青春(惨劇)の前振り
高校2年の始業式が始まる2週間前。
帰宅部の俺は堕落した春休み生活を送っていた。
引きこもってないでアルバイトくらいしろよ、と言いたくなるのも分かる。
だが、俺の学校ではバイトするには学校側の許可が必要なのだ。
決してめんどくさくて申請しなかった訳では無い。
高1の頃に1度だけ申請した事がある。
あのバカに手伝って貰って、ありもしないデタラメな家庭の状況を申請書に書いて提出したけれども、バイトの許可以前に緊急の3者面談が行われたのだった。
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「お母様、お忙しい所来て頂いてありがとうございます。私、匠君の担任をさせて頂いております、黒崎と申します。 先日は急なお電話すみませんでした」
担任の黒崎先生は控えめな人で怒った姿も見た事も無い。クラスからは「クロちゃん先生」と呼ばれており信頼も厚い。
「いえいえ〜。黒崎先生こそこんなバカ息子の為に時間を割いて頂きありがとうございます!
確か、進路についての面談と匠からは聞いてますが?」
「あっ、進路というかなんと言いますか、アルバイト申請についてですね、お聞きしたい事が、、」
「母さん、先生ごめん!ちょ、ちょっとお腹痛くてさトイレ行ってくるから先に話進めといてくんない?」
そう言って席を立とうとした時、
母さんは優しくポンと俺の肩を叩いた。
「初耳なんだけど?」
この人の子供だから当然知っている。この顔はダメだ。他人から見れば優しく微笑んでいる顔だが、
完全にキレている。
この人は隠し事がとても嫌いなのだ。
怒らないから素直に言いなさいと優しく言われ
喋ったら喋ったで結局ブチギレられるアレと一緒。
俺は無言で軽く浮かした腰を下ろし、
下を向いて「先生、話の続きをお願いします」
と覚悟を決めた。
今更言い訳したってもう手遅れなのだから。
「それでですね、、お母様。
当校ではアルバイトをする際、申請書が必要となっておりまして、匠君は申請書を書いてきてはくれたのですが、内容が少しですね、、、」
そう言って先生から母さんの手に申請書が手渡された。
「まずは申請理由ですが、母が会社をクビになってしまいバーチャル配信者?になると言い出したので家庭を支える為に申請しました。 と記載されているのですが・・・」
「いえ、現役の公務員です。」
「はぁ。じ、じゃあ次にアルバイトで稼いだ給料の使用目的ですが、バイト代は全て愛する嫁のななこたんに投げ銭を」
「先生!!・・何でも言う事聞くので勘弁してくれませんか?」
ちょっと待ってくれ、黒崎先生。
あんたもしかしてドSか??隠れサドなのか?
紙を見れば分かる事を口に出してまで言う必要は無いだろ!?
ていうか恭介の野郎、俺に任せろとか言っておきながらクソみたいな事書きやがって!あいつを信頼した俺がバカだった。
「先生。ご迷惑をおかけしてすみません。後で言って聞かせますので。」
「いや、実は私もアルバイトに関しては肯定派な訳でしてね。申請書さえ出してくれれば何だってよかったのですが、あまりにも内容がアレだったので、担当の教育指導部から怒られまして・・・」
そりゃあ怒られるよ。舐め腐ってるもの。
その後は母さんと一緒に深々と頭を下げて
教室を後にした。
家に着くまでの道中はまさしく地獄の様な時間で
その日から1週間、我が家の食卓は俺だけ白米とサバ缶と醤油のみというある意味虐待的な罰を受けたのだった。
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思い出すだけであの男をぶっ殺したくなる。
まぁそんな事は置いといてだ。
この貴重な春休み。俺の財布には500円しかない。
今時の小学生でも1000円は財布の中に入ってると聞く。俺に彼女がいたとして、「今日どこいくー?」
と聞かれて、「今日は隣町の駄菓子屋に行こうか!あそこのゴールデンチョコレートの当たりは100円が出る確率が高いんだ!」なんてどんなイケメン・イケボが答えてもドン引きされるに決まっている。 実にまずい。
ふとスマホを見ると着信が入っていた。
恭介からだった。噂をすれば何とやら、まぁほぼほぼ独り言の様なものだけれど。というより、あの男からの電話というのはかなり珍しい。あいつだけは何故かアルバイトの申請書が通ったらしく、この春休みはバイト漬けらしいのだ。
まぁ、あの時のお詫びとして飯ぐらい奢ってもらうか。
この時の俺は、あの男に電話をかけたせいで
あの様な惨劇に巻き込まれる事を知らなかったのだ。大人になって思い返せばそれを青春と捉える事も出来るかもしれない。
空白の5年。それを埋める様な高校生活を送る事になるのだった。