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29.妹君は力を制御したい

 リーゼロッテはティーカップをエルとユリウスの前に置いた。


 しずしずと部屋を退出しようとしたところをエルに呼び止められ、ユリウスの隣に座らされたのだが──。


(わ、私……ユリウス様とキスをしてしまったのね……)


 リーゼロッテは彼を横目で見た。


 透き通るように白い髪と肌に中性的なその容姿。そしてその薄い唇にどうしても目が行ってしまう。


 彼にああは言ったものの、意識をしないかというとそういうわけにもいかなかった。


 頬をほんのり赤く染めた彼女は俯き加減に座り直す。


「で……何の用だ」


「つれないのぉ……(わらわ)がせっかく来てやったというのに」


 くすり、と優雅に笑うエルに、ユリウスは内心ため息をついた。


「ま、お主の()()()はいつものことじゃ。良しとしておこうかの」


「御託はいい。用件はなんだ」


 ユリウスのうんざりしたような声に、エルは満足げに目を細めた。


「妾がわざわざ出向いてやったのはの……主にそこの娘の魔力の話じゃ」


 どきり、とリーゼロッテの胸が音を立てる。


 ユリウスに知られた時点で他の人間に知られる可能性も理解はしていた。が、こんなに早いとは彼女も思ってもいなかった。


(第二の聖女の末路は迫害……)


 俯いたままぎゅっと握られた手を、ユリウスは横目で見つめる。


「……それで……」


「うむ。帰っていろいろ考えたんじゃが……」


 彼女はぱちん、と扇子を閉じると、それでリーゼロッテを軽く指した。


「……リーゼロッテとか言ったかの?  お主、聖女……じゃな?」


 値踏みするような声に、リーゼロッテは微かに身体を震わせる。


「エル、その件は」


「お主には聞いておらぬ。黙っておれ」


 尖った声でぴしゃりと言い放つエルに、ユリウスはひとつ息を吐くとリーゼロッテを守るように彼女の前に手を伸ばした。


「……いや、黙らん。それを聞いてどうする。返答次第ではたとえお前でも容赦はしない」


 鋭い眼光をエルに向ける。


 その様子に一瞬目を見開いたエルは、扇子を開くと心底愉しそうに笑った。


「ほほほ。元の身体に戻ったとはいえ、お主の魔力は少年の身体に戻るのに消費してほとんど使えぬではないか。妾には勝てぬ」


「だとしても……リーゼには指一本触れさせん」


 一触即発の空気にリーゼロッテはおろおろと二人の顔を交互に見た。


 お互い引く気はないのか、ユリウスはソファに立てかけた剣に、エルは杖に、それぞれ手をかけている。


(どうしましょう……それに少年の姿に戻るって……?)


 認めるべきか、それともシラを切るべきか、いやユリウスの反応からして嘘をついても見抜かれるのでは。


 ぐるぐると考え続け、答えが出ない。


「……………ふっ」


 短い沈黙の中、誰かの口から空気が抜けたような音が出る。


 見るとエルが肩を震わせていた。声は聞こえないが、どうやら笑っているようだ。


「……あの……」


「……すまぬ。いやなに、あまりにユリウスが必死での。つい笑ってしもうた」


 思わずユリウスとリーゼロッテは顔を見合わせた。


 二人のきょとん、とした表情にエルは笑いが止まらない。


「まったく、いつの間に男の顔になりよって」と彼女は内心ひとりごちた。


 ひとしきり笑った彼女は、服のシワを払うとソファに座り直した。


 争う気はないと両手を上に上げているのを見て、ユリウスもまた、ゆっくりと剣から手を離す。


「で、聖女なのであろ? 誰にも言わぬから正直に話してみるがいい」


 二人の(いさか)いが収まったところでひとまずほっと胸を撫で下ろしたリーゼロッテだが、結局その質問に戻ってきてしまうのか、と困惑した。


 どう答えるべきか、とユリウスに目を向けると、彼は促すようにひとつ頷いた。


「…………はい、そうです。私は」


「やーっぱりそうであったか!」


 彼女の言葉を遮り、エルは身を乗り出し彼女の手を取った。


 その瞳はまるで初恋の相手に久しぶりに出会ったかのようにキラキラ光っている。


「あ、あの……」


「妾も実際に聖女に会うのは初めてじゃ。どれ、手始めに妾にもキスしてたも」


「え、ええっ?」


「調子に乗るな。エル」


 強引に手を引かれそうになったところで、ユリウスが身体を割りこませそれを阻止する。


「むぅ……ケチじゃのぉ。まあいい。聖女の力に気付いたのはいつじゃ?」


 不満そうに頬を膨らませ、エルは三度(みたび)席についた。


「え……正確には……。ただ初めて発動させたのは十年前です」


「十年とな! よく隠し通せたの」


 愉快そうに笑うエルに、リーゼロッテは戸惑いながらも疑問をぶつけた。


「あの……その……王家に連絡はしないのですか……?」


 この国では特に聖女発見の報告義務は課されていないが、それでも周りが恐怖心や迫害目的から悪戯に報告する事が多々あった。


 第二の聖女認定され、聖殿にも上がれず迫害で一生を終えたものもいるという。


 彼女の疑問は当然だった。


「せぬ。したところで妾にもお主にも利のないことじゃ。妾は聖女の魔力に用があって国がどうなろうとどうでもいいのでな。……まあそこの色男はそうでもないようじゃが」


 エルはちらりと意味ありげな視線をユリウスに向けるが、当の本人は首を傾げている。


「なにを言ってるんだ……他の聖女が既に聖殿に上がっているなら王家に報告する必要はない」


「………………お主……自覚ないのかの……」


「なにがだ?」


 的外れな返しに、エルは内心脱力した。


 先ほどの庭での雰囲気は完璧に恋人のそれだった。


 だからこそ彼女は、リーゼロッテ一人にするつもりだった話にユリウスを交えた。


 恋人ならば知っておいた方がいいだろうと気を回したつもりだった。


 が、その気遣いは無用だったらしい。


 彼の性格ならば、惚れた女を手放す気はない、とはっきり言うだろう。


 あれだけ甘い雰囲気を醸し出しておいて迂遠(うえん)な言い回しを選んだということは、好いている自覚がない──これは厄介じゃの、とリーゼロッテに心底同情した。


「まあ、良い。してリーゼロッテよ。お主、魔力制御は学んだはずであろ?」


「はい……」


 責められている気がして、リーゼロッテは少し縮こまった。


「なれど金の魔力は暴走した……何故だと思う?」


「……分かりません……」


 俯いた彼女の顔を、エルは両手でやんわりと挟むと自らの方を向かせた。


 髪と同じ、血液を連想させる瞳の色に、リーゼロッテは一瞬くらりとする。


「おそらく、お主の心に問題がある」


 彼女はそう言い切ると、リーゼロッテの顔から手を離した。


 それでも彼女の瞳から目を離せない。


「聖女の力を恐れるあまり、その力を長年認めてこなかった代償、じゃな。むしろ十年もの長期間、暴走せずにいられたのは奇跡に近い」


(恐れ……)


 したり顔で頷くエルをよそに、彼女は過去の出来事を思い起こしていた。


 ディートリンデの傷を見て癒しの魔法が発動したこと。


 彼女に拒絶されたこと。


 長年、黙っていてもらうためにどんな理不尽な要求にも耐えてきたこと。


 全て確かに恐怖を抱くのに十分だった。


 少しずつ回る蠱毒(こどく)のように、彼女の心をずっと蝕んできたのだ。


 今もまだ、彼女の心に暗い影を落とさんと機会を窺っているようにさえ思えた。


 不意に、彼女の手が温もりに包まれる──ユリウスだ。


 いつの間にか彼女は拳を握り締めていたらしい。


 彼は力一杯握っていた指の一本一本を解すように撫でた。


(ユリウス様……)


 心が陽気に包まれたように少しずつ明るく、暖かくなっていくのをリーゼロッテは感じた。


 そうだ、彼はここにいろと言ってくれた。そばを離れるな、と。


 ならばそばに置いてくれる分、少しでも応えたい。


「……暴走をしないためにはどうしたらよいですか?」


 エルを真っ直ぐに見据える目に、迷いがない。


「なに、簡単なことよ。力を認めればいいのじゃ。要は自信をつけるだけでよい」


 彼らが手を繋いでいるのを微笑ましく見ていたエルは、上機嫌で答えた。


「自信……」


「と言っても、今のお主たちなら大丈夫じゃろ。そのまま頑張っててくれればじき安定するから心配はいらぬぞえ」


 エルの言っている意味がわからず、ユリウスとリーゼロッテは顔を見合わせた。


 その様子にエルは、扇子で口を隠し肩を震わせる。


 愛する男にこんなに大切にしてもらえるのなら自信などすぐに取り戻す──などと思いながら。

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