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70.リーゼロッテは帰りたい

 王城からの帰り道、憂鬱な表情のリーゼロッテは馬車に揺られていた。


 本当なら一刻も早くハイベルク家に帰りたかったが、既にコルドゥラが御者を急かした後だ。


 もう十分すぎるほどのスピードが出ている。


 これ以上速度を出すのは、車体が揺れて話すことすら危なくなるだろう。


「…………」


 リーゼロッテはコルドゥラの方にちらりと目をやった。


 薄い赤毛をぴっちりとまとめ、女性にしては切れ長の瞳が彼女の几帳面な性格を表している。


 無表情で、無感情。


 一体なにを考えているのか分からないが、ディートリンデに付き従っている割には、彼女に対しても非常に冷めた目を向けていたのをよく覚えている。


(門番の兵士たちと、なにを話していたのかしら……)


 門での出来事を思い出す。


 王城に着いて早々、「私にお任せを」とコルドゥラは颯爽と馬車を飛び降りると、門番に話しかけた。


 話の内容は全く聞こえなかったが、彼女が懐から何かを出したときに門番が慌てた表情を見せた。


 慌ただしく門番のひとりが王城の中に入ったところを見ると、単に「来る途中、王太子の婚約者が体調不良になったのでこのまま帰らせてもらう」という内容ではなさそうだ。


(コルドゥラって……よく考えてみたら不思議な人)


 彼女がハイベルク家に雇われたのはいつだったか。


 いつの間にか屋敷にいて、評価され、嬢付きメイドの地位に収まっていた。


 私的なことを一切排除した優秀なメイド──。


「…………様、リーゼロッテ様」


 その彼女が、ずっとリーゼロッテを呼んでいるのを気づかなかった。


「先ほどからずっと、私を見ていらっしゃるようですが、何か御用でございますか?」


 コルドゥラはその切れ長な瞳を静かに向けている。


「あ、いいえ、違います。すみません、じっと見てしまって」


「いいえ。私はどうも感情が表に出ないようなので、変な表情をしていてもお気になさらないでください」


 コルドゥラの物言いがどこか気遣いのように感じられて、リーゼロッテは微笑ましく笑う。


「……なにか」


「いえ、コルドゥラが自分のことを喋っているところをあまり見たことがなくて」


「……そうですね」


 あまりに不躾だったか、とも思ったが、コルドゥラは相変わらず冷静な表情を彼女に向けていた。


 こちらを窺うような、値踏みするような目とも違う。


 ひどく客観的に観察し、評価する目に見える。


「……聞いてもいいですか?」


「どうぞ」


 ゆっくりと頷いた彼女に、リーゼロッテはおずおずと口を開く。


「先程、門番にはなにを言ったのですか? とても慌てていたように思えて……」


「…………」


 珍しく逡巡するように黙ったコルドゥラに、リーゼロッテは慌てて首を横に振った。


「あ、言いたくなかったらいいのです。こうして早く帰れるのはコルドゥラのおかげなのですから」


「……いえ」


 彼女の様子に、コルドゥラは口端を微かに上げると居住まいを正した。


「……リーゼロッテ様は、おそらく、儀式の身代わりにされたのだと思います」


「儀式……?」


「ご存知ありませんか? 創環の儀……王族との婚姻時に行われる儀式です」


「魔力で指輪を作るというあの……?」


 頷くコルドゥラは、さらに話を進める。


「これはとある情報筋からの話ですが……創環の儀が失敗したようです」


「え……?」


(失敗……? でも儀式は行われたって……だからユリウス様との婚約も進められるという話だったはずでは……)


 混乱するリーゼロッテをよそに、深く頷いたコルドゥラは声を低くした。


「なんでも、ディートリンデ様の魔力が発動しなかったためと。王太子殿下は何度かやれば成功するだろうとディートリンデ様を呼び出し続けております」


「で、でも……魔力が……」


 リーゼロッテは口を噤んだ。


(ディートリンデは炎の魔力を失ったということ……?)


 大事な場面で魔力が発動しない、ということは魔力を失ったと考えるのが普通だろう。


 しかし、彼女は学院でも成績上位に入るほどの魔力を持っていたはず。


 それがたったひと月ほどで消えるなどそれこそ前例がない。


 しかも、魔力を失った人間が再び魔力を取り戻したという話は聞いたことがなかった。


「……おそらく、王太子殿下も分かっておいででしょう」


「……酷い……」


(なんて酷いことを……)


 顔面蒼白になるリーゼロッテを、コルドゥラは少々目を丸くしながら見つめていた。


 ハイベルク家でのリーゼロッテの境遇は、彼女もよく知っている。


 惨めな扱いをされる原因に、彼女の主人であるディートリンデが中心にいることも。


 コルドゥラがリーゼロッテの立場なら、ディートリンデが王太子にできないことを強要されていると聞き、胸がすく思いだっただろう。


 しかし、当の本人は王太子からの仕打ちに恐怖し、本気でディートリンデに同情していた。


 数度瞬いたコルドゥラは、気を取り直して話を続ける。


「……追い詰められていたディートリンデ様は、リーゼロッテ様に指輪を作らせようとしたのです」


「でも、偽物だとわかればどんな目に合うか……」


「ええ、王族を騙すなどそれこそ罪に問われます。そもそも魔力を見れば別人だとすぐわかると、ご存知のはずですが……」


「……」


 リーゼロッテは思い返していた。


 確かに、一緒に出かけようと言われたとき、彼女に違和感を感じていた。


 妙な焦りを感じるな、とも思っていた。


 それが全て、フリッツの仕打ちのせいならば合点がいく。


「ですが、しばらくディートリンデ様は城に呼ばれません」


「え?」


「大丈夫です。今回のようなことはもうございません。ご安心を」


 コルドゥラはそう言うと、彼女に向けていた身体を戻し、深く椅子に腰掛けた。


 まるでそれ以上は深く聞くな、と言わんばかりの態度だ。


「……ありがとうございます」


「いえ」


 礼を言うも、短く返される。


 取り付く島もないというのは、こういうことを言うのだろう。


 しかし、いくつかすっきりしないことがある。


「あの……」


 リーゼロッテは一度深呼吸をすると、コルドゥラをまっすぐ見つめた。


「……コルドゥラは、どうしてそこまで王城の内情に詳しいのでしょうか? それに、儀式の内容や結果まで……とても一伯爵家の使用人とは思えません」


 一瞬、コルドゥラの纏う空気がヒリヒリしたものに変わり、リーゼロッテは踏み込んではいけない部分に踏み込んでしまったと身体を縮こませる。


 しかし、すぐにいつものコルドゥラに戻り、なんてことはない口調で言い放った。


「……私はさるお方の命でここにいます。それ以上は言えませんし、聞いてはなりませんよ」


 人差し指を口に当てると、彼女は小さく礼をした。


 彼女の正体を知ってしまったら、どうなるのかは分からない。


 おそらくコルドゥラの背後には、伯爵家の人間でさえどうにかできてしまう人物がいるのだろう。


 あまり詮索はすべきではない。


 彼女は今のところ、敵ではないのだ。


 自ら敵に回るようなことは控えた方がいいだろう。


「……わかりました。ではあとひとつ、いいですか?」


 なおも食い下がろうとするリーゼロッテに、コルドゥラは僅かに眉を動かした。


「どうして、私の言うことを信じてくれたのでしょう?」


 予想に反した質問に、コルドゥラは言葉に詰まった。


 ある意味、こちらの質問の方が答えたくない質問かもしれない。


 コルドゥラは努めて冷静に見えるよう、目を瞑る。


「……ディートリンデ様は私の名を呼んだことはございません。私のことは信用ならないとお思いなのでしょう」


「……そう、なのですか……」


「そんな気落ちしないでください。いつものことですので」


 明らかにトーンが落ちたリーゼロッテの声に、コルドゥラは申し訳なさそうに首を振った。


 信用ならない、とコルドゥラは言ったが、それは違う。


 そもそもディートリンデはダクマーを「口が気に入らない」という理由でわざわざ人員変更をしたのだ。


 信用されていない、気に入られていないのならば、早々にコルドゥラも別の配置についていたことだろう。


 しかし、それを説明する前に馬車がハイベルク家の門をくぐった。


「……もう着きますね。今回のことは私が誤魔化しておきますので、お気になさらずに」


 機械的に言うと、コルドゥラはいつも通りただ一点を見つめ、()()()の邪魔にならないよう気配を殺した。

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