101.リーゼロッテは別れを告げられる
加筆修正しました。
大筋は変わっていません。
エルから忠告をもらった翌日。
リーゼロッテはいつもの通り、クリスタのお茶会に招かれていた。
しかしもう給仕の真似事はしなくてもいいと言う。
「対等なお付き合いをよろしくお願いしますわ」と大真面目に言うクリスタに、思わず笑いが込み上げてくる。
もうすっかり打ち解けていた。
「そういえば、辺境伯様とはご連絡は取られてますの?」
侍女に茶のお代わりを頼んだところで、クリスタが声をひそめて聞いてきた。
その瞳は恋への憧れと好奇心で染められている。
しかしリーゼロッテは正直に言うか迷っていた。
リーゼロッテがユリウスを想っていることは知られてもあまり問題はないだろう。
ユリウスと婚約寸前であったことは、火事の日彼が居合わせたことから周知の事実だ。
もちろんフリッツも知っている。
むしろまだリーゼロッテが彼を想っていると知られたところで、想い合う二人を引き裂いた第一王子のテオ、という構図が出来上がるだけだ。
しかし、今も連絡をとっているかという質問については違う。
誰かに知られればテオの策が暴かれる上に、リーゼロッテも共倒れする可能性が高かった。
「い、いえ……残念ながら……」
煌く瞳を前に心苦しいと思いつつも、リーゼロッテは首を横に振った。
目の前の王女がうっかり口を滑らせるとは思えないが、念のためだ。
「そうなのですね……でもあの辺境伯様が恋だなんて……想像もつきませんわ」
「そ、そうでしょうか?」
がっかりした様子のクリスタだったが、すぐにその両手を胸の前に合わせるとうっとりとリーゼロッテを見つめた。
「ええ、私も噂でしか聞いたことがございませんでしたが、かつて多くの女性が辺境伯様の婚約者になりたいと諸手を挙げたとか」
「え……」
彼が社交界にいたのは戦前が中心だ。
その時期はまだ、リーゼロッテは社交界デビューを果たしていない。
クリスタなど生まれてすらいないはずだ。
そんな昔の噂をどこから仕入れたのだろう、と考える間もなくクリスタは熱心に話を続ける。
「ですが、どんなにお美しく聡明な方も悉く袖にされたそうですわ。いつしか二つの意味で辺境は難攻不落だと言われるようになった、と」
「そ、そうなのですね……」
(知りませんでした……そんなに人気がおありだったなんて……)
リーゼロッテはユリウスのことを考える。
整った目鼻立ちに意志の強そうな紫電の瞳。
戦前ならば髪は紺色だったはずだ。
そしてどんな時でも冷静で強く、優しい──。
そんな魅力的な彼が、放っておかれるはずがない。
彼のことを思い出して頬を染めたリーゼロッテを、クリスタは微笑ましそうに見つめた。
「送り込まれた奉公人も辺境伯のお眼鏡に敵う方はいらっしゃいませんでしたし……そんな方が恋をされたら、一体どうなってしまうのか……とても興味がございますわ」
「え、ええと……」
ずずい、と顔を寄せたクリスタにどう返答しようか迷っていると、不意に視界が霞み出す。
白いモヤがあたりを包み、目の前にいるはずのクリスタの輪郭さえもぼやけ、曖昧になっていく。
(なに……何が起こっているの……?)
思考を巡らせようにも頭がうまく回らない。
身体の自由すら奪われたように、椅子にかけた腰が重く、上がらない。
ふと、ぼやけていたと思っていた目の前の人物が、急速にはっきりとかたどられていくのが分かる。
しかしそれはクリスタではなく──。
「え……ディートリンデ……さん……?」
呆然と呟いたリーゼロッテに、幼いディートリンデはただ一つ、頷いた。
(いつの間に……これは夢……?)
周囲は完全に白いモヤに覆われ、ディートリンデの輪郭すら危うい。
「リーゼちゃん、いままでありがとう」
「え……?」
悲しそうに微笑んだ幼いディートリンデは踵を返すと、白いモヤの中に消えていく。
それを追おうにも、身体が固まったように動かない。
やがて彼女の身体が完全に消えた頃、
「ごめんね……」
と震えた幼い声だけが耳に残った──。
「………ッテ様? もし、リーゼロッテ様?」
クリスタの呼びかけに、リーゼロッテはハッとして首を微かに振った。
目の前には心配そうに見つめるクリスタといつもの内庭の風景が広がっている。
まだ茶のお代わりすら運ばれていない。
どうやら一瞬の出来事だったようだ。
「あ……クリスタ様……」
「大丈夫ですか? どこかお加減が……」
「い、いえ、申し訳ございません。ぼんやりしてしまって……」
(寝てしまった……のかしら?)
慌てて首を振ったリーゼロッテを前に、クリスタはしゅんとした様子で頭を下げた。
「いえ、こちらこそ失礼いたしました。つい興奮してしまって、立ち入ったお話を」
「い、いえ……クリスタ様のせいでは……」
「いいえ、きっとお疲れ……いえ、辺境伯様とお会いできない心労がたたっていらっしゃるのかもしれませんわ」
「そ、そんなことはございません。みなさんに良くしていただいてますし……心労だなんてバチが当たります」
「リーゼロッテ様……」
感極まったクリスタは、リーゼロッテの両手を手に取った。
「何かご不便がございましたら私にも申し付けくださいましね」
熱のこもった声色に、思わずリーゼロッテは気圧される。
「マリー様は湯浴みがどうしても一人でないと落ち着かないと言われて、お一人でされるようになりましたし」
「そ、そうなのですか」
「ええ。言い出すまでは特に不満もなく入られていたので、急にそのような要望をおっしゃられたので驚きましたもの」
「そうなのですね……」
「ですから、リーゼロッテ様も何かありましたら遠慮なくおっしゃってくださいまし。もしお兄様に伝えるのがお嫌なら私がいつでもお聞きしますわ」
「は、はい」
早口に捲し立て胸を張るクリスタに圧倒される。
リーゼロッテは彼女の熱意ある申し出を嬉しく思いつつも、一瞬見た夢の内容に不安を覚えていた。




