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58.少年伯は事後処理に追われていた

「ユリウス、いるかい?」


 書斎で山のような書類の中で埋もれるように作業をしていたユリウスは、背後から聞こえた声にうんざりした。


 リデルの別荘から戻った彼は、報告書作成や事後処理などで忙殺されていた。


 その彼に気を遣ってか、彼においそれと話しかけられない雰囲気がある──ただひとりを除いては。


「……だからまたお前は……たまには玄関から……まあいい。何の用だ」


 言いかけたユリウスは諦めたようにため息をつく。


 背後の声の主、テオはそれをくすくす笑って眺めていた。


 そんな彼は、ユリウスが窓を開けるわけでもなくわざわざ鍵だけ開けているのも知っている。


 来るのを待ってたくせに、とは言わないが、もう少しわかりやすい優しさを示してほしいな、とテオは内心肩をすくめた。


「んーあの件があらかた終わったからね。どこから聞きたい?」


「どこからでもいい。早くしろ」


「じゃあそうだなぁ……大体知ってるかもしれないけど、亜人関係からいこうかな」


 ペンを置いたユリウスは、書類の山から抜け出すように立ち上がりソファに座った。


 少年の姿のままの彼に、テオは一瞬意外そうな顔をするも、すぐいつもののらりくらりとした笑顔を貼り付ける。


「連れ去られた亜人の八割が家に帰れたみたいだね。奴隷を買ったのはほとんどが貴族……残りは工場に送られてたみたいだ。もちろん全て割り出せているよ。最初の被害が少なかったのが幸いした」


「……残りの二割の亜人の行方は……?」


「第三師団が隣国に入って調査してるよ。ほとんどが売られる前に逃げ出せた亜人らしいから。反国家組織についても隣国国王から正式に()()の依頼があったからね。あんな王太子だけど、反乱分子がこちらの国に被害を及ぼす可能性があるなら派兵せざるを得ないんだから」


 テオはこう言ったが、実際は首謀者のひとりであるリデル伯爵の自白が大きい。


 彼の自白によって隣国には大きくプレッシャーがかかった。


 なにせ暗殺を企てたのは伯爵であっても、それを実行したのは隣国の反国家組織だ。


 おそらく、王太子は反国家組織の撲滅または前辺境伯殺害実行犯の引き渡しを要求したのだろう。


 しかし、敗戦国で兵力も最低限に制限された隣国には、反国家組織をどうにか抑える程度の兵力はあっても撲滅できるほどではない。


 そこでこの国の一師団を()()ことになったのだろう。


 反国家組織がなくなれば、事実上の完全属国化がなされたようなものだ。


「そうか……」


「剥がされた尻尾は聖女……マリーが治してくれてる。まぁ、心の傷はそうそう治らないかもしれないけど、落ち着くまでマリーもしばらく亜人の集落を回るってさ」


 まったく隣国の風習とやらも意味がわからないね、とテオは苛立つように頭をひと掻きした。


 昔から隣国では亜人奴隷は尻尾の毛を剃られる。


 それが奴隷である証になるらしいが、その毛を主人が持つことでその奴隷がどの主人の元で働いているかを証明していたらしい。


 それがどう変化したかは分からないが、毛を剃る、から毛皮を剥ぐ、にいつのまにか変わっていったらしい。


 もっとも、奴隷契約も魔法で縛られるようになった近年では、その風習も形だけになり、主人の支配欲を満たすものでしかないらしいのだが。


 趣味の悪い風習だ、とユリウスもまたそれを聞いた時は激しく憤ったものだ。


「そうだな……こちらも出来る限りバックアップはする」


 ユリウスは少し安堵した。


 聖女マリーが亜人を診てくれているなら大丈夫だろう。


 両親が亡くなり、国王の計らいで王宮に従僕として住まわせてもらっていた時に、聖殿から出てきたマリーを見たことがある。


 王宮の人間は大概『直感』がなくとも分かるほどに黒い闇に包まれていたが、彼女は可憐な容姿が分かるほどの清々しさだった。


 彼女ならば亜人たちを任せても悪いようにはしないだろう。


 リーゼロッテといいマリーといい、聖女はそういうものなのだろうか、とユリウスは微かに頬を緩ませた。


「『谷落とし』も『浮舟』も、製造工場はすぐに見つかったし。もちろん全て破棄させてるよ。国内に出回った分も大体は処理できたんじゃないかな」


「ハイベルク家の使用人はどうなった?」


 ユリウスの若干鋭い声に、テオは片目を瞑った。


「ダクマー、だっけ? 彼女の行方はわからない。探させてはいるけど……ハイベルクの方にも戻ってないみたいだ。むしろ存在自体居なかったことにされている」


「そうか……」


「カウフマン男爵も、そんな小娘は知らないって。まぁ妾の子だとしても娘が犯罪の片棒担いでたなんて外聞悪いしね」


 あっさりと言い放つテオの前で、ユリウスは腕組みをした。


 リデル家に侵入した時、使用人も含め全てを昏倒させたのはダクマーを生きて捕らえる意味もあった。


 リーゼロッテの追放を解いてもらうためのハイベルク家との交渉材料にならないかと思っていたが、残念ながらそれは叶わなかったらしい。


「『浮舟』を売り付けてた男爵家は残念だけど廃位になったね。最近男爵になったばかりだったから可哀想だけど、自分が何を売っていたか知ってたみたいだから同情の余地はなかったよ」


「…………ということは……」


 ユリウスの乾いた声に、テオはゆっくりと頷いた。


「リデル伯爵も廃位。今は牢の中で裁きを待っているよ。多分だけど反逆罪が適応されて死刑……になるんじゃないかな。もちろん君の両親への殺人幇助容疑も含めて」


「……そう、か……」


 片手で額を軽く押さえたユリウスは、ソファの背もたれに寄り掛かった。


 その様子に、テオは読めない表情で覗き込む。


「……後悔してる?」


 テオの問いかけはユリウスもずっと、考えていたことだった。


 もしもあの時、リーゼロッテが止めてくれなかったらどうなっていただろうか、と。


 その度に両親の在りし日の言葉が過る。


 彼は首を振った。


「……してない、とは言い切れない。だが……あの場で斬ったとしても、おそらく私は後悔しただろう。だから……あの時リーゼに止められて良かったんだと思うことにした」


「ははっ。ユリウスらしい答えだね」


 テオはその答えに満足するように微笑む。


 相変わらず読めない、と呆れながらも、その微笑みにつられて軽く笑った。


「……ボニファーツ・リデルは……」


「どうなると思う?」


 食い気味に聞き返したテオはやや挑戦的な視線を向けた。


 しかし、考え込むようなそぶりを見せたユリウスはその視線に気付かない。


「おそらく、奴も父親の悪事の一部を加担していた、そしてそれを認めているか父親に証言されているのではなかろうか。さらにリーゼへの暴行や従者への殺人。本当なら国外追放あたりが適当だろうが……」


 ユリウスは渋い顔を作る。


 何十万、何百万という人間に影響が出た父親の悪事と違い、ボニファーツの場合は凶悪さも桁違いにしょぼくれたものだ。


 しかしユリウスの心情は、リーゼロッテに手を出そうとした彼の方がより重罪に思えてならない。


 こういうことは私情を挟むべきではないな、と彼はテオを真正面から見据えた。


「取引をしたのだろう?」


「あ、バレた?」


 あっさりと認めた彼をユリウスは複雑な思いで見つめる。


「伯爵……もう元伯爵か。居場所を手っ取り早く知るって点ではあの場じゃあれが最善だったからね。グズグズしてたら逃げられてたかもしれないし」


「……取引込みで考えるなら鉱山あたりで強制労働が妥当なところか」


 ため息混じりに答えたユリウスに、テオは首を傾けた。


 こきり、と骨の鳴る音が聞こえる。


「半分当たり、かな。強制労働は合ってるけど、行き先は海越えた先の極北だよ」


「……それは……」


 息を呑むユリウスをテオは静かに見つめた。


 極北は年の半分を雪や氷で閉ざされた極寒の孤島だ。


 住人は居るものの、その閉鎖的な地理的特徴からか同じ国内であっても余所者には厳しい。


 加えて、ほぼ別言語並みに方言がきついため、コミュニケーションが非常に取りづらい。


 いくら強制労働といえど、そんな地にあの成金二世を送るなど死ねと言っているようなものだ。


「うん、まあちょっとやりすぎ感は否めないけど『辺境伯が甚くお怒りだ』ということでそういうことになったんだよねぇ……。ま、命あってのものだねだからね。人も住んでる地域なんだからなんとかしようと思えばなんとかなるでしょ」


 テオはあまり反省していない様子で肩をすくめた。


「……私の気持ちを推し量るよりリーゼに謝罪してもらいたかったんだがな」


「気持ちはわかるけど、あんな目に遭ってるからね。引き合わせるのも気が引けるよ」


 平然と言い放つテオの瞳に、若干の怒りが宿るのをユリウスは見た。


 彼の言葉は半分は嘘だろう。


 辺境伯がいかにこの国で英雄視されていようが、怒っているというだけで法を曲げられるわけがない。


 大方、テオが刑を重くするよう暗躍したというところだろう。


 案外、時の聖女たるリーゼロッテに危害を加えた事を、テオは誰よりも憤慨しているのかもしれないとユリウスは思った。


 テオは「あ、そうそう」と今思い出したかのように懐から何かを取り出し、指で弾いた。


 指弾のように、しかし弧を描いてユリウスの手に収まったそれは、何重にも折りたたんだ小さな紙のようだ。


「僕らが踏み込む前に彼が彼女に書かせた魔法紙らしい。あのなんて言ったかな、ロルフ君のお兄さんの……」


「ザシャか」


「そうそのザシャ君が拾ってたのを預かってたんだよね。なんで僕に預けたのかは知らないけど」


 テオは意味ありげにユリウスを見つめる。


 小さな苦笑いが漏れた。


「一応、変な魔力とか契約とかないかこっちでも調べてはみたけど、書かれてる以外のことは何も出なかったよ。落ち着いたら彼女に魔力を解除してもらおうかと思ってたんだけど、こんな遅くなっちゃった」


 ごめんね、と付け加えた彼に、ユリウスは首を振る。


 今回、事が隣国まで及んだ結果、テオは後始末だけでなく口裏合わせやその他諸々に追われていた。


 ここまで働いているのにもかかわらず、彼自身の功績とはならず全てユリウスの功績として書き換えられる。


 報告書にもテオドールという文字は一個たりとも出てこない。


 それもこれも彼の目的のためには必要な事なのだそうだが、肝心の目的をユリウスは聞かされていなかった。


 聞いたところではぐらかされることは目に見えている。


 それに、今回のことで今まで無関心だった王太子の目が、少しでも辺境に向くのならそれはそれでいいだろう。


 利用されているにしても、彼はユリウスが不利になるような利用の仕方はしない。


 それが分かっているからこそ、彼は何も聞かなかった。


「君から渡してもらえる?」


「分かった。わざわざすまない」


 魔法紙を懐に入れたのを確認したテオは、ソファから身を乗り出した。


 思案顔を作ってはいるが、その奥に愉しげな表情が隠されているのをユリウスは知っている。


「しかし、僕にはひとつ分からないことがあるんだ」


 テオはそう切り出すとユリウスを見つめた。

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