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100.お姉様は答える

誤字修正しました。

「テオドール……また名前だけのモブ……」


「何か言ったかい?」


 吐き捨てるように呟いたディートリンデの言葉を、テオはわざとらしく聞き返す。


「……いいえ。それで、継承順位の低い第一王子様が一体何の用かしら?」


「いやね、君が捕まる前、ユリウスに言った言葉を詳しく聞きたくなってね」


「言葉?」


 前世の知識を駆使した渾身の嫌味を軽く流され、少々苛つきながらも聞き返した。


 酔っていたとはいえ、ユリウスに言った言葉は大体覚えている。


 しかしそれらは全て、騎士団の取り調べでも話したことだ。


 わざわざ王子が夜分遅くに訪ねてきて聞かれるようなことではない。


 それに話したところで信じてもらえるわけがないことは、拘留されて刑がまだ確定していないことからも明らかだ。


 テオは勿体ぶるように頷いた。


「君が神と同じ世界の人間だ、と。君が酔ってたから流したってユリウスは言ってたけど、君の供述も合わせてあれは本気だったんじゃないかと思ってね」


「だったら何? あなたに詳しく話したら王子特権で騎士にも供述は全部本当だとでも言ってくれるわけ?」


「いや、彼らを納得させるのは無理だろうね。話が突飛すぎる」


「ならこの面会は無駄ね。とっとと帰れば?」


 ディートリンデは素っ気なく言い放つとそっぽを向いた。


 囚われの身でも気の強さを隠そうともしない彼女に、テオは笑いを堪えきれない。


「なるほど、なかなか強情な御令嬢と見える」


「令嬢? はっ……笑える。私は令嬢なんかじゃないわよ」


「確か……身体はディートリンデ嬢だが、意識が別人、という話だったね」


「そうよ」


「お嬢さんの本当のお名前は?」


 思いがけず真名を問われたディートリンデは答えに詰まった。


(こいつ……私の話をホントに信じてるってこと?)


 今まで会ったこともない変人だと戸惑いつつも、彼とは目を合わせずに答えた。


「教えないわよ。名乗ったところでその名前の女は前世で死んでるわ。今だって追放寸前でしょ?」


「いや……」


 テオは首を振ると一段声を落とす。


 その瞳が珍しく哀れみを映し出したことに、肝心の彼女は気づいていなかった。


「フリッツは君を死刑にする。おそらくマリーとの婚儀の前に、結婚の正当性を得るために公開でね」


「は?」


 死刑、の一言に、ディートリンデは驚きの声を上げた。


 元の話では聖女迫害の罪でディートリンデは辺境に追放されるはずだった。


 使用人を殺害したところで、その罪はそこまで重くならない。


 せいぜい国外追放か強制労働だろうし、追放先が自分の墓場だと考えていた。


 しかし聴衆の前で死に様をさらされるとは。


 意味が分からない、と呟いた彼女を見下ろしたテオは口を開く。


「罪状は聖女迫害と……()()の殺害だね」


「神官……どういうことよ?」


「あの火事で焼け死んだのはただの使用人じゃないってことさ」


「…………? コルドゥラに神官をやってる双子がいて火事の日入れ替わっていたとか?」


 思いがけないディートリンデの発言に、テオは目を見開いた。


 固まったままの彼に、「なによ?」と悪態を吐こうとした時だった。


「…………ぷっ」


 堪えきれず吹き出す音が頭上から聞こえる。


 怪訝な表情で上を見上げれば、テオが口元を手で押さえ肩を震わせていた。


「な、なによっ!」


「いやいや……君面白いね。なかなかいないよ、死刑になるって時にそんな暢気な発想する人」


「わ、悪かったわね! あんたこそ王子様っぽくなくて調子狂うわ!」


「ははは。よく言われるよ」


 大笑いするテオを前に、ディートリンデは顔を真っ赤にしながら小さく地団駄を踏んだ。


 しかしそれとは裏腹に不思議と不快感はない。


 むしろ見栄と虚構ばかりの社交界とは違い、本来の自分を晒して軽口を叩き合うなど彼女の前世から通して見ても久しぶりだ。


 懐かしい思いにすら駆られる。


 ひとしきり笑い切ったのか、幾度か深呼吸をしたテオは話を進めた。


「君はフリッツの元婚約者だっただろう? 一応ね、慣例的にあるんだよ。王太子の婚約者に護衛という名の監視を極秘裏につけることが」


「どう、え……? でも神官って……?」


 説明を受けても理解が追いつかないディートリンデを、テオは苦笑いを浮かべながら見つめる。


「コルドゥラ、だっけ? 彼女は正真正銘の神官だよ。もちろん双子じゃない。そして神官は聖女の身の回りの世話をする他にいくつか役割があってね。その一つだとでも思ってくれたらいいよ」


「……この国の神官ってどうなってんのよ」


 大体の察しがついたディートリンデはため息混じりに呟いた。


「ははは。聖女が長く空位の時代があってね。神官に暗殺者の訓練をさせたことがあってその名残さ。僕も詳しくは知らないけど」


「さすがゲームというかなんというか……いや、ゲームじゃないわね。ここは現実……」


「ゲーム?」


「なんでもないわよ。言ったところで信じてくれないだろうしこっちも説明するのが難しいから」


「…………」


 突き放すような物言いの彼女をテオはじっと見つめた。


 正直言って、彼はここに来るまで転生や異世界などという言葉は信じていなかった。


 ただ自分の疑問に答えてくれる極々小さな可能性におびき寄せられたに過ぎない。


 しかし令嬢とは思えないあけすけな言動や妙な言葉が、彼女は本物だと認めざるを得ない。


「ま、そんなわけで、聖女と神官に害をなしたってことでフリッツは死刑にするつもりだよ。その日取りもおそらくそろそろ決まる。前ハイベルク伯爵失踪の件も君になすりつける気満々だろうねぇ」


「……そう……」


「悔しくないかい?」


「……どうでもいいわよ。どうせ一回死んでるし」


 投げやりな彼女の表情は暗い。


 通気口からの月明かりが途切れた。


 月が雲の奥に隠れてしまったらしい。


 テオは一旦外に出ると、蝋燭を灯した燭台を手に戻ってきた。


 暗闇に慣れてしまった彼女の瞳が、眩そうに細められる。


「……君は僕が出会った中で一、二を争うほど気位が高い人間だと思う。その君が諦めると言うなら余程の覚悟なんだろう」


「……なによ、(けな)してんの?」


「褒めてるんだよ」


 燭台を床に置いたテオは、ディートリンデの首をつなぐ鎖を手ににっこりと笑った。


 その笑みに顔をしかめると、ディートリンデは独り言のように呟く。


「……あんたに全部話したら、少しは気分もマシになるのかしら……」


「どうかな。僕は僕の聞きたいことだけを聞きたい。君の身の上話はどうでもいい」


「ちょっと……!」


 切って捨てるようなテオの言葉に、ディートリンデは思わず反応を見せる。


 抗議の声を上げる彼女を尻目に、彼は手の内で弄んでいた鎖を離した。


 じゃら、と音を立てて落ちた振動が首まで伝わり、不快感に顔を歪めた。


 彼女の表情を確認するように覗き込むと、テオはいつもの笑みを浮かべる。


「でも僕の聞きたいことを教えてくれたら、君の処遇について考えてあげてもいい」


「…………バカね。そんな安い言葉で動くほど私は堕ちてないわ。ただ…………」


 テオの笑みと言葉が悪魔のそれに感じられたディートリンデは、答えを躊躇うように顔を背けた。


 彼女は前世の知識で知っている。


 フリッツが自分よりなんでもできるテオを面白く思っていないことを。


 そしてフリッツが元の彼よりもずっと、マリーに執着を見せていたことを。


(……どうせ死ぬなら引っ掻き回すだけ引っ掻き回してやろうじゃないの)


 蝋燭の揺らめく炎に照らされたディートリンデの瞳が強く光る。


「……わざわざこんな臭い部屋に来てもらったんだし、世間話くらいはしてあげてもいいわよ」


「助かるよ」


「じゃあお願いがあるの」


 そう言うと、ディートリンデはテオに向き直った。


「私を死刑にしなさい。ただし、フリッツ様じゃなく、あなたのタイミングで」


 爪が黒ずんだ棒切れのような指でさされたテオは、呆気に取られ数度しばたたく。


 微笑みばかりで感情の読めない彼が、一瞬素顔を晒したように真顔になった。


「…………何を言い出すかと思いきや。普通逆でしょ」


「こんな世界からさっさと死んで出ていきたいところだけど、それすらフリッツ様に利用されるのは癪だもの。あんたの方がまだマシ」


 捲し立てるように言うと、彼女はその指を下ろした。


 蝋燭に照らされ微かに揺らめく瞳は、意志の強さを感じさせる。


 リーゼロッテもこんな表情をする時があったなと、テオは思い出して苦笑した。


「……なかなか難しいことを言うね、君は……分かった。それなりに努力するよ」


「それなりじゃなくて、絶対」


「……分かったよ」


 強情だなぁ、と口の中で毒突くと、いつもの笑みを貼り付ける。


 テオは元々、減刑できるように動くつもりだった。


 神官が何故ハイベルク家にいたのかと問われれば国の機密に関わる。


 フリッツはおそらく、聖殿に見舞ったディートリンデがマリーに襲いかかり、それを庇ったコルドゥラが命を落とした、という筋書きを立てるつもりだろう。


 聖女迫害については聖女自身が罪を問わないと言っているのに加え、神官殺害の証拠の穴を突けば死刑まではならない。


 しかしディートリンデは死を望んでいる。


 フリッツの思惑通りの刑を、彼の思い通りの時期にさせないとなると、減刑を嘆願するより難しいのではないか。


 それこそ、彼が王にでもならない限り──。


 そこまで考えて首を振ったテオは、仕切り直すように息を大きく吐いた。


「ではまず……君はいつからその身体に?」


「……四歳ね。ちょうど母親が亡くなったとかでリーゼロッテがよく泣いてたわ」


「本物のディートリンデ嬢はどこに?」


 ディートリンデのテオを見る目がやや鋭くなる。


 しかしそれを意に介さない様子で微笑む彼に、彼女は肩をすくめた。


「魂がどうのって話? さあ。私は知らないわ。居場所を知ってたとしても魔力もない私にはどうしようもないし、あったとしても元に戻す術なんかない。でしょ?」


「んーまあそうだね。残念だけど」


 さして考える間もなく頷いたテオが薄情に見え、彼女は若干呆れた視線を送る。


 本物のディートリンデの気配はこの身体の中にはない、と思う──しかし自信はない。


 いたところで、今まで一度も人格の交代も追い出しも起こっていないのだ。


(もうこの体にはいないと思うけど、それにしてももう少し考えなさいよ。もしくは考えるふりくらいしなさいよ。王子なんだから)


 内心毒を吐いた彼女を他所に、テオは口を開いた。


「君にとってこの世界は一体何なんだい?」


「ゲーム……って言っても分かんないわよね。物語の世界って言ったら分かる?」


 ディートリンデの言葉にテオは素直に頷いた。


「主人公はマリーで貴族魔法学院が舞台よ。その二年間で何人かの攻略……じゃなくて、恋人候補と恋に落ちるの。フリッツ様とアンゼルムもその候補よ。で、相手と両思いになったら終わりのマルチエンドよ」


「マルチエンド……?」


「あー……えーと、結ばれる相手によって結末が変わるの。もちろん誰とも恋に落ちなかったり逆に全員と恋に落ちたりできるんだけど」


「……マリーが複数の男性を転がす様は想像できないね」


 少々困惑気味にテオは言うと、「大体は把握できたよ」と深く頷いた。


「でもマリーは聖女だよね? 誰か……たとえばアンゼルムとか聖殿に入らない者と結ばれた後はどうなるの?」


「いずれの場合もフリッツ様が長年の働きを認めて聖殿から出ることを認められるの」


「フリッツが?」


 驚くテオに、ディートリンデは思わず苦笑した。


「そうよ。今のフリッツ様からは想像できないかもしれないけど」


「聖殿の主はどうなる?」


「空位ね。そこら辺は物語だから。そもそも聖女の扱いだっていたらラッキー、いなくても別に生活できる程度だから」


「…………」


 呆気ない彼女の言葉に、テオは頭を抱えため息をついた。


「……物語通りにいかなかったのはなんでかな……?」


「……多分……私のせい。私が物語通りに動かなかったから、みんながみんな変な動きをするようになった」


 彼女の力無い呟きが響く。


 一瞬険しい表情を見せたテオだったが、気を取り直すようにひとつ深呼吸をした。


「じゃあもう一つ、君は神を知っているのか?」


 神、とおおよそ彼が口にしなさそうな言葉に、ディートリンデは彼をまじまじと見つめた。


 その表情は笑みの中にどこか緊迫感が含まれている。


「神?……ああ、この世界を作った人なら会ったこともないわ。でも私と同じ世界の人間よ。あなたたちと同じ、血の通った、ね」


「ふむ……人が世界を作った、と…………」


 途方もない話だな、とテオは口元に手をやりながら呟いた。


「質問を変えよう、君は自発的にここにきたのではないだろう? 君をこの世界に送った者は、誰だい?」


「知らないわ。私も知りたいくらいよ。ここが死後、二度目の人生を送るために作られた世界だと思ってたくらいだし」


 ディートリンデは間髪入れず答えた。


 やや険のある声色が、不可解な転生を行ったものへの苛立ちを含ませているのに気づいたテオは、


「そうか……」


 とぽつりと呟いた。


 望む答えが得られなかった落胆から、僅かに肩を落とす。


 それを自らの境遇への同情と受け取ったディートリンデは、強がるように口を尖らせた。


「分からないけど……きっと碌でもない神様なのは確かね。私なんかに二度目の人生を用意するなんて人を見る目がなさすぎでしょ」


「……分からないな……この世界を作ったものは神ではなく、君をこの世界に放り込んだものを神と呼ぶのかい?」


「そんなものでしょ。魂を他の世界に移すとか乗り移らせるとかできる時点で意味がわからない存在じゃない。そういうものこそ神とか悪魔とかいうのではないの?」


 身も蓋もなく言い放つディートリンデに、テオは軽く吹き出す。


「……確認だけど、この世界を作った神が君を送ったわけではないんだね?」


「無理よ。あなたたちの使う魔法ですら無理でしょ? 普通の人間ができることじゃないのよ。私が言うのもなんだけどね」


「……なるほどね……よく分かったよ。真の神はこの世界に、人間に情けなどかけない」


 テオは大きくため息をついた。


 少なくともこの世界の神はよく分からないものではない。


 聖女はただの人間に縛られるだけだった。


 その事実がわかっただけでも十分だ。


 気の抜けたように彼は独房の扉に背を預ける。


「あーあ、予想通り、つまらない話だったわ」


 ディートリンデは暗い雰囲気を打ち消すように大袈裟に伸びをした。


 一時、雲に隠れた月は再び顔を出し彼女の黒髪を青く照らす。


「おっと、それは申し訳ない」


「お詫びに一つ聞いていいかしら?」


「どうぞ、なんなりと」


 いつもの調子を取り戻したテオは、にこやかに頷いた。


「ずっと疑問に思ってたのよね。どうしてフリッツ様……いえ、フリッツは──」


 ディートリンデの何気ない問いに、テオは思わず息を呑む。


 今まで誰も指摘してこなかった問いかけだ。


 しかしこの状況をひっくり返すには十分なものだと思えた。


「なるほど…………言われてみればそうだね……」


「でしょう?」


「……もしかしたら……君の願いは叶うかもしれないよ」


 蝋燭の火と月明かりを浴びて、テオの瞳は仄白い輝きを発し始めた。

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