア自身でありミレーヌには非がない。謝るのはナタリアの方だと言ってお互いに謝罪合戦となり、埒があかなくなったところで収まった。


 ミレーヌから「親友に戻れるかしら」と泣きそうな顔で訴えられたときは、そのいじらしさに辛抱堪らず抱きしめてしまった。

 ナタリアが「戻るも何も親友に変わりはない」と伝えれば華が咲き誇るような笑顔を見せてくる。なんだこの可愛い生き物は。さらに頬を擦り合わせてしまったが、男ならセクハラだが親友なので役得(セーフ)である。この場にクラウドが居なくて本当に良かった。


 そんな変わらずナタリアの推しであるミレーヌがティーカップをソーサーへ戻し、おずおずと話し出した。


「私、ナッちゃんに相談したい事があるの。聞いてもらえるかしら?」

「ええ、もちろんよ。どうしたの?」

「クラウドの事なんだけど……」


 出された名前に、ピクリとナタリアの片眉が跳ねた。


「……クラウド様が、何かやらかしやがったの? ミッちゃん、もうウチの子になる?」

「え?あ、違うの。クラウドがね、結婚したいっていうのよ……」

「なんですって!!??」


(やりやがったな小僧っ!!)


 ナタリアはあまりの衝撃にカップをソーサーへ取り落とした。

 ヤルヤルとは思っていたが、本当にやりやがった。

 義理とはいえ姉であるミレーヌに求婚するほどルーカスの出現にクラウドは焦りを感じたのだろう。


 親友の幸せの第一歩だと思ってルーカスと引き合わせたのに、地獄の門を開いてしまったことにナタリアは頭を抱えた。



「だめ、だめよ! 結婚なんて!」

「そうよね、早いわよね?」

「速度の問題じゃないわ! 相手の問題よ!」

「そうよね、お相手の気持ちはどうなのかしら。ナッちゃん、アリアナ様から何か聞いていない?」

「アリアナ!?……アリアナ…?」


 ナタリアは会話の違和感にふと我に返った。

 ミレーヌはどうしたのかとキョトンとした顔でそんなナタリアを見返している。


「ミッちゃん…ちょっと確認したいんだけど、クラウド様は誰と結婚するって?」

「誰って、アリアナ様でしょう?」

「え」

「え?」


(アリアナがクラウドと結婚? それはなんの冗談なの?)


 ナタリアは夜会後のアリアナから「あれはダメだ。次元が違う」と早々に敗北宣言を聞いている。

 そのアリアナとクラウドが、なぜ。


 ミレーヌから落ち着いてよく話を聞けば、クラウドはミレーヌと強引にでも結婚するつもりで婚姻誓約書を持ち出したとしか思えない。

 それを持ち前のトンチンカンを発揮したミレーヌが保証人を頼まれたと勘違いしているのだ。


 しかも、「もしかしたら、クラウドは私が嫁いびりするかもしれないって心配しているのではないかしら。だから敢えて私を保証人にすることで正式に認めさせて牽制にしようと……。そんな事しなくても意地悪なんてしないのに、小姑とは切ないものね……」と悲しげに瞳を伏せた。

 深読みし過ぎである。


(あ、あぶない…! 普通なら追い込まれてあっという間に今頃人妻だわ。ミッちゃんは己の類稀なる鈍感力で自分を守っていたのね…!)


 クラウドの優秀さが際立つ伯爵家ではあるが、ミレーヌもある意味神がかった能力の持ち主であった。



「そう、クラウド様が……それでミッちゃんはどうしたの?」

「うう、恥ずかしいのだけど、私、まだ弟離れが出来ないみたい。嫌だと言ってしまったの……。あんな態度を取ってしまうなんて、きっとクラウドを悲しませてしまったでしょうね」


 しゅんと項垂れるミレーヌを前に、ナタリアは高笑いしたい衝動を必死に堪えていた。

 あのクラウドが、大好きで仕方ないミレーヌに結婚を断られた姿を想像して果たして笑わずにいられるだろうか。否、ざまあみろ!と今すぐ嘲笑ってやりたい。

 そのくらいしてもいいと思えるくらい、ナタリアもクラウドには散々ミレーヌとの仲を邪魔されているので溜飲が下がるというもの。


 しかしそれらはおくびにも出さず、聖母のように微笑んだ。


「ミッちゃんの戸惑う気持ちは、家族なら当然よ。突然で驚いてしまっただけ。仕方のない事だわ」

「そうかしら…?」

「ええ。でも、やっぱり弟はいつか離れていくもの。心配な気持ちもあるでしょうけれど、クラウド様のためにもきちんと背中を押して送り出してあげましょう!」


 正確には、背中を押して崖から突き落としてやろうとナタリアはニヤリとした。


「ナッちゃん…そうよね、ありがとう! 私、ちゃんとしなきゃ。姉としてクラウドを応援するわ!」

「ミッちゃんえらいわ!」

「えへへ」



(ごめんね、ミッちゃん…。考えたくもないけれど、あの粘着野郎(クラウド)と間違って結婚なんてしたら、ミッちゃんは今まで以上に囲い込まれて二度と人前に姿を現さないかもしれない……。そんな不幸な目に合わせるくらいなら、私も心を鬼にしてミッちゃんの天然を利用させてもらうわ!)



 一度失敗に終わったシスコンからのミレーヌ救出計画だが、再び光明が見えたことでナタリアは俄然やる気を取り戻した。



(もう一度、アリアナを引っ張り出さないといけないわね。物凄く嫌がりそうだけど……さぁ、どうしたものかしら)




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