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アドレア・ストラーテンは怠惰に生きたい  作者: 如月あい
1章 レオン・セントレアを認めるまで
5/20

5.苛立ちと気遣いと

 セントレア王国の主要貴族は、ほぼ全員が王都に本宅を構え、領地に別邸を持っている。アドレアの生家であるストラーテン侯爵家も例に漏れず、王城から馬車で一時間ほどのところに本宅を構え、統治しているいくつかの領にはそれぞれ別邸を持っていた。

 それは普段は便利なことも多いが、第二王子の婚約者となってからは、他国のように、領地に本宅がある形式だったらよかったのに、とアドレアは思うようになった。

 なぜならば、この立地条件の良さがゆえに、婚約者レオンと、一週間に一回会うことを義務付けられているからだ。

 今日この日も、レオンに会いに行くために、アドレアは馬車に揺られて王城へと向かっている。ぼんやりと窓の外を眺めると、城下町に広がる市場や立ち並ぶ店に人々が集い、笑い、時には少々の小競り合いも起きながらも、それぞれの生活を営んでいる様子が分かった。

 そういう街の様子を見ると、自分は籠の中の鳥に生まれたような気分になって、アドレアは小さくため息をついた。自分の生まれが恵まれており、餓えることも、物が不足することもなく、充足した暮らしを送れていることには自覚がある。また、そういう優雅な暮らしをするからこそ、自分自身は誰よりも努力し、貴族としての教養、学を身に着け、民に還元する必要があるということも理解はしている。

 しかし、自分の恵まれた環境および責務を理解することと、感情として今の自分の生活に満足できるということは、イコールではない。

 たまに、ふらりと気ままに生きる人生を送ってみたかった、と思うことすらあるのだ。まだ十年しか生きておらずとも、己に課せられた道はアドレア自身がよく分かっている。だからこそ、貴族として許される範囲で、穏やかに暮らせる道を選ぼうと思ったというのに。

「あの男のせいで……」

 アドレアは思わずそう声に出してから、自分の頭の中に金髪の男を描いていたことに気づいて、ぶるぶると首を横に振った。

 自身の婚約者でありながら、あの男のことを考えると腹が立ってしょうがない。しかしこれから会いに行かねばならないというのに、一人でいるときまであの男のことで腹を立てているなんてばかばかしい。

 アドレアは気を取りなおすと、城門を超え、城の内側へと入った馬車の中から、目に入る庭園に視線を移した。さすがは王族が住む城なだけあって、庭園には珍しい花々もたくさん咲いている。

 庭園の造りは完全なるシンメトリーに作られており、植物の葉の向きさえコントロールされていそうなほどの精緻さだった。

 しばしすると馬車の揺れが収まり、馬車の扉が開けられた。

 そこで立っているのは、金髪にエメラルドのような深緑の瞳が印象的な男、レオン・エメラルド・セントレアだ。

「来てくれてありがとうございます」

 レオン綺麗な顔に、いつもの完璧なスキのない笑みを浮かべると、とそう言ってエスコートの手を差し伸べた。

 アドレアはその手を取ると、静かに馬車から降りる。

 レオンは、第二王子でありながら、アドレアが来る日は必ずこうして馬車がつく場所でアドレアを待っている。そしてエスコートしてくれるのが決まりとなっていた。

 虫よけ代わりに婚約者を選んだ割に、意外とマメなのか、というのは、アドレアの中で不本意ながら、レオンの評価点が上がっているポイントではあった。

「……待っててくれてありがとう」

 アドレアは思ったことしか言わないが、思ったことは比較的口にするタイプでもある。いろいろと気に入らない婚約者だが、感謝すべきところには感謝を示すべきだ。

 そう思ったのだが、自分の中でやはりどこかで抵抗感があるのか、ぼそぼそと小さい声になってしまった。

 しかしレオンはその小さな声をしっかりと拾ったらしい。

 一瞬、虚を突かれたように目をしばたかせたあと、ふっと、本当に嬉しそうにほほ笑んだ。無駄に整った顔立ちの男が、ちゃんと笑えばここまで魅力的になれるのか、とアドレアは思った。その笑顔を見ていると、こうして礼を言ってみるのも悪くない気がしてくる。

「行きましょうか」

「……ええ」

 レオンに促されて、アドレアは、王城の庭園の一角にある休憩スペースまで案内される。

 この案内の時もアドレアが庭に興味があるのを分かってか、毎回違うルートを通っては、庭園にある花を解説しながら連れて行ってくれるのだ。

 こう考えてみると、他人に対して興味が無さそうに見えた第二王子も、案外他人のことをよく見て行動しているのだと分かる。どうしようもなく腹立たしいときもあるが、悪いところばかりの男というわけではないのだ。

 それなのに腹立たしいのはどうしてなんだろう。と、アドレアは自分自身でも不思議に思った。

 

 休憩スペースに着くと、紅茶と茶菓子を出された。

 これもまた、回数を重ねるごとにアドレアの好みに近づいている。アドレアは出された茶や菓子にあまり感想を言わないことを考えると、レオンがアドレアの反応を見て、指示を出しているとしか思えない。

 王城内での警備に自信があるからなのか、あるいは、アドレアの視界に入らない位置に実は恐ろしいほどの数の警備の兵士がいるのかは分からないが、ここでレオンと喋る時は、少なくとも二人の会話が聞こえる範囲には誰もいないことは間違いない。

 つまり、アドレアが出された飲食物についてどんな反応を示したかはレオンが気にかけていなければ、これを用意する侍女や料理人に伝わるわけもなく、アドレアの好みによることはあり得ない。

「ちょっとお疲れですか?」

 アドレアがぼんやりと紅茶のカップを片手に静止していたのが気になったのか、レオンがそんな風に声をかけてきた。

 疲れているか疲れていないかで言えば、確かに疲れている。連日、第二王子の婚約者としてふさわしい教養を身に着けるべく、家庭教師を次々と送り込まれているのだから。

「忙しい」

 アドレアが端的に感想を述べると、レオンは少し考えるようなそぶりをしながら言った。

「そうですね。ですが家庭教師が褒めていましたよ。あなたはなんでもすぐに吸収すると」

「それは何度も同じことを言われるなんて時間の無駄だからよ」

「なるほど。合理的な考えですね」 


 レオンは納得した様にうなずくと、たわいのない会話を続けてきた。

 アドレアは特に愛想よくするわけでもなく、淡々と、無表情のまま受け答えしていたが、途中でふと、聞きたいと思っていたことを思い出して質問した。

「あなた、いつ私を解放する気なの?」

 アドレアが率直に尋ねると、レオンが微かに眉をひそめたのが分かった。

「迷惑そうにおっしゃいますが、あなたにも利点があるとおもうんですよね。あなただって、婚約者を探す茶会や夜会から解放されているでしょう?」

 レオンの言葉に、アドレアは自分の中で怒りがふつふつと湧き出てくるのを感じた。アドレアは自分の目的のために結婚したいのだから、この男にそれを邪魔されるのは我慢ならないのだ。

「あなたのせいで嫁き遅れそうだわ」

 レオンの言葉を聞いて苛立ったアドレアは、紅茶に角砂糖を放り込むと、あえてやや乱暴にかき混ぜた。茶器が音を立てるが、アドレアは気にしない。この男の前で淑女ぶるのも馬鹿らしいというものだ。できるだけ婚約者として不適格に思われた方がよいのだから、これぐらいは良いのだろう。

「私があなたを解放する前提なんですね」

「それはそうでしょう。あなた、自分に興味がない女を妃にする気?」

 虫よけだというのに、まさか、ずっとこの婚約を続ける気なのだろうか。そういう意味をこめて問うと、レオンは煙に巻いたような曖昧な答えを返した。

「どうでしょう。必要があれば、そうするかもしれません」

 この男のこういうところが、アドレアは嫌いだ。

 自分の心を少しでも落ち着けるべく、紅茶を口に運んだ。

 アドレアは自分の中でレオンがいくつかのアドレアの逆鱗に触れていることは分かっているのだが、決定的に何が腹立たしいのかが整理されていなかった。

 余裕のある態度か、それとも、婚約の意図を煙に巻くような話しぶりか……。

 話しぶりと言えば、そういえば、この男はなぜ、敬語でアドレアに喋りかけてくるのだろう。最初の出会いの時は、この男は敬語ではなかった気がする。

 目の前にいる男の腹立たしいまでに整った顔立ちを見つめながら、アドレアはこの男がいつからこの口調だったのかを思い出そうとした。

「どうかしました?」

 すると、あまりに顔を見つめすぎたのか、レオンが不思議そうな表情をして、こちらを見つめてきた。

「いつまでその胡散臭い話し方をする気なの?」

 アドレアは思ったことを率直に言った。

 すると、やや率直に言いすぎたのか、レオンが固まったのが分かった。どうやら胡散臭いと言われるのは不本意のようだ。アドレアはさすがにまずかったか、と思い、少しだけ言葉を補足する。

「あなたの素の話し方は、あの時の台詞でしょう?」

「あの時?」

「私にまるで興味がないなんて、万々歳だ。それだけで君を選ぶ理由になるよ。っていう台詞。忘れたの?」

「ああ……なるほど」

 レオンは少し考えた後に、納得した様にうなずいた。もしかすると、本人にとっても口調の話は無意識だったのかもしれない。

「私に対して、今更猫を被っても遅いじゃない。それなら普通にしていなさい。そうじゃないと、私が王子にこんなぞんざいな話し方できないじゃない」

 親交を深めたいわけではないが、アドレアはこの男に対して敬語を使いたくない。それならば、レオンもまた砕けた口調で話しかけてくれないと、周りから奇異な目で見られてしまう。

「本音は後半にありそうですが……そうだね。君に対して、取り繕うのもおかしな話だ」

 レオンはずばりとアドレアの考えを指摘しながら、それでも口調を正した。

 すると、なぜだか少しだけ、レオンに対するいら立ちが解消され、アドレアは満足して口の端を吊り上げ自分が笑っていることに気が付いた。

 そんな自分の表情に気づいたアドレアは、ふと視線をティーカップに落として、紅茶に口をつけた。

 そうして黙っていると、今度はレオンがこう尋ねてきた。

 

「君は……どうして怠惰な生活を送りたいの?」



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