39.少年伯は真実を知る
「テオドア様、どちらへ」
隊長に声をかけられたテオは振り返った。
「辺境伯の様子を見にね。ついでに今後の方針でも話し合ってこようかなぁ……あ、君もあまり根詰めすぎちゃダメだぞ。辺境伯みたいに倒れちゃうからさ」
一息に言った彼は軽く手を振ると、颯爽とその場を去っていった。
見送った隊長は、仏頂面の辺境伯の次はなんとも軽薄そうな男が指揮官になったものだ、と苦笑した。
誰が見ても立派な中年の彼は、養成学校の教官になる前はもちろん騎士であった。
戦争を機に教官を目指した彼は異動を重ね、国内の騎士団という騎士団を転々としていた。
根無し草のように様々な騎士団を経験した彼は、作戦途中で指揮官が変わろうがそこまで気にしたことがなかった。
しかしテオドアに関してはどこか違和感を感じていた。
指揮自体に問題はない。
むしろ辺境伯と同程度の怜悧さに舌を巻いたほどだ。
おかげで、指揮官が変わったことでの混乱は最小限だった。
しかし、辺境騎士団の末席とは言っていたが、果たしてテオドアなどという名の騎士などいただろうか。
ここまで優秀ならばどこかで彼の噂を耳にしているはずだが、それも全くない。
しかも軍神とまで言われた辺境伯の代わりを一介の騎士が務めるものだろうか──。
そこまで考えた隊長は、ため息をついた。
指揮官への疑念は見習い騎士に伝わる。
特に彼らはまだ未熟だ。
一番近い教官である自分が隊の揺らぎの中心であってはならない。
それに案外自分は、辺境伯から代理の指名を受けた彼のことが妬ましくて仕方がないのかもしれない。
考えるのをやめた彼は、もう見えないテオの背中をうらやんだ。
軽快なノックののちに、テオは滑り込むようにユリウスの自室に入った。
「鍵もかけないなんてちょっと警戒心なさすぎませんかねぇ、閣下?」
揶揄うような口調で、窓辺に佇むユリウスにゆっくりと近づく。
その気配に、ユリウスはぴくり、と片眉を上げると目を閉じた。
「……随分と機嫌が良さそうだな。テオドア」
「やだなー分かっちゃった? でも鍵だけはかけた方がいいよ。誰が覗きにくるかわからないから、ね」
いつも通りの軽薄さの中に、何か含む物があるテオの言葉にユリウスは同意した。
現に以前、アンゼルムが覗いていた件がある。
下手に少年の姿を見られるわけにはいかない彼は、その辺りも抜かりはなかった。
「……ちゃんと結界は張ってある。そのためにエルをここに呼んだのだからな」
「エル……?」
テオは顎を撫でつけ、考え込むそぶりを見せる。
実のところ彼女を呼んだのは結界を張るためだけでなく、大人から少年へ戻った反動や後遺症がないか調べてもらうためでもあった。
調べた結果、いつもの寝込むような発熱もなくただ聖女の魔力が切れただけで心配ないということになったのだが。
「呪術師だ。エルメンガルト・グライナー、と言えばわかるか」
「あー、あの最強呪術師か…………ふーん。なるほど、ね」
納得したように頷いたテオの瞳が一瞬妖しく光る。
窓の外に視線を向け続けているユリウスには、その一瞬はわからなかった。
「彼女は君に忠誠を誓っているのか。なるほどなるほど」
「何を言っている。エルはただ妙な魔力に興味があるだけだ。私がこんな体質でなければ本来ここまでの協力は得られない」
おどけた表情のテオは、ユリウスの弁に「……なるほどねぇ」と意味ありげに頷いた。
「それで、子供の姿に戻っちゃったけどどうするんだい? 君のことだから早期に解決できるような策があるんだろ?」
彼の肩に手をかけたテオは、張り付けた笑みで聞いた。
ユリウスはその手を一瞥すると手でやんわりと払う。
──今まで何度かこういうことはあった。
なんだかんだのらりくらりとテオが表舞台に立って、ユリウスがその度に暗躍して辺境の危機を回避していた。
テオの存在がなければこれだけ長期間、彼の秘密が暴露されずにいられなかっただろう。
今回もそうなるはずだ。
(感謝は……している。だが……)
ユリウスは大きくため息をつくと、彼に向き直った。
「………そのことなんだが……テオ、お前どこまで知ってる」
(……それとこれとは別だ)
真正面から見つめる彼の瞳の鋭さに、二、三瞬いたテオはくすりと笑った。
「…………なんのこと?」
「とぼけるな。リーゼの能力のことだ」
「…………」
笑顔のまま押し黙ったテオにユリウスは畳み掛ける。
「お前がリーゼと初めて会った時から見習い派遣の報告まで、お前とは一度も顔を合わせてない。その間に私は身体が元に戻った」
「……うん。だから?」
「報告に来た時、最初になんて言ったか覚えているか? 『あの木復活したんだな』だぞ。目の前に成長した私がいるのにも関わらずだ。お前の性格ならまず目の前の私に一言言うはずだ」
「………」
「……テオ、お前知ってたな……?」
少年の姿で凄むが、その迫力は大人の時と差分ない。
むしろその怒りを孕む危うげな表情が、彼の中性的な印象を男性のそれに引き上げていた。
「……リーゼが欲しいのも、あの力が欲しいからか」
抑えた声が掠れる。
テオの顔から笑みが消えた。
「……あーあ、やだなーもう怖い顔しちゃってさ」
「テオ……」
ユリウスは眉を歪めた。
自分から斬り込んできた癖にそんな傷付いた顔しないでよ、とテオは肩をすくめた。
そんなのだから揶揄いたくなるんだよ、とも。
「知ってたよ? ユリウス、君の魔法が解けるだろうこともね。まぁ一時的なものって分かってちょっとビックリはしたけどさ。あの木が枯れてないなら、本来はあの木に向けて魔力を使ったんだろうし。君の聖女様は」
「……」
苦々しい表情で黙したユリウスは彼から視線を外した。
窓の外を見つめる彼は、どこかやるせない。
「でも変だなぁ……昨日僕を呼びに来たのは彼女だ。彼女が少年化の現場に居合わせたなら魔力を使いそうなものなのに、それをしなかったのはなぜだい?」
「……」
「……もしかして、君が止めた……のかな?」
「……っ」
痛いところを突かれたように小さく呻いたユリウスに、テオは嗜虐心がくすぐられる。
「辺境第一の君がおかしいよねぇ。人前に気兼ねなく出られるようにしてくれるっていう聖女の申し出を断るなんて。そうすればもう彼女を狙ってる僕がここに来ることもなくなるのにさぁ……」
「……」
「もしかしてさ、魔力、使って欲しくなかった……とか?」
「テオ……っ!」
たまらず叫んだ彼に、テオは満足そうに目を細めた。
うっすらと赤らめた顔からおおよその事情を把握するには十分だ。
その事情が更に彼を愉快な気分にさせる。
でもあまり揶揄うのも可哀想か、とテオは両手を上げ無抵抗のポーズを取る。
「あ、怒らないでよ? 昨日君を人目につかないように運んだのは僕なんだからさ」
ひらひらと振られる両手にユリウスは大きくため息をついた。
「…………なんで、知ってて黙ってた」
「黙ってたのは彼女を穏便に譲ってもらうためだよ」
あっさりと言い放つ彼の言葉にユリウスは眉を微かに吊り上げる。
「リーゼはモノじゃない。譲るとかもらうとかいう話じゃない……お前、何を企んでる」
彼は目の前の友人──元主人をゆっくりと見つめた。
『直感』では測れない。
テオを取り巻く空気はいつも、ほんの少しの黒さはあれど許容範囲だ。
むしろ人間、誰しも腹の中に黒い何かを抱えてて然るべきだろう。
曇りひとつないリーゼロッテが稀有な存在なのだ。
ただ、少なくとも、テオの黒さは自分の利益のために人を利用しようとする人間の黒さには見えなかった。
「企むも何も、彼女をあるべきところに帰そうとしているだけさ。聖女ならばそれが運命だ……聖女という理由だけで全てを神に捧げなくてはならない。それがこの国の安寧のためだからね」
非常に残念だけど、と含むように付け加えた彼はユリウスを見る。
いや、目線はユリウスの方を向いてはいるが、どこか遠くを射るように見つめている。
空虚な視線のテオに、ユリウスは彼の見ているものは自分でもリーゼロッテでもないように思えた。
「だがこの国には既にいるだろう。それに第二の癒しの聖女の話、お前も知ってるだろう?」
ユリウスはこの国の人間ならば誰しも知っている話をあえて出した。
この国、いや、テオならば確実に知っているはずの。
「癒しの……?」
「リーゼは癒しの聖女、なのだろう?」
意味がわからない、といった表情で首を傾げたテオは腹を抱えて笑い出した。
笑い転げる勢いで仰け反った彼に、ユリウスは不審な目で見つめる。
「彼女が癒しの聖女だって? まぁ、そう思うのも仕方ないか」
ひぃ、と時折笑いが漏れながら笑いすぎで滲んだ涙を拭う仕草をした。
(……どういうことだ……テオは何を知っている……)
不審そうに見つめるユリウスの視線に、更に気をよくした彼は笑いを堪えきれない。
「悪いけど、彼女は癒しの聖女じゃないよ。もちろん、第二の……災いの聖女とかいう不吉な存在でもない。むしろ癒しの聖女よりも貴重な存在だ」
やっと落ち着いた彼は息を吐くと珍しく笑顔を消した。
その視線の先、窓の外にはリーゼロッテと談笑するエルの姿があった。
「……一体……なんだと言うんだ……」
「そうだね……特別にユリウスには教えておこうか。彼女は──」
テオの言葉にユリウスは大きく目を見開いた。




