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17.元婚約者は敬遠される

 リーゼロッテが眠りについてから約一日が経過した。


 と言っても、人の出入りで起きてしまうほど眠りは浅い。


 頭は重く、常に熱に浮かされぼんやりとしていて、目の前の光景がものすごいスピードで進んだり止まったりしていた。


 夢なのか現実なのか、彼女には判別つかない時間が続き、気力と体力が削られていくのがわかる。


 今もまた、誰かの気配を感じた彼女は寝返りを打つ。薄目を開けると、ぼんやりと赤黒い色が見えた。


「起こしてしまったかえ?」


 眉で重い(まぶた)を引っ張り上げるようにして見ると、エルが顔を覗き込んでいた。


(確か……先ほどお話したお医者様……ダメだわ、名前が出てこない)


 実際に会話したのは前日なのだが、記憶も曖昧の上、昼夜の感覚すら狂っているリーゼロッテには、彼女が誰だか分からない。


 唯一、「医者とは思えない格好の医者」という印象だけが残っていた。


 エルは寝ぼけ(まなこ)の彼女の額に触れる。冷やり、とした感覚が心地良く、思わず目を閉じそうになる。


「まだ熱はあるのぉ。暴走後の熱は二、三日は続くものじゃ。心配するでないぞ」


 エルはそう言うと、覆いかぶさるようにリーゼロッテの背中に手を当てた。


 突然のことに身を(よじ)ろうとするが、熱で奪われた体力では身体が少し動くだけだった。


「少しじっとしておれ」


 彼女は目を閉じ、集中し始めた。


 背中に当てた手が煌々と妖しく光り出すと、リーゼロッテの中に流れるように蠢く。


 その妙な感覚に小さく喘ぐが、次第に身体が楽になっていくのを彼女は感じた。


 瞼がだんだんと閉じていき、光が収束する頃には、リーゼロッテは安らかな寝息を立てていた。


「魔力の流れを少し整えた。これで少しは楽に……って寝ておるのか」


 やれやれ仕方がないのぉ、と苦笑したエルは掛け物をかけ直した。


 ふわりとした風がリーゼロッテの顔に当たるが、その長い睫毛が瞬く様子はない。しばらくは起きないだろう。


 頬杖をついて、リーゼロッテの顔をまじまじと見つめた彼女は、ぽつりと


「この娘が……なるほどのぉ。これはまた難儀な」


 と呟いたのだった。









「何故だ! 何故婚約が決まらない!」


 薄暗い部屋の中、一人の青年が焦れた声を上げた。


 ふわりとした亜麻色の髪は滲む汗でべたりと貼り付き、目尻が垂れた深緑の瞳はその形に似つかわしくないギラギラと鋭い光を放っている。


 リーゼロッテの元婚約者、ボニファーツ・リデルは苛立っていた。


 彼は夜会から帰宅したばかりだが、その収穫は散々なものだった。


 今まで懇意にしていた友人は、挨拶も早々に引きつらせた笑顔で彼から遠ざかっていった。


 令嬢たちも遠巻きに扇子で口元を隠しながらひそひそと噂話に花を咲かせていた。


 皆、夜会に場違いな人間が来たかのように振る舞っていた。そのことが彼の山より高い矜恃(プライド)を傷付けていた。


(おかしい。こんなはずではなかったのだ……)


 ボニファーツはへたり込み、ほぞを噛んだ。


 彼の予想では、「婚約者が罪人だと知らなかった可哀想な伯爵令息」と誰もが彼を慰め、密かに好意を寄せている令嬢から求婚される。


 それを受け入れた彼はすぐに結婚式を行い、幸せに暮らす──はずだった。


 しかし実際には次の婚約も決まらず、「婚約者が単身、糾弾されても助けもしなかった血も涙もない男」「実は共謀していたのでは?」と誰一人彼に近寄ろうとする者はいなかった。


 意中の令嬢からはゴミを見るような冷たい視線を送られ、曖昧な笑みで夜会を乗り切った彼のはらわたは煮えくりかえっていた。


 それもこれも彼の人徳の低さと、リーゼロッテとの婚約破棄を即日で行ったせいなのだが、肝心の彼はそれに気付かずにいた。


 王家が正式に発表してないうちに、婚約破棄をするべきではなかったのだ。


 そうすれば彼は「婚約者を最後まで信じ続けた誠実な男」と目されたはずだ。


 が、卒業パーティーで彼女が無実を訴え続けたことを知らない彼と彼の父親は、婚約破棄の機会を逸したのだ。


 ボニファーツは拳を壁に叩きつける。


 分厚い壁は貧弱な彼の拳などものともせず、彼の手に血が滲んだ。


「……リーゼロッテ……あの女さえいなければ……」


 ギリ、と歯軋りをした。血走った目はおおよそ、平時人懐こい笑みを浮かべる彼らしからぬ、狂人と言ってもいいほど憎悪に溢れている。


 やがてふらりと立ち上がった彼は、活路を見出したように口端を吊り上げた。


「……そうか……あの女が……死ねばいい……」


 死体に自白を書き連ねた遺書でも添えてしまえば、きっと皆が自分を可哀想だと同情してくれるだろう。


 やはり自分たちが間違っていた、と彼の元に頭を下げに来るかもしれない。


「……あの女の追放先は……シュヴァルツシルト……『白い悪魔』か……」


(ちょうどいい)


 狂った笑みを深めた彼は、自室を後にした。

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