全部誤解です②
今日はカーライル侯爵家主催の夜会である。
煌びやかな男女が集まる中にナタリア・カーライルは親友ミレーヌの姿を見つけた。ナタリアは隣にいた自身の婚約者へ断りを入れてからひとりミレーヌの側へと向かう。
「ミッちゃん!」
「ナッちゃん!」
声をかけると美しい淑女が弾けるような笑顔を見せた。滑らかな金系の髪を繊細に編み込んで、整った目鼻立ちは人形のようでとても愛らしい。光を集めたような銀色の生地に深いブルーの糸で細やかな刺繍が施された上品なドレスは彼女の透けるような白い肌をより美しく魅せていた。
(ああ、今日も親友が尊いっ!)
ナタリアは彼女の手を取って悶えそうな衝動を再会を喜ぶ形で誤魔化した。
「ミッちゃん、会えて嬉しいわ!きてくれたのね!」
「ええ、勿論よ。今日を楽しみにしていたもの。お招きありがとう」
ミレーヌが、ふふふと微笑めば周囲に花弁が舞う幻想さえ浮かんでくる。ナタリアは学生時代にミレーヌと学園で出会い、思い切って声をかけて良かったと今も思っている。ミレーヌはナタリアにとって『親友』であり『推し』なのだ。
そんなミレーヌの横には今日も今日とて彼女の義弟クラウドが当たり前の顔をしてそこにいた。
ミレーヌはその距離感に慣れてしまっているのか気付いていないのか、クラウドは夜会では番犬よろしく常に姉の側を離れず、時に婚約者のように彼女の肩や腰を抱き寄せる事もある。
義理の姉弟であることはクラウドを嫌う義母の態度から周知の事実で、適齢期でありながらもお互いに婚約者を持たない為その関係を怪しまれることも多いのだ。
クラウドはどうなろうと構わない。アイツは確信犯で悪い噂が立とうとも自業自得なのだから。
でもミレーヌは違う。どこかおっとりしていて悪意に疎いところがある。純粋に義弟を心配し大切に思う優しい姉なのに不本意な噂で婚期が遅れるなどあってはならないとナタリアは思っている。
今日の夜会はチャンスだった。
クラウドに従姉妹を任せている間に、ミレーヌに素敵な男性との出会いを果たしてもらうのだ。
見目麗しく心優しいミレーヌに話しかけたいと思っていた男達は多い。ナタリアは実際、ミレーヌの親友として仲を取り持ってもらえないかと相談を受けたことも多々あった。本来ミレーヌはとてもモテているのだ、クラウドさえいなければ。
そんなミレーヌに想いを燻らせている男性の中からナタリアがこれだと思う相手を今日はこの場に呼んでいる。お節介だと言われようともミレーヌには幸せになってもらいたい。出来れば同じ時期に結婚して同じ時期に子供を産んでお互いの子供同士が男女なら結婚させるのがナタリアの夢だ。
「ナタリア嬢、こんばんは。素敵な夜ですね」
「あらクラウド様。こんばんは、貴方も来てくれてありがとう」
お互いににっこりと人好きのする顔で挨拶を交わしているが、クラウドからは何故か敵意のようなものを感じた。最近ミレーヌと考えたお互いの風変わりなニックネーム「ミッちゃんナッちゃん」が気に入らなかったのだろうか。それともナタリアがクラウドに従姉妹を紹介しようとしていること?まあ、なんにせよ姉に自分の色のドレスを纏わせて周りを牽制するようなゲスい男に怯むナタリアではない。
「そうそう、ミッちゃんから話は聞いた?早速、従姉妹のアリアナを紹介したいのだけど」
「ええ、話は先ほど馬車の中で伺いました。しかし会場入りしてすぐだなんてアリアナ嬢も気負ってしまうのでは?恥ずかしがり屋の妖精に事を急いてはいけません。雰囲気に慣れるまでは女性同士、姉代わりのナタリア嬢がそばに居るのが安心でしょう。私も長い時間、姉をひとりにするわけにはいきませんから」
鋭利な冷たさを孕んだ綺麗な顔で丁寧に気遣うそぶりを見せながら、言外に『最初から最後までなんてミレーヌとの時間が減るから無理。少しくらいなら相手してやるけど後はそっちでなんとかして』と言われているのがよくわかる。ナタリアは扇子でヒクリと痙攣らせた口端を隠した。
「あらクラウド。何を言っているの」
そんな中、空気を読まずに声を上げたのはミレーヌだ。そのキョトンとした顔が大変可愛いらしく抗議の声を上げられた当のクラウドは途端に相好を崩した。どこから見てもデレッデレである。
「なあに姉さん」
「私の事は放って置いてくれていいのよ。それよりアリアナ様だわ。確かに慕っているナタリアなら安心でしょうけれどそれでは何も変わらないもの。貴族であれば社交は避けて通れないのだから早く場に慣れるのに越した事はないわ」
義弟によって社交の殆どを阻まれてしまっている自覚のない姉が、得意気に先輩風を吹かせてクラウドを諫めると、クラウドは困ったように眉を下げてミレーヌの腰をそっと引き寄せた。
「でも姉さんもひとりじゃ危ないよ。悪い男が近寄ってきたらどうするの」
1番たちが悪いお前が言うな、とナタリアは思った。
なんなら思わず「ハッ」と鼻で笑ってしまったがクラウドはナタリアを綺麗に無視した。
「大丈夫よ、私はモテないもの。今まで誰にも声をかけられたことがないのよ」
それもこれもクラウドのやり過ぎなまでの牽制のせいなのだが、少し悲し気に肩を竦めたミレーヌをクラウドは慈愛の表情を浮かべて見つめて、更に抱き込むように両腕でミレーヌの腰を引き寄せた。
「姉さんには俺がいるでしょう。ここにいるどの男より姉さんを愛してるよ。それじゃ不満?」
「だからそういうことじゃないのよ」
「…愛してるよ、本当に」
「も…もうっ!だからそれやめて!」
(おいおいこの腐れシスコン野郎。お前いい加減にせぇよ)
薄く微笑みを浮かべて傍観者と成り果てているナタリアのこめかみには血管が浮かびはじめた。
思った以上に事態は深刻である。刻一刻と、腐れシスコン野郎もといクラウドは驚くべきスピードでシスコンを悪化させている。次会った時は公衆の面前でミレーヌを押し倒すかもしれない。いや、奴はそのくらい平気でやるだろう。
ナタリアは少しだけこんなヤバい奴に自分の従姉妹を紹介していいものかと思い直しそうになったが、よく考えてみたら従姉妹のアリアナも相当なものだった。
見た目は小柄で庇護欲をそそる美少女だが、その実、今年社交界デビューしたとは思えないほど奔放なのである。あの手この手で男を誑かし学生時代は学園でちょっとしたハーレムを築いていたらしい。
実家である子爵家は彼女に手を焼いており、アリアナの男好きが社交界に広がる前になんとか結婚させてしまいたい…と相談されるほど。そんなジャジャ馬なら、もしかしたら腐れシスコン野郎を落とせるかもしれない。
ナタリアは従姉妹の魔性に賭けることにした。
今のところアリアナもゲーム感覚でノリノリだ。性格に難はあれどクラウドはその美形でも有名なので、話を持ちかけた時アリアナは「相手にとって不足なし」と悪い顔をしてニヤリと笑っていた。
あんたらお似合いだよ、とナタリアは思った。