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69.お姉様は騙せない

 ユリウスは大きくため息をついた。


 食後、部屋に戻ったユリウスは水晶を通しエルに「街道が塞がれた。滞在が長引く」と連絡した。


 彼女に関しては心配はない。


 彼の頭をもたげているのは当然、ヘンドリックのことだった。


(滞在は許可されたが、あれでは取りつく島もないな)


 早朝、庭を散歩したのは調査も兼ねてだ。


 この屋敷には何かがある。


 従者からユリウスが散歩していたことを聞いて詰め寄っていたことからも、それが窺える。


 彼自身が思うように動けないのであれば、イーヴォに、と思ったが、亜人の彼はある意味ユリウスよりも目立つ。


 アンゼルムが適任だろうが、ほぼ毎日見習い騎士の仕事がある。


 リーゼロッテがいる間だけ、寮からではなく自宅から通いにさせてもらっているようだが、それでも負担が大きいだろう。


 ならばユリウスが動くしかないのだが、少し出歩くだけでも使用人の気配がちらつく上、立ち入りを禁止されてしまうことが度々あった。


(まるで監視だな。実際そうなのだろうが)


 彼がヘンドリックの隠し事を暴く必要はない。


 しかし、急に婚約しない、と言い出した理由すら曖昧に隠されている。


 同じように隠されている二つはどこかで繋がっているように、彼には思えた。


「気のせい、ならばいいのだが……」


 もう一度、大きくため息をついた彼の耳に、やけにはっきりとしたノックが聞こえた。


「ユリウス様、いますか? リーゼロッテです」


 扉の奥にリーゼロッテらしき鈴やかな声が小さく聞こえた。


(……今日は姉と出かけると言っていたが……)


 彼女がそう言ってきたのは朝食後だ。


 あの姉と出かけるなどやめておけ、と言いたかった。


 しかし、彼女の瞳に強い決意が宿っていたために、引き止めることはしなかった。


(出かけるのをやめた、にしては妙だな……)


 声はリーゼロッテそのものだ。


 しかし、いつもの彼女らしからぬ妙な言い回しが気になり、彼は立てかけていた剣を手に取る。


 眉をひそめ警戒しつつも、「開いている。入ってくれ」とユリウスは彼女を招き入れた。













「ユリウス様、会いたかった」


 ユリウスに促された()()()()()()()は、嬉々として扉を開いた。


 リーゼロッテが着ていた白のワンピースに、髪型はハーフアップ。


 深海色に煌くバレッタは手に入らなかったが、どこからどう見てもリーゼロッテそのものだ。


 リーゼロッテを騙し、王城への馬車に乗せたのは理由がある。


 ひとつは、魔力のないディートリンデに代わって創環の儀をこなしてもらうため。


 あの失敗の儀式から二度ほど儀式をやり直したが、いずれも失敗だった。


 彼女が執心しているフリッツや、目の敵にしているマリーの前で失敗するという屈辱にはもう耐えられない。


 ディートリンデにはもう後がない。


「次、指輪が作れなければ婚約解消だ」と言われているのだ。


 それこそ、魔力の色を見られたら成功しようが失敗しようが替え玉がバレてしまう可能性が高い、ということを考えられないほどに追い詰められ、短絡的になっていた。


 そしてもう一つの理由は、ユリウスだ。


 彼女はユリウスとは初対面だ。


 食事会で彼と初めて会った時、ディートリンデは舌を巻いた。


(あんなにかっこいいならわざわざリーゼロッテが犯人だ、なんて言わなくても良かったじゃないのよ。なによ、『婚約者候補すら追い出すほど若い女性が嫌いな男』じゃなかったの?)


 紫電の瞳に白い長髪、若々しくも堂々たる立ち振る舞い。


 そんな男が、自分より格下の妹と婚約したいと言っている。


 妹も満更でもなさそうで、食事会での雰囲気もまるで恋人同士のそれだった。


 王子に冷たくされ辱めを受けているディートリンデは、甘くむず痒く思春期の純愛のような酸っぱいムードを醸す彼らが酷く羨ましく、酷く憎くなった。


(本来の流れなら私がこの()()のところに追放されるはずだったのに……誰よ、『追放先で辛く苦しい日々を送る』なんて書いたの!)


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女には、妹の辿った道が許せない。


(……壊してやる……)


 しかしただ壊すのではない。


 この男を自分の虜にさせ、リーゼロッテを捨てさせるのだ。


 そうすればあの勘違いも甚だしい妹も、自信など全くなく影も薄い昔の妹に戻るだろう。


 ディートリンデはユリウスにすり寄り、リーゼロッテならこうするだろう、と上目遣いで顔を覗き込む。


(お父様でさえ見分けがつかないのよ? たかだかひと月ふた月一緒にいただけのこの男じゃ、当然分からないでしょうね)


 ディートリンデは薄い笑みを浮かべた。


 しかし、彼女の予想に反して、ユリウスは近付けば近付くほど一定の距離を保つように後退する。


 その表情は険しい。


 言葉一つ発さない彼に、ディートリンデは照れてるのね、と彼の身体に腕を回そうと手を伸ばした。


「離れろ。リーゼ……ロッテの名を騙る者よ」


「…………は?」


 ディートリンデの品のない間の抜けた声を聞き、ユリウスはさらに表情を厳しくさせる。


 聞き間違いかと思い、彼女は彼に近づこうと一歩踏み出した。


「聞こえなかったか? 離れろ、と言ったのだ……ディートリンデ嬢」


 今度ははっきりと言い当てられ、彼女は顔を引きつらせた。


「な……なにを……私はリーゼロッテよ。ユリウス様、なにを言ってるの?」


「……ディートリンデ嬢、嘘をついても無駄だ。私には全部筒抜けだ」


 ユリウスは一定の間合いを取りつつ、その手を剣にかける。


 タチの悪い冗談かと侮っていたディートリンデは顔を青くした。


(待って、意味がわからない……なんで? なんですぐ分かったの? 父親ですら見分けがつかないのよ? なんで……?)


「なにを……ユリウス様、婚約者と姉の違いも分からないの?」


「分かるからこそ言っている。それ以上寝言を宣うなら……」


 尚も悪あがきを続ける彼女に、ユリウスは勿体ぶった動作で鞘から剣を抜く。


 それを彼女の顔に突きつけると、


「問答無用で斬る」


 と低く鋭く言い放った。


 なぜ、と混乱するディートリンデの表情はユリウスからは見えない。


 彼の『直感』のなせる技だ。


 食事会の時から、彼女やその父の顔は真っ黒に塗りつぶされたようなどす黒いもやがかかり、声色で感情を判断するしかない状態だった。


 リーゼロッテからは『瓜二つの双子で大体の人は見分けがつかない』と聞いていたが、彼には一目瞭然だ。


 そしてなにより、口調が違う。


 リーゼロッテはユリウスに対しても常に敬語だ。


 想いが通じ合っても自分は奉公人だという態度を崩さない。


 そこが愛しくもありもどかしくもあるのだが──とユリウスは内心苦笑した。


 おそらくディートリンデは、一つ屋根の下に暮らし婚約するつもりなら相当親しいのだろうと、敬語を使わなかったのだろう。


 しかし、そんなカラクリを教えてやるほど、彼女に向ける優しさは持ち合わせていなかった。


 戦地で『白い悪魔』とも揶揄された冷酷な殺気が滲み出る。


 戦闘とは無縁の生活を送っていたディートリンデは、これにはたまらず身震いしながら後退った。


「た、他家で刃物沙汰はご法度ではっ……?!」


「構わん。リーゼロッテの名を騙り、私だけでなく彼女も(たばか)るような女は斬り捨てられて当然だ」


「なっ………! わ、私は王太子の婚約者よ?! 未来の王太子妃を傷付けたら、いくら辺境伯でもただじゃ済まないわよ!?」


 ディートリンデは焦りを顔に滲ませる。


 もはや自分がリーゼロッテだと名乗ったことさえ忘れるほどに、彼女はどうにかしてユリウスの剣を下げさせたかった。


 できるなら屈服させたかった。


 しかし、彼は表情一つ変えず答えた。


「彼女の尊厳を守れるのなら、辺境伯の地位などいつでもくれてやる。罪人の汚名も甘んじて受けよう。隣国との関係も良い方向に進んできている今、辺境を治められる人間など私以外でもいくらでもいるだろうからな」


 剣の鋒がディートリンデの首元にひたり、とついた。


 そのひやりとした感覚に、彼女はなにも言い返すことができない。


 少しでも動けば首が飛びそうな勢いだ。


 感じたこともない緊迫感に、彼女の顔に冷や汗が流れた。


 恐怖と怒りで染まった彼女の顔色はユリウスには見えないが、明らかに戦意喪失している彼女の様子に、彼は剣を下ろす。


 その瞬間、へたり込んだディートリンデに低い声で言い捨てた。


「……去れ。そして二度とこのような浅はかな企みなどするな」


 顎で扉を示すと、頷いた彼女は転げるように一目散に扉に向かった。


 彼女がノブに手をかけたその時、「ああそうだ」とユリウスは険のある声を上げる。


「見たところ、その服はリーゼロッテのものだな。返してもらおうか」


「な、何よ、これは貸してもらったのよ! 私がどう扱おうと勝手でしょ!」


「なるほど、借りたのなら、傷ひとつシミひとつ付けずきちんと返すことだな。さもなくば……」


 彼は再び剣をディートリンデに突きつける。


 小さな悲鳴が発せられたが、ユリウスはそんなものは聞こえない、とばかりに剣に力を込めたのが彼女には分かった。


「わ、分かったわよ……! 返せば、返せばいいんでしょ! 返せば!」


 投げやりに言い放った彼女は乱暴に扉を開けると、足早に出て行ってしまった。


「……本当に疲れる御仁だ……リーゼの姉だとは到底思えん……」


 剣を収めたユリウスは、目を瞑り大きくため息をついた。












「うーん……」


 王城の自室にいるテオは大きく伸びをした。


 机には水晶と、つい先程開封したばかりの手紙がある。


 流麗な文字で書かれた手紙は、彼が指を鳴らすとたちまち小さな炎を吐き出す。


 燃えカスひとつ残らず燃えた手紙の内容は、彼にとっては芳しくない内容だった。


(……やっぱり、()()にここに来てもらうしか方法はない、か……)


 テオは辺境での日々を思い返す。


 王城に戻って数日。


 執務に勤しむかたわら、テオは創環の儀が失敗したのではないかという噂を、女官たちが話しているのを耳にしている。


 理由は明白、成功したというのに未だ公式発表がなされていないこと。


 そして王太子の婚約者が未だに儀式の間に呼び出されていることだ。


 その婚約者が、彼の友人の想い人の姉だということはフリッツが聖女迫害を騒ぎ立てた時に知っている。


「……厄介なことになってないといいけど」


 彼は友人を気にかけるように独り言を言うと、ある人物と話をしようと水晶をつないだ。

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