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108.王太子の誤算

「へ……陛下……? どうして……なぜ動けるのですか……?」


 国王の登場に、フリッツは呆然と彼を見つめた。


 いるはずがない、そんな馬鹿な、と彼は繰り返し呟いている。


 長く臥せっていた割には、国王は背筋をすっと伸ばし、その歩みがぶれることなくテオの隣にたどり着く。


 紫のゆったりしたローブから覗く手足がやや骨張り、ほっそりしているのは療養していたためだろうか。


 テオとフリッツの若干垂れた瞳はおそらく国王譲りだろう。


 柔和そうな印象の顔が、フリッツに厳しい視線を向けた。


「ああ、ここにいるエルメンガルト殿、そしてマリー様の施術で回復した……少々眠りすぎて怠いがな。しかし眠っていた間に色々とあったようだが」


「そ、それは……」


「エルメンガルト殿が言うには、複数の呪術が余にかけられていたと言う話だ……はて、魔力探知すらできないこの城の中でどうやって余を特定し、呪術をかけたのか。内部で手引きしたものがいるのだろう」


「……」


 国王の言葉に追い詰められたフリッツは押し黙る。


 彼はテオを甘く見ていた。


 国王を奪還されたところで、今朝目を覚ましたといえど、手足は動かず声も出せない国王に証言など難しい。


 ()()()()()()と言っておけば、呪術にも気づきにくい。


 それらしく見えるよう、呪術師たちにもそれぞれ身体の一部が動かなくなる術を時間差でかけさせた。


 呪術と気づかれ解除されたとしても、半年眠り続けた国王に国政はまだ早いと言えばまだ言い逃れできる。


 最悪の場合、権力を振りかざし揉み消すことも可能だ、とタカを括っていた──つい先程までは。


(……まさかマリーまで味方につけるとは……)


 歯軋りをするフリッツを他所に、テオは国王の前に跪いた。


「幸いエルメンガルト様の協力で何人か、呪術師を捕らえております。彼らの口から……残念ながら王太子の名が出ております」


「父上、違います! 私ではありません! 私は嵌められたのです!」


 フリッツは喚き立てながらほぞを噛んでいた。


 呪術師たちには仕事を依頼する代わりに法外な金を積んでいた。


 もちろん口止め料込みで、彼自身の資産から出しだ。


 たとえ捕まっても計画は口外しない、ましてフリッツの名前を出さないという契約だったのだ。


(話が違う……こんなことなら国庫からもっと出しておけば良かった)


 もちろんそんなことをすれば、宰相が直ぐに使途不明金を問いただしてくるだろう。


 だが、追い詰められたフリッツにはそんなことを考える余裕など微塵もなかった。


 悔しそうに、しかし必死に国王に訴える。


「ふむ……では確かめてみるとしよう。ユリウス」


「はっ」


「呪術の残渣を調べてくれぬか? まだあるだろう」


「……御意」


 ユリウスは呆れながらも頷くと、国王の口元に向けて手をかざす。


 すると口から首に至るまで、緑のねっとりとした魔力の蠢きが現れ、それらが無数の腕を伸ばすようにフリッツ目掛けてうねり出した。


 緑の魔力に同調するかのように、フリッツの身体からも淡い緑の魔力が漏れ出してくる。


「な、なんだこれは……!」


 戸惑うフリッツは漏れ出る魔力をなんとか抑えようとするが、流出は止まらない。


 やがて双方の魔力がくるくると混ざり合い、国王とフリッツを結ぶ一本の緑の線が完成した。


「呪術の残渣と同じ魔力を可視化しただけだ。これで術を使った人間がわかる」


「あらら、どうやら君が父上に呪術をかけたみたいだねぇ……」


「な、これは……」


 冷ややかなユリウスと呆れた笑みを浮かべるテオに、フリッツは冷や汗を垂らす。


「お主、呪術の適性がそれなりにあるようじゃの。最初の声が出なくなる術はお主じゃな? さすが隷属紋を自力で刻むだけあるか」


「わ、わわ、私は身に覚えがございません!」


 確信を突くエルの言葉に、フリッツは慌てて否定した。


 エルの推測は当たりだ。


 彼女ほどの実力者ならば遠隔地でもネズミでもなんでも術にかけられるが、基本的に呪術は対象を目の前にしないと発動しない。


 呪術師たちを王城の中に引き入れるためには、きっかけとなる()()()が必要だった。


 しかし彼の自己流の呪術では、身体の極々一部を封じるのでやっとだ。


 故に彼は声を奪った。


 声ならば喉の一部、声帯に術をかけるだけで簡単に望む結果が出る。


 それを皮切りに、毎日医者と称して呪術師たちを王城に呼び寄せ、国王の身体の自由を徐々に奪っていったのだ。


 奇病に侵され、死すら()ぎったであろう国王は、ひどく冷淡な瞳でフリッツを見つめる。


「……まあいいだろう。しかしお前には聖女迫害の疑いもある。近衛、捕らえよ」


「はっ」


 壁にぴたり、と整列していた近衛兵たちが、一斉にフリッツを取り押さえる。


「離せ、違う! 私は聖女を迫害などしてない!」


 激しく抵抗するフリッツだが、屈強な近衛兵たちの前にはなす術もない。


 しかし未だに身を捩り、拘束から抜け出そうともがいていた。


「聖女に人殺しを強要するのも迫害だ……もう一人の聖女に対してもな」


「何を……隷属紋は過去の王もしていたことです! あれは迫害などではありません! 彼女の愛を証明するものだ! そこの呪術師、勝手に解除するな!」


「ほほほ。解除されたくなければ妾の力より強い隷属紋を刻めばよかっただけのことじゃ。自らの弱さを棚に上げ、強者に文句を言うなど笑止よの」


 フリッツの罵りを軽くいなすと、エルは懐から扇子を取り出すといい仕事をしたとばかりにほくほく顔で仰ぎ出した。


「………………」


「……陛下」


 暴れるフリッツを静かに見つめていた国王に、テオは促すように呼びかけた。


 彼の意思を汲み取ったのか、国王は何かを諦め、そして何かを決心するようにため息をつく。


「……分かった……テオドール、彼女を」


「御意」


 テオは頷くと、颯爽と通路の奥へと向かっていった。


 離せ、とフリッツはもがきながらもテオが誰を連れてくるのか疑問だった。


 この場にいるのは関係者の全員と言ってもいい。


 あと関わった者といえば、前述の呪術師たちと、リーゼロッテ襲撃に関わった数人の黒装束たちくらいだ。


(私の罪など、ない。聖女迫害……マリーを迫害などしてないのだから、誰を連れてこられても何の証明もできやしない)


 侮るような視線を通路の奥に向けていると、二つの足音がこちらに向かってくるのがわかった。


 一つは硬質なテオのブーツのもの。


 そしてもう一つは──。


(……裸足……?)


 場違いなひたひたという微かな音に、思わずフリッツは眉を顰める。


 よく耳をすませば、硬質な音に混じって時折じゃら、と鎖のような音が聞こえた。


 それらがゆっくりと近づいてくる。


(鎖と裸足……奴隷か? まさか、このご時世に本物を連れてきて何になる…………)


「!?………な………え……?」


 テオの連れた人物を見た瞬間、その人物が誰か分かったフリッツは言葉を失った。


 濡羽色の長い髪は見る影もなく、煤埃(すすほこり)で汚れ燻んだ色を発している。


 元の色すらわからないボロ布のような短い薄衣を纏い、不健康そうな手足が伸びていた。


 その首を繋ぐ鎖はテオに握られ、彼女が囚人だということが誰から見ても理解できる。


 しかしその明るめの深海色の瞳は高圧的にフリッツを見下(みお)ろし──いや、見下(みくだ)していた。


 汚らしい風貌に変わっていても、今まで嫌と言うほど見たその目を見れば、フリッツには彼女が誰だか容易に分かってしまった。


「お久しぶりでございます。フリッツ様。ご機嫌麗しゅう存じますわ」


 囚人──ディートリンデは淑女の挨拶をすると、フリッツににっこりと微笑んだ。

昨日予告した通り、明日の更新はお休みします。

17日(木)から再開いたします。

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