59.少年伯は手放さない
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。
テオは勿体ぶるように一息つくと、声を落とした。
「何故、元伯爵は戦争の罪を自白したんだろうね。彼が自白してくれたことで事の真相が知れたくらいだ。黙っていれば分からなかったのに」
彼の言葉に、ユリウスは深く頷き同意した。
「それは私も気にはなっていた。最初は私と母を重ねたのかと思ったが、どうもしっくりこない」
「うん、調べさせてみたけど、彼はベアトリクス様よりむしろガイウス様とかなり親しかったそうじゃないか。あそこで名前が出るとしてもベアトリクス様は微妙かな、と」
テオの訝しむ声に、ユリウスは幼い頃の記憶を掘り起こす。
確かに、父ガイウスの友人が何人か訪ねてきてはいたが、そのうち数人は『直感』によって黒く塗りつぶされていたように思う。
その黒く見えたうちのひとりがリデル伯爵だったとしたら、ユリウスの記憶にないのも仕方がない。
そもそもそういった輩は母によって遠ざけられていた。
ユリウスの母はシュヴァルツシルト家の一人娘だった。
婿養子にと辺境騎士団の中で一番やり手で清廉潔白な貴族の次男、ガイウスが選ばれたのだが、彼の友人もまた清い人間だったかというと前述の通りだ。
(確か……辺境の平和についても言っていたな……?)
「…………まさか……」
平和、という単語にユリウスは一つの可能性が思い当たり、絶句した。
リデル伯爵が商売ついでとはいえ、本当に友人家族のためにと思っていた可能性である。
彼の計画が露呈する前に『直感』のあるベアトリクスに却下されたとしたら、彼女にこだわるのもわかる気がした。
(リデルは母に認めて欲しかったのではなかろうか……?)
それを却下され逆上し、友人夫婦を深く憎み戦争が引き起こされた。
彼は成功し、伯爵位にまで昇り詰めた。
しかし友を失い、だんだんと自暴自棄になった彼は、今度は友人のいないこの国を壊してしまおうと考えたのではないだろうか。
そこへやってきたユリウスに、母の面影を見た彼は再び十四年前の野望を実行しようと考えた。
もし、自白が良心の呵責などではなく、隣国の反乱分子を排除させ完全属国とし、辺境に平穏をもたらすためなのだとしたら──。
「まさか、な……」
ユリウスの背筋を、冷たいものが流れた。
もし彼の想像通りならば、結果的にリデル伯爵の思惑通りになってしまっている。
(目的は……自らを含めた隣国の膿を出し切ることでの母への復讐……)
ボニファーツなど目ではないほどに、相当自分勝手で、歪みきっているのではなかろうか。
想像通りであれば、手放しに喜んでいい話ではないだろう。
「……本当のところは彼も黙して語らないし、たとえ正解に辿り着いたとしてもああいう信念持って狂ってる人間はおいそれと頷かないだろうね」
ユリウスの表情に感じるところがあったのか、テオはそう言うと両膝に手をつき立ち上がった。
「じゃ、僕はそろそろ行くよ」
「……テオ……いや、テオドール様」
窓辺へと向かおうとする彼に、ユリウスは畏まって声をかける。
「此度の動乱、殿下のお力添えが無ければ鎮めることは出来ませんでした。改めて御礼申し上げます」
跪いた彼に、テオは少々うんざりした表情を浮かべため息をついた。
「ははっ。よしてよ……あ、いや待てよ。ならリーゼロッテさんを僕に」
「それは断る」
きっぱりと拒否したユリウスに、テオは心底愉快そうに笑った。
「ま、いいけどね。そうだ、彼女に力のことは言ってるの?」
「大体のことは……詳しくはまだ、だが」
「そう……時の聖女の話は王宮の禁書庫で見つけた文献に書かれていたことだから、あくまでも」
「他の者には口外禁止、だろう? 分かっている」
ユリウスは立ち上がり頷いた。
口外禁止でなくても、ユリウスは無関係の者に話す気はない。
ましてやリーゼロッテが時の聖女だとテオ以外の王族の耳にでも届けば、彼女は容赦なく聖殿に上げられてしまうだろう。
国のため、といえど一生を聖殿の中で過ごすなどさせたくなかった。
「ま、何年も少年化現象を秘匿してた君なら大丈夫か」
テオは微笑むと、意味ありげに人差し指を立てた。
「もうひとつ、今は口外禁止のことを教えてあげるよ。どうもマリーはハイベルク家を許したみたいだよ」
「許した? どういうことだ?」
「国王もそろそろ……だから諸々儀式を急がなければならないってところかな。そもそも迫害自体はあったにしても騒いでたのは王太子だけだし、マリーはそれに付き合わされてただけのようなものだからね」
「ということは……」
ユリウスの声に、テオは頷いた。
「リーゼロッテさんはひとまず、無罪放免というところかな。追放もそのうち解かれると思うよ」
「そうか……………」
ユリウスは考え込むように口元に手を当てた。
追放が解かれる。
それ自体は喜ばしいことだ。
しかしそれは同時に、彼女がユリウスの元で過ごす大義名分がなくなるという意味でもあった。
「……早いところ手を打った方がいいと思うなぁ。ハイベルク伯爵は思い立ったら行動が早いことで有名だし」
ユリウスの心の内を見越してか、テオは白々しくも人差し指を顎に当てる。
「ああ、情報感謝する」
素直に頷いたユリウスに満足げに微笑むと、テオは窓に手をかけた。
「テオ」
呼び止めたユリウスは、一瞬躊躇うも落ち着いた瞳でテオを見据えた。
「……まだリーゼのことを必要だと思っているのか?」
「うーん、まぁ、ね。必要だと思うけど、別の道を模索することも忘れてはないよ。君も嫌がってることだし」
テオは曖昧な笑みで返した。
彼はリーゼロッテのことを時の聖女だと確信している。
目の前で彼女の力を見ているのだから尚更だろう。
しかし本当に必要だと思っているなら、第一王子の権限を使って奪えばいい。
それをしないということは、今のテオの言葉はある程度信用できるということだろう。
「……そうか。ならいい」
安堵の息を吐いたユリウスに、テオは悪戯っぽくくすり、と笑った。
「嫌がってることは否定しないんだね」
「当たり前だ。リーゼは渡さん。触れるのも許さん。近づくのも控えろ」
真剣に言い連ねるユリウスに、テオは肩を震わせさらに笑った。
(自分の想いを否定など……これ以上するものか)
ひとしきり笑ったテオは感慨深げに呟いた。
「ユリウスって案外嫉妬深いなぁ……」
「何か言ったか」
「いいや。ストレートな愛って素敵だよね」
飄々と言い放つテオに、ユリウスは呆れてため息をついた。
「さて、こっちも早いとこなんとかしないとねぇ……」
何がだ、と問う前に風がざあ、と吹き、ユリウスが振り返る頃にはもうテオはそこにはいなかった。
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