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全部誤解です。  作者: 雪成
蛇足
24/33

(19)心頭滅却。騎士ならば

流してほしいワード「ジャージ」……何卒。



「ねぇミッちゃん、今度久しぶりに街に遊びにいかない?」


 ナッちゃんからお誘いを受けたのは、先週のお茶会でのこと。


「でも、ナッちゃん。今は結婚式の前で忙しいのではなくて?」

「結婚前だからよ。昔、ふたりでよく寄り道したお店にもう一度行きたいわ。結婚してしまったらなかなか時間が取れないかもしれないもの」



 ナタリアと学校帰りに立ち寄ったジェラート屋さんはとても美味しかった。可愛らしくてお手頃なお値段の雑貨屋さんではふたりでお揃いのものを選んではしゃいだ記憶がある。


 

(今もあのお店はあるのかしら)


 学生時代の楽しかった思い出が蘇り、自然とミレーヌの頬は緩んでいった。



「ミッちゃん、私のお願い……叶えてくれる?」

「もちろん!」


 ミレーヌこそ、ナタリアが忙しくないのであればぜひお願いしたい。「絶対に、絶対に約束よ!」と最終的にはミレーヌがナタリアに念を押して取り付けた予定となり、それが今日だった。



 待ちに待った、ナタリアとのお出かけの日。

 ミレーヌはウキウキしすぎて、昨夜はなかなか寝付けなかった。

 けれど、寝不足などでは一切なく、なんなら肌の調子も絶好調だ。

 それだけミレーヌにとってナタリアは特別で、一緒に過ごすというだけで幸せホルモンが溢れ出てしまうらしい。

 

 しかし、それを勘違いしたのは伯爵家の使用人たちだった。


『もしや、デートでは?』


 と、肌艶絶好調のミレーヌを見てピンときた。

 

 いくらミレーヌがナタリアと出掛けると言っても「あ、はい。そういう体ですね!」と心得ているとばかり頷いた。


(おそらくお相手は、バルマー侯爵のご子息。真面目で堅物ならばセクシー系より癒し系……初デートでは、そこに清楚さをプラスして……)


 アンナの偏見により導き出された答えは。




「お嬢様、本日のお召し物は『清楚可愛い』で決まりです! お相手をメロメロにしてやりましょう! このアンナにすべてお任せください!」


 







 一時間後、アンナは出来上がった自身のお嬢様お出かけスタイルに目頭を押さえて打ち震えた。



「天使……っっ!!」


 

 街デートでも浮かない庶民テイストにするはずが、麗しく滑らかな金糸の髪を編み込んでハーフアップにしただけで女神となり、若草色のシンプルな膝下ワンピースを身に付けただけで天使になってしまった。

 この上、薄く春色メイクを施したらもう訳がわからない程の可愛さである。


(お嬢様のポテンシャルの高さが恐ろしい)


 いっそスッピンジャージで行ってもお釣りが返ってくるのではないかとさえ思えてくる。

 

 しかし、これで落ちない男はいないだろう。

 この勝負、勝ったも同然である。




※※※



 ナタリアとは、カフェで待ち合わせをしている。

 張り切りすぎて約束の時間よりも早く店についたミレーヌは、席についてソワソワとメニュー表を眺めていた。

 ここは先日クラウドに連れてきてもらったパンケーキのお店だ。

 あの時の感動が忘れられずすっかりお気に入りとなり、是非ナタリアにも味わって欲しいとミレーヌが推薦したのだ。

 風が穏やかで天気も良く、絶好の女子会日和。装飾の可愛い店内も良いが、今日は開放感たっぷりのテラス席を選んだのも正解だったと自負している。

 


(今日はちゃんと料理長にお夕食を断ってきたから、思いっきり食べられるわ。あ、新しいお味が期間限定ですって!? でも、王道のチョコバナナカスタードホイップも捨てがたい。ナッちゃんさえ良ければ、違う種類をそれぞれ頼んで半分こするのはどうかしら?)



 まだ昼前ということもあり人通りは少ないが、道行く人々はテラス席に座るミレーヌにチラチラと視線を向けている。


 普段は見かけぬレベルの美女が、メニュー表を片手に真剣に悩んでいる姿は相当目立つ。

 ほっそりとした顎先にしなやかな指を添え、少し眉を寄せた困ったような表情は庇護欲をそそる。

 何人かは立ち止まり、二度見して来た道を戻る者も出始めた。

 ちなみにミレーヌのお付きの侍女アンナは、その様子を少し離れた店内席からハラハラと見守っている。

 

 

「お嬢さん、何かお困りごとですか?」


 道を戻って来たうちのひとり、身なりの良い紳士がテラスの低い柵越しにミレーヌに声を掛けて来た。

 歳はミレーヌの義父と同じくらいに見える。所謂イケオジである。最初は何処かで会った事がある人物だろうかと記憶を探っていたミレーヌだが全く心当たりがない。



(きっと私が娘さんと同じ年頃で、気に掛けてくださっているのね)


 と、結論付けたミレーヌはニッコリと笑顔を浮かべた。



「ご親切に、ありがとうございます。けれど、私はなにも困っておりません。あえて言うならメニュー選びくらいでしょうか」

「それなら私がお役に立てますよ。どうですか、ご馳走しますので好きな物を好きなだけ選ぶと言うのは。迷う必要もなくなるでしょう?」


(まあ、なんて太っ腹なおじ様。魅力的な提案だけれど、好きな物を全部食べたら私が太っ腹になってしまうわ……)


 ミレーヌは学園を卒業してからというもの外出の機会も減り、ただでさえ食っちゃ寝生活のニートなのだ。

 だらしない生活をしている自覚はあるが、せめて家のために嫁の貰い手がある程度には体型を維持しておきたい。

 


「さすがに見ず知らずの方にご馳走して頂くわけにはいきませんし、選ぶのも楽しみですので、お気持ちだけで結構です」

「では、ぜひ私にもその楽しみを教えてくれませんか? 貴女のような美しい人がおひとりでは、悪い虫が付くのではと心配だ。私が、そちらに行っても?」

「え?……えっと、でも、これから友人が……」

「ご友人が到着するまでの間です。少し歳は離れているが十分に貴女のナイト役を務めてみせますよ」

「あの……」



(ど、どうしよう。知らない方と同席できるほど、私は社交的ではないのだけれど……)



 親切を断りきれない押しに弱いミレーヌが、完全にナンパ男の手中に嵌り掛けている。

 このままでは何故か見知らぬおじさんとパンケーキを食べることになってしまう。どういう状況だ。


 しかし、控えていた侍女が、(おいこらオッサン)と青筋を立てながら席から立ち掛けたとき、本物の騎士(ナイト)が現れた。



「ミレーヌ嬢」

「……ルーカス様?」



 侍女は浮かせていた腰を、再び静かに席に戻した。


(ルーカス・バルマー!? なんて絶妙なタイミング! そして、やっぱり今日はデートだったのね! もう、ミレーヌお嬢様ってば!)


 侍女は悶える気持ちを必死に堪えて、メニュー表で半分顔を隠し、2人の様子を見守ることにした。



 体格の良いルーカスが現れた事で、ミレーヌに声を掛けて来た男はそそくさと退散していった。

 それを視線だけで見送ったルーカスは、小さく息を吐いて改めてミレーヌと向き合う。

 

 

「ミレーヌ嬢、そちらに行っても良いだろうか」

「あの、私はナッちゃ……ナタリア・カーライル様と約束を……」

「すまない。俺がそのナタリア嬢に頼んで、貴女との時間を分けて頂いた」

「え……」


(ナッちゃん……私、今日を楽しみにしていたのに……)


 瞬時に浮かんだミレーヌの絶望的な表情に、ルーカスが慌てて弁解を口にした。



「いや、違う。誤解しないで欲しい。ナタリア嬢は約束通りここに来る。しかし、その前に少しだけ貴女と話をしたいんだ」


 ミレーヌには、先日の夜会でルーカスに恥をかかせてしまった負い目がある。

 しかしそれ以前にルーカスの懇願するような真摯な眼差しを前にしたら、ミレーヌは戸惑いながらも「それなら……」と自然と頷いてしまっていた。




「ミレーヌ嬢、まずは謝罪を。貴女にまたこんな騙し討ちのようなことをして申し訳ないと思っている」


 同じテーブルの向かいについたルーカスは、開口一番謝罪の言葉を口にし頭を下げた。


「いいえ。驚きましたけれど、大丈夫です」


 相変わらずルーカスの真面目な人柄は、好感が持てる。

 ミレーヌが首を振ると、ルーカスも安堵したかのように鋭い目元を僅かに緩ませた。

 


「こうして落ち着いて話をするのは、初めてだ。目の前に貴女がいると思うと、やはり緊張するものだな」

「ふふ。私はそんな大したものではありませんよ」

「いや。俺にとっては……」

「……」

「……」


 

 

 早々に会話が途切れた。

 ルーカスは、言葉の途中で明らかにわかるほど赤面して固まってしまっている。

 


(どうしたのかしら、ルーカス様。公衆の面前で、固まるほど恥ずかしい事を口にしようと……? ……はっ、まさか)


 

 時に男性は『下ネタぎゃぐ』というものを発作的に発してしまう生き物らしい。

 恋愛HOWTO小説『初恋の君~はじめてのお付き合い~R15』によると、思春期や晩年に多く見られる症状で、男性側に悪気はないが場の空気を凍らせる非常に不快で恥ずかしい行いであるそうだ。

 そして、気を遣って恋愛初心者が下手げにつっこむともらい事故にあうと書かれていた。


(もしやルーカス様、『下ネタぎゃぐ』とやらの発作に耐えていらっしゃるの? ……安心してください。私、そっとしておくのが一番の薬だって知ってますから、男性に恥をかかせたりしないわ)



 読んでてよかった、HOWTO本。



 


 しかし、どうしたものか……最高に気まずい。

 

 ミレーヌとて、コミュ力についてはルーカスとなんら変わらない元コミュ障同士だ。

 多少大人になって当たり障りがない世間話程度ならできるようになったが、それ以外では話題が見つけられない。こと異性に関しては特に。

 

 ルーカスは今日は仕事が非番なのか、シャツとスラックスという普段着姿で、好ましくもけしからん発達した胸筋が白く清潔なシャツの下に窮屈そうに隠されているのがわかる。

 ミレーヌにとって逞しい男性好きという自分の好みを自覚した今、これはなんとも目の毒である。


 チラチラと見てしまわないように、ミレーヌは明後日の方向に視線を飛ばした。



(あ、鳥……)



 近くの木に緑色の小鳥がとまっている。

 とても可愛らしい姿のそれは、チョンチョンと木の枝を跳ねて移動しては小さな虫を啄んでいるようだ。

 

 (うふふ、平和ね)と、和んだのも束の間。

 小鳥の後ろをニョロリとした茶色の蛇が枝を伝って忍び寄っていた。



「ひっ!?……!!……!」

「ミレーヌ嬢、どうかしたか?」

「ル、ルーカス様……っ、大変です!あ、アレ……!」

「木?……!」


(ぎゃあっ!!!)


 小鳥が襲われるっ!!と息を飲んだ瞬間、視界に影が差した。


「……、……?」

「……すまない。もうしばらく、このまま待ってほしい」



 どうやら咄嗟に立ち上がったルーカスの掌で、目元を覆われているようだ。

 

「あの、ルーカス様?」

「間もなく蛇が木の節に入る」

「あ、はい」


(私が、飲み込まれる小鳥を見ないで済むようにしてくれたのね……)


 思いがけず遭遇した食物連鎖。

 仕方ないのはわかっている。動物界は人間界よりずっと厳しい。

 けれど、普通こんな街中で見るものではないだろう。

 ミレーヌは自分の間の悪さに落ち込んだ。



 それから暫くしてルーカスの手が外されたときには、もう木の枝には何も居なかった。

 なんだか切ない気持ちになる。



「……ごめんなさい。ルーカス様も、私が声を上げてしまったがために嫌な場面を見てしまいましたね」

「俺はあの程度なら何とも思わない。ただ、女性が見て気分の良いものではないだろう」

「ありがとうございます。ルーカス様はお優しいのですね」


 

 小さなことだが、ルーカスは相手の立場で物を考えられる人物であるということがよくわかる。

 たとえこの場にいたのがミレーヌでなくとも、同じ行動をしたのではないだろうか。

 

 クラウドには常日頃から『よく知らない相手を簡単に信用してはいけない』と言われているが、ミレーヌはこの一件でルーカスを信頼できると判断した。


 そうなると心の壁がボロボロと崩れ落ちるのが早いミレーヌである。

 最初こそ警戒し、相手の様子を窺うために他所行きの笑顔しかみせないが、元々が人懐っこい性格のため、一度この人は大丈夫だと安心すると豊かな表情を見せ始める。

 例に漏れず、ミレーヌを精神衛生上から守ってくれた『イイヒト・ルーカス』に対してもそれは同様であった。



「ルーカス様、私にお話とは何ですか?」

「!」


 先ほどよりもニコニコと親しみのある笑顔を浮かべるミレーヌに、ルーカスはまた耳まで真っ赤に染め上げた。


 そうだ。話だ。

 当初の目的を忘れかけるほど、ルーカスはミレーヌを前にして緊張していた。


 夜会での告白の際は、とにかく必死だった。

 二度と訪れないであろう一世一代のチャンスに高揚していたこともあり、ルーカス自身が驚くほど言葉が口から滑り落ちてきた。


 

 今日も努力家で真面目なルーカスは好きな女子と話すという一大イベントにおいて、失敗しないよう頭の中で何度もシミュレーションを行なって来たのだが、それはあくまで記憶の中のミレーヌに対してだ。

 本物の威力というものは、想定以上に凄まじい。


(目の前に座り此方を見つめるミレーヌ嬢は、記憶の中よりずっと美しく可憐で可愛いすぎるしかも俺を見て笑ってくれているとか何だこれは夢じゃないのか誰か俺を殴って正気に戻してくれ頼む……っ!!)


 ポーカーフェイスの裏側で、ルーカスは相当取り乱していた。


 ミレーヌがどうしたのかと首を傾げ、髪が僅かに風に靡くだけで周囲に桃色の花弁が舞い散る錯覚に陥る。

 彼女の瞬きひとつで、心臓が止まりそうなほどに苦しい。


 もう、完全に病気である。

 それも医者に治すことが出来ないタチの悪いものである反面、このまま彼女を眺めているだけで3日は飲まず食わずでいけそうなほどの活力にもなる。



 ルーカスは自分が如何に往生際が悪いかを自覚している。

 これから話す事は、しつこいと迷惑がられたり、はたまた怖がられたり嫌がられたりするかもしれない。

 彼女がどう反応するのかを考えると、心が怖気付いてしまいそうになる。

 しかし、同僚のデジレに背中を押されただけでなく、ナタリアのバックアップまでも受けているこの機会を無碍にするわけにはいかない。



「ミッ、ミレーヌ嬢!」

「はい?」

「改めて、話があるのだが……っ。き、聞いて、もらえるだろうか!」

「はい」



(もう「はい」の返事だけで可愛い声も可愛い全てが堪らなく可愛らしい……っ!!なんだこれは夢か奇跡か……っ!!)


 

 先ほどから全く本題に入れていないにも関わらず、ルーカスは既にダウン寸前になっていた。

 数度、深呼吸を繰り返し、押し寄せる可愛いを瞳を閉じて遮断する。


 心頭滅却。騎士ならば、本質を見極め、むやみに心を動かさず、常に冷静に……!



「ルーカス様?」

「!!」



 名を呼ばれて瞳を開けた途端に可愛いが流れ込んできた。



(俺は、もう、ダメだ……)


 ルーカスは己のあまりの未熟さに、固く握った拳を膝に打ち付けた。



 




 

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