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全部誤解です。  作者: 雪成
蛇足
13/33

(8)可愛いは正義



(ミレーヌ様は、本当にナタリアお姉様が言っていた通りの方だわ。これは、心配ね…)



 アリアナは表面上は「嬉しいっ!」と弾けるような笑顔を見せながら、内心ではミレーヌの素直すぎる性格を目の当たりにして困惑していた。


 数々の男性を虜にしてきたアリアナにとって人心操作はお手の物だが、こんなに簡単に相手を信用し受け入れてしまう人間はほとんどいなかった。色恋の絡む異性ならまだしも同性なら尚更だ。


 貴族ならそれなりに相手の腹を探るのは当たり前で、本音と建前をうまく使い分け、言葉も態度も湾曲していたりする。

 しかしミレーヌは、どう見ても言葉と態度が直結していた。

 突然現れたアリアナに分かりやすく狼狽たり、少し縋れば優しく受け入れてくれて、甘えると嬉しそうに笑う。

 この次の言動が予測しやすい素直さは、時に足の引っ張り合いにもなる貴族としては致命的だ。



(ナタリアお姉様が心配するのも当然だわ。貴族としてミレーヌ様はとても不安だもの。けれど、何故かほっこりさせられて、いつの間にかこっちまで腹を割って本当の事を話してしまいそうになるから気をつけなくちゃ……私だって、危うい橋を渡っているのだから)



 アリアナは、クラウドとどうこうなるつもりはないし、二度と会うつもりもない。

 このままミレーヌには勘違いをさせて、自分は守備良く結婚を機に隣国へ逃亡を図ろうと思っている。

 ちなみにアリアナの辞書に《失恋》の文字はないため、相手に振られることは想定していない。


 それに、ただ挨拶に来て、ミレーヌと仲良くなりたいと言っただけでアリアナは何も嘘はついていない。

 結婚についてそれとなく誤解させるような言い方はしたかもしれないが、相手がクラウドとは一言も言っていないのだ。


 アリアナがナタリアに頼まれたのは、ミレーヌがクラウドの強引さに押し負けてしまわないように心の枷となること。

 ミレーヌならきっとアリアナに遠慮してクラウドを受け入れないだろうとはナタリアの言葉だ。

 そんなに上手くいくだろうかと疑っていたが、実際にミレーヌと話をしてみると『成る程』と納得してしまえるほどのお人好しだった。

 勿論、こんな子供騙しなどバレるのは想定済みで時間の問題なのだが、時間さえ稼げればあとはナタリアがなんとかすると言っていたし、クラウドにバレてもアリアナに被害が及ばないよう全面的に責任を取るとまで約束してくれている。

 本当かどうかはわからないが、ご褒美を手に入れるためには信じるしかない。


(全く、ナタリアお姉様はお節介よね。他人の色恋なんて放っておけば良いものを。本当にミレーヌ様がお好きなんだから)


 ナタリアに友人は多いけれど、親友と呼べるほど親しい間柄なのはきっとミレーヌだけだ。

 いつも堂々と背筋を伸ばし、大輪の薔薇と称されるほどの圧倒な存在感を放つナタリアが、ミレーヌの前では年相応の少女のような笑顔を浮かべてお互いに可笑しなニックネームで呼び合い、何が面白いのかキャッキャとはしゃいでいる姿は他では決して見ることができない。

 アリアナは、同性が憧れる女帝のような従姉妹が自慢だったが、今ではそんな少し砕けたナタリアも悪くないと思う。

 出来ればこれからもそうあって欲しいと願う程度には、確かに親しみも感じているのだ。



(……まあ、ご褒美もあるし、ちゃんとやってあげるわよ。その代わりこれが上手く行ったら、今度2人のお茶会に私も混ぜてもらうんだから! 別に羨ましいわけじゃないけどね!?)



 本音を見せられる同性の友人がいないアリアナにとって、ナタリアとミレーヌの関係は少しだけ眩しかった。



※※※



 ミレーヌとアリアナは、しばらくの間お喋りを楽しんだ。

 ミレーヌにとってナタリア以外の友人がうちに遊びに来る事など初めてのことだ。

 いつもより饒舌になり、同性同士らしくお洒落や流行りのスイーツ、人気の観劇などについて盛り上がった。

 ちなみに、クラウドの話は冒頭以外全く出てこなかった。お互い、なんとなく避けていたのかも知れない。


 さてそろそろ、という時間になり、アリアナはミレーヌに縋るような瞳を向けた。


「ミレーヌお姉様、今日ここに私が来たことはクラウド様には内緒にして頂きたいのです」

「え? どうして?」

「本来このような行いは、はしたないと思われて仕方ないことだとわかっているのです。クラウド様だけでなく、きっと両親にも叱られてしまいます。でも、私、どうしてもミレーヌお姉様と仲良くなりたくて……」

「アリアナ様…」

「私、子供みたいですよね。我慢ができないなんて、恥ずかしいです……」



 ミレーヌの胸はトゥンク…と高鳴った。

 確かにアリアナの行動は褒められたものではなかったかもしれない。

 しかし、こんなに可愛らしい女性に自分に会いたくて我慢ができなかったなどと言われれば礼儀なんてどうだって良いと思えてくる。

 そう、可愛いは正義なのだ。


「そんなことないわ、大丈夫よ。今日の事は誰にも言わないから」

「本当ですか?」

「ふふ。ええ、約束するわ。二人だけの秘密ね?」


 アリアナは「良かった」とホッと息を吐いて、頬を緩めた。


「今度は失敗しないようにしなきゃ。ちゃんと先にお手紙をお送りします。だからミレーヌお姉様、またたくさんお話してくださいね」

「ええ、もちろん」


 ミレーヌは淡く微笑み返す。

 なぜ手紙が届かなかったのかはわからないが、その手違いのおかげでこうしてアリアナとの距離が縮まり、仲良くなれたのだ。結果オーライである。


 アリアナは終始ニコニコと笑顔を浮かべて帰っていった。





 残された部屋の中で、ミレーヌは側に控えていた家令にチラリと視線を向ける。


「……さて、ディエゴ。聞いていたでしょうけれど、今日の事はクラウドには言わないでね。女の子同士の約束なの」

「……しかし、お嬢様」

「お願いよディエゴ。これはクラウドの幸せのためでもあるのよ? 貴方のお仕事は理解しているけれど、迷惑はかけないから。クラウドに叱られることがないように私が責任を取るわ。だから、ね? いいでしょう?」


 ね? とミレーヌが胸の前で両掌を組んでディエゴの瞳を覗き込むように首を傾げると、一度グッと言葉を詰まらせたディエゴが、細く息を吐くように「……かしこまりました」と了承の意を示してくれた。



「ありがとう! ディエゴ大好きよ」

「…ぐっ…、光栄で、ございます。が、お嬢様、その様に両手を掲げるのは淑女として」

「ふふっ、ごめんなさい」


 両手を挙げて子供の様に喜べば、すぐさま眉を寄せた家令に注意されてしまったが、幼い頃からよく知るディエゴのお小言を遮って戯けたように口だけの謝罪をしたミレーヌは侍女と共に上機嫌で部屋へと戻っていった。






「ちょっと…ディエゴ様……ズルくないですか?」


 ミレーヌが居なくなった応接間で、部屋の隅に控えていたメイドのひとりがボソリと呟いた。


「自分だけお嬢様に好きって言われて何照れてんすか」


 扉前にいた侍従は、家令に向けて冷ややかな目を向けた。続けて、茶器を片付けているメイドも加わる。


「いつもはお嬢様を甘やかすなと言っておきながら、ジジイこの野郎」

「職権濫用反対。俺も好きって言われたいっす」

「クラウド様に言い付けたいけどお嬢様が内緒っていうから言えないわ」

「でもクラウド様が知ったら、ディエゴ様でも即日失職するんじゃないですか?」

「お嬢様に好きと言われた罪」

「明日蝋人形にされてたらウケる」


 独り言のような呟きを其々に零していた使用人達だが、段々と徒党を組み始めた。共通の敵は、ミレーヌにひとりだけ好意を向けられた上司である。


「う、うるさい…! 下らん事を言ってないで早く仕事に戻らんか!」


 ディエゴの喝に、部下達は納得のいかない顔をしながら各々の仕事に散って行った。


 普段は部下からの信頼も厚く、たとえ主人であろうと場合によっては進言も厭わないベテラン家令であるディエゴ。

 そんな彼が最も弱いのはこの屋敷の令嬢、ミレーヌである。

 しかし、ディエゴに限らずミレーヌが幼い頃より両手を顔の前で合わせて甘えるように《お願い》をされて断れる使用人はこの伯爵邸にはいない。


「全く、私とした事が」


 誰いなくなった応接間で、ディエゴは早くもミレーヌのお願いを受け入れてしまった事を悔やみ独り言ちた。


 あのアリアナという子爵令嬢は、一見、幼く小動物のような可愛らしい容姿をしているが、それを自身でよく理解しており巧みに利用しているようにも見えた。

 本当にミレーヌと親しくなりたかっただけなのか、それとも何かを隠しているのか。


 クラウドが知ったなら、相手が誰であろうとミレーヌと親しくすることを許しはしないだろう。幼い頃からそうして自分以外の人間をミレーヌに近づけさせなかったのだから。


 長年伯爵家に仕えているディエゴは、幼いクラウドが屋敷で孤立していた際に、ミレーヌに救われていた事を知っている。

 当時のディエゴはクラウドを気に掛けてはいたが、クラウド自身が徐々に心を閉ざし周囲を一切信用しなくなってしまっていた。

 そこに、心の扉をこじ開けて土足で入り込み、しつこく絡んで居座って、結果時間をかけて癒していったのはミレーヌだ。

 ミレーヌの持ち前の素直な性格と子供ながらの無邪気さがなければ、それを成し遂げることは出来なかったであろう。


 クラウドにとってミレーヌが特別な存在であることをよく理解しているディエゴは、クラウドが抱く異常なほどの執着や独占欲を黙認してはきたが、本心としてはやり過ぎだとも感じていた。

 職務に私情を挟んではならないと常々思ってはいるが、自身の仕える伯爵家の大切な令嬢が、友人ひとつ満足に選べずにいるのはどうなのか。

 同じ年頃の子供達に原因も分からず遠巻きにされる孤独な心を、ミレーヌは無意識ではあるが本の世界にのめり込む事で慰めてきたのだ。

 孤独から義弟を救い出した本人が、今度は義弟から孤独を与えられている。


 ディエゴはミレーヌだけに肩入れするつもりはないが、その不自由さを自覚することさえ出来ぬまま檻に囚われてしまった憐れな少女に、確かに同情もしていた。


(お嬢様の様子は、私がよく見ておかなくては。面倒なことにならなければいいが……)




 一抹の迷いを抱えながらも、ディエゴはミレーヌとの約束通りこの件をクラウドに報告することはなかった。



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