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105.王子は暗躍する

大変お騒がせいたしました。

今日から連載再開します。

「……聖殿にも牢があるのですね……兵長はご存知でしたか?」


 近衛兵の一人に声をかけられた近衛兵長は、煩わしそうに眉を顰めた。


 実のところ、王族の守護を担う彼も、聖殿のことはよく知らなかった。


 それが今回、聖女を捕縛する任務を特例として与えられ、「何故聖殿内に精通する女性兵ではなく近衛が?」と思ったほどだ。


 兵がそう言いたくなる気持ちはよく分かる。


 気持ちは分かるがここは未だ聖殿の中だ。


 王太子の特命とはいえ、あまり和気藹々とした雰囲気は出したくない。


「……私語は慎め」


「し、失礼いたしました……」


 背筋を伸ばした兵は口を噤んだ。


(……しかし、殿下は内通者だとおっしゃられたが……)


 回廊を進みながら、近衛兵長は先程捕らえたばかりの聖女を思う。


 犯罪者の第一声は大体は「自分はやってない」と言う。


 例に漏れず聖女も否定していた。


 しかし、言い逃れを最後まで続けるわけでもなく、最後には腹を括って落ち着いた様子でフリッツに従っていた。


 まるで言いがかりをつけているフリッツに呆れたような──。


(……いや、やめよう。不敬だ)


 近衛兵長はよくない考えだと首を振ると、早く聖殿から出ようと歩みを早めた。


 回廊の角を曲がろうとしたその時だった。


「おや、こんなところに近衛兵がいるなんて、どうしたんだい? もしかして、道にでも迷ったのかな?」


 目の前に、ちょうど角を曲がったテオが姿を現した。


 のんびりとした口調だが、的確に図星を突いてくる彼に、時々しか関わりのない近衛兵長ですら緊張が増す。


(よりにもよって……)


 近衛兵長は焦っていた。


 国王代理であるフリッツに付くことの多い彼は、フリッツがテオを快く思っていないことを知っている。


 そして彼が今しがた捕らえたのはテオの庇護下にある聖女、リーゼロッテだ。


 彼女が極秘裏に捕らえられたと知ったらどうなるか。


 そのあたりの理由をよく知らない兵士たちにも緊張が伝わったのか、視線を泳がせ狼狽えだした。


「テ……テオドール様……い、いえ私どもは……」


 しどろもどろの近衛兵長に、テオは素知らぬ顔で微笑みかけた。


「ああ、でも困ったなぁ。ここ、男子禁制なんだよ…………ねぇ?」


 彼は背後にいる人物に向かって同意を求める。


 ちょうど角の陰になって見えなかったが、影の長さからして女性──いや、子供か。


(誰か他にいるのか……? 連れてきたという医者か、メイドか……いずれにせよこのまま追及を受けるのは避けたい)


 近衛兵長は「早急に退殿致します」と、テオの横をすり抜けようとした──が。


「な、……な……!? なぜ……?!」


 角に隠れた人物を見た近衛兵長は、驚き口をぱくぱくとさせた。


 彼の驚嘆を聞いた兵たちに至っては声すら出ず、まるで幽霊でも見たかのように腰を抜かした者もいる。


(どうして……どうしてこの方がここに……?!)


 近衛兵長が説明を求めようとテオに目を向ける。


 そこには、彼らの反応を楽しむかのように満面の笑みを浮かべるテオがいた。


「ねぇ君たち、少し協力してくれないかな?」


 底知れぬ笑みを浮かべる彼の要請──いや、命令に、近衛兵長たちは水飲み鳥のようにただ無言で頷くしかなかった。














 リーゼロッテはフリッツとヘッダに連れられ、聖殿の奥へと進んでいた。


 ヘッダに案内を頼んでいたはずだが、先導しているのはフリッツだ。


 監視されてるかのように、リーゼロッテのすぐ横に無表情を貫くヘッダが付き従っている。


 手足を拘束されているわけではないが、二人に常に見張られているような感覚に居心地の悪さを感じていた。


(一体どこへ向かっているのでしょうか……?)


 部屋を出てからしばらく経つ。


 取り調べや牢などという物騒な言葉に驚き考えが及ばなかったが、よくよく考えてみれば聖殿内から滅多に出る事ができない時点でもう、リーゼロッテは捕らえられているも同然だ。


 事あるごとに今回のように難癖をつけて外出させないようにすればいいだけだ。


 今更わざわざ牢に入れる必要もないだろう。


 牢というのも怪しい。


 ヘッダに案内された時、そんなものの説明は無かった。


(……何が目的……なのでしょう……?)


 前を行く王太子の背を見つめる。


 脇目を振らず進む彼が、何故か独りよがりな独裁者にリーゼロッテには見えた。


 やがて、黒く重厚な扉の部屋の前に彼は立ち止まった。


 案内の時に唯一、中を見ることができなかった場所──廟所だ。


 ヘッダの機械的な声を思い出す。


 その部屋だけは簡単な説明だけで、中は覗けなかった。


 以前は屈強そうな女性兵が仁王立ちしていたはずだが、今は誰もその扉の前にいなかった。


「見張りは……まあいい。開けろ」


「はい」


 命じられたヘッダが扉を開く。


 ぎいぃ、と金属の軋む音が響いた。


 広い、広い空間だった。


 外から続く一面白亜の空間に、フリッツの背丈ほどあろう立派な墓石が画一的に並べられている。


 締め切った空間だというのに、夜のひんやりとした空気が漂う外よりも肌寒い。


 想像していたよりも簡素で、どこか畏れ多い雰囲気がひしひしと感じられる。


「これが……廟所……」


「……こちらへ」


 呆然と呟くリーゼロッテを見ることなく、フリッツは先へと促した。


 一番奥の墓石の前に立ち止まると、彼は中央部分に触れた。


 かち、と小さな音がしたかと思うと、奥の一部の壁がゆっくりと()()()()()


 やがて人ひとり通れそうな、先の見えない暗い通路が現れた。


(こんな仕掛けが………)


 驚き声をなくしたリーゼロッテを他所に、「この中だ」とフリッツが先に進む。


 リーゼロッテもまた、ヘッダに促され中へと入った。


 薄暗い道をフリッツの背を見失わないよう進む。


 ヘッダが背後にいるため、引き返すこともできない。


 しばらく進むと、開けた場所に出た。


 天蓋付きの大きめのベッドがある他は何もない。


 仄暗く、鉄格子こそはまっていないが牢獄のような雰囲気にリーゼロッテは身震いする。


(ここが……聖殿の牢?)


 ベッドがあるということは、少なくともここで眠る人間がいるからだろう。


 しかしそのベッドには微かな膨らみがある。


「あの……取り調べる、というのは……?」


 恐る恐るフリッツに尋ねるが、冷たい表情のまま彼女を見つめるだけで正しい答えが返って来る気配がない。


 押し寄せる不安に眉をひそめると、彼は思いがけず口を開いた。


「…………そこにいるのは誰かわかるか?」


 彼の指差す方向はこの場に不釣り合いな白の天蓋つきベッドだ。


 微かな膨らみがあるのは分かるが、何層かの薄い天蓋に阻まれ、その人物の人相までは分からない。


「……いえ」


「国王陛下だ。もう長くはない」


(陛下が……ということは……テオ様がおっしゃっていた幽閉はここ……?)


 驚くリーゼロッテをしたり顔で見つめたフリッツはさらに続けた。


「長く臥せっているせいか、うなされる事が多い……もう長くないだろう。時の聖女の力でどうか安らかに逝かせてくれないか?」

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