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アドレア・ストラーテンは怠惰に生きたい  作者: 如月あい
1章 レオン・セントレアを認めるまで
4/20

4.天才の名を恣(ほしいまま)に

 アドレア・ストラーテンは、幼いころから英才教育を受けてきた。そしてその教育に対して、自分自身もたゆまぬ努力を続けてきた。

 アドレアは怠惰に生きることを人生の指針としているが、そのために、自分の価値を高め、自分がダラダラしていても家が揺るぐことのないような貴族の家に嫁ぐことが必要だということは理解していた。だからこそ、アドレアは努力を惜しまなかったし、幸運なことにアドレアは才能にも恵まれていた。

 だから、こういう言葉を言われるのには慣れている。


「アドレア様は素晴らしいです。もう私に教えることはありませんわ。アドレア様ほど、天才の言葉が似合う方はおられません」


 そう言って、去っていく家庭教師を見守るのも、いったい何度目のことやら。

 アドレアが第二王子の婚約者になってから、王子妃に対する教育の名目で、王城からやたらと家庭教師が送り込まれてきた。

 しかし、最初は向こうもアドレアの能力を知らずなめてかかっていたのか、送ってくる家庭教師のレベルが

アドレアに見合わず、何人もを降参させる羽目になった。


「……疲れた」

 ダンスのレッスンが終わり、もう私に教えることはない、という何度聞いたか分からないようなセリフを残して去っていた家庭教師を見送ると、アドレアはため息をついて、部屋のバルコニーに出て、手すりにもたれかかった。

 この部屋から一望できるストラーテン家の庭は、アドレアのお気に入りだ。噴水を中心にシンメトリーに作られた庭園には、花々が咲き乱れて、二階のこのバルコニーまでかぐわしい香りを運んでくれる。目を閉じて耳を澄ませば噴水の水音と、風に揺れる葉の音がして、アドレアの疲れた心を癒してくれるのだ。

 そうしてしばらくぐったりとしていると、扉が開けられる音がした。おそらく、サラだ。

 アドレアは近づいてくる足音が分かっていても、そのままバルコニーの手すりに身をゆだね、目を閉じ続けた。

「お嬢様、お疲れのご様子ですね」

「サラ……ねえ、お茶を入れて頂戴」

「かしこまりました。どこでお茶をなさいますか?」

「今日はあの男は来ないから、庭に出るわ。天気もいいし」

 レオンは有言実行の男で、本当に毎週、ストラーテン家にやってくる。それを見ていた父が、王子を呼びつけている構図を危惧したのか、アドレアも城に行き、交互に合う場所を変えてはどうかと提案したことで、アドレアにとっては、もっと厄介な事態に発生していた。

「思い出したら、また苛立ってきたわ……そもそもこの疲れもあの男のせい……」

「お嬢様、ほら、そんな顔をするのはいけませんよ」

 サラは慌てたようにそういうと、庭に出ましょう、と言って歩き始めた。アドレアはサラの意図を汲んで、それ以上の文句は言わずに庭に出た。

 外に出ると、太陽の光が肌に当たり、じりじりと照り付けてくる。もうすぐ夏が近いからか太陽の威力も日に日に増してきているようだ。

 噴水の水も太陽の光を反射してキラキラと輝き、小鳥が噴水の石の上で羽を休めている。


「いい天気ね……冷たいものが飲みたいわ。踊った後だから」

「それでしたら、果物のジュースにしましょう。作ってまいりますからここでお待ちになってください」


 サラがそう言ってその場を離れたため、アドレアは噴水に腰を掛け、流れ落ちた水に手を付けてみた。ひんやりとした冷たさと、手を付けた時のちゃぷんと音を立てる水音が心地よくて、何度か手を付けたり出したりを繰り返す。

 そうして水と戯れていると、サラが果物のジュースと、準備がいいことにタオルをもって戻ってきた。

「お嬢様、ここでそのまま飲まれますか? それともテーブルへ?」

 タオルを差し出しながら問うサラの言葉に、アドレアはしばし考える。普段ならテーブルに移動するところだが、たまにはこういうところで休憩するのも良いかもしれない。

 アドレアはタオルを受け取って濡れた手をふくと、サラからジュースを受け取った。

「このままここで飲むわ。サラも座っていいわよ」

「ありがとうございます。ではそのように」

 サラはそういうと、アドレアの隣に腰かけた。

「そういえば王宮から来たどの家庭教師の方も、お嬢様を天才だと称賛して帰っていかれますよ。私はお嬢様にお仕えするものとして、自分のことのように嬉しいです」

「当然だわ。私は相応の努力をしているもの。天才だのなんだの言われるけど、私の確固とした努力もあってのこと。才能だけがすべてではないわ」

 アドレアはそういうと、ジュースに口をつけた。ジュースに入っているのは、オレンジとリンゴだろうか。爽やかな酸味と甘さが口の中に広がって、アドレアの乾いたのどを潤してくれる。

「もちろん存じております。ですが……正直に申し上げて、少し意外でしたわ」

「何が?」

「私も旦那様も、その……お嬢様が手を抜かれるのでは、と心配していたのです」

「王宮の家庭教師に対して? ……まあ、あれだけ婚約を嫌がって見せれば、そう思われるのも納得ね」

 自分自身でも、まったく迷いがなかったかと言えば、それは嘘になる。

 しかしアドレアは、それでも自らのいつものポリシーを貫く方を選んだのだ。

「私は他人に二度同じことを言わせるのが嫌いよ。繰り返しということが嫌いなの。すべて一発で終わらせたい。それが最も無駄がないから。だから、王宮の家庭教師たちにも同じことをして見せただけ。……それに、まあ、勉強は嫌いではないのよ。面倒だけれど」

 新しいことを知ることは嫌いではない。

 反復練習は嫌いだから、貴族名鑑に乗っている全員の名前を覚える、などという行為は好きではない。しかし、物事の原理を理解したり、歴史を理解すること自体は、どちらかといえば好きなのだろう。

 だからそういう意味では、アドレアは第二王子の妃候補としての素質はあると言ってもいい。望んでいるかは別として。

「お嬢様は不思議ですよね。昔から余生は怠惰に生きるんだとおっしゃっておられますが、その割には、勤勉でいらっしゃいます。普段から怠惰であれば、もう少し心情を察することもたやすいのですが」

「そうかしら? 面倒事というのは、小さいうちに素早く片付けておくべきよ。それを放置すると、必ず、後に大きな厄介ごとになって自分の身に振ってくる。私は真の面倒くさがり屋だから、人生における面倒事と天秤にかけて、現在の少々の努力を取っているだけ。難しいことではないわ」

 一気にしゃべったからか、のどが渇いてしまった。

 手元にあるジュースを一気に飲み干すと、サラがすかさず空のグラスを回収してくれた。

「お嬢様はそう簡単におっしゃいますが、目先の欲を取りたくなるのが人間と言うもの。それを律して努力されるお嬢様はすごいと思いますよ」

「そう? ありがとう。まあ貴族としてそこそこの家に嫁ぐためには必要なことだもの」

「そうだとしても、です」

 アドレアは自分が必要だと思ったことにはとことん向き合うが、必要がないと斬り捨てたものに対しては、まったく労力を割かない。その割きりの良さも、効率よく必要なことに時間を割くことにつながり、結果、成果となって表れているのだろう。

「ただ……」

「何?」

「お嬢様が非常で優秀であらせられるので、国王陛下と王妃陛下がその話を聞いて、レオン殿下の将来は安泰だと喜んでおられるとか……」

「……私の代わりになってくれそうな、身分が高くてそこそこ学もある女を探す必要がありそうね……」

 確かにあれだけ称賛されていてば、国王陛下や王妃陛下が喜ぶのもわかる。また、その意欲的な学習態度は、婚約にも乗り気なのだと誤解を与えているかもしれない。

 こうなったら早々に、自分の代わりになってくれそうな人を探し出さなければ。

「サラ。貴族名鑑で、該当しそうな子女をリストアップして頂戴」

「まさかお嬢様、レオン殿下との間を取り持たれる気ですか?」

「もちろんよ」

「ですが、時期が悪いのでは? レオン殿下はそもそも婚約者探しに嫌気がさしたことも一因として、お嬢様を選ばれたのですから、今、他の女性をあてがっても会ってくれないのではと……」

「それは一理あるわね……。仕方ないわ。リストアップだけして頂戴。必要があれば、その時使えるように」

「かしこまりました」


 アドレアは、自分の目的のために、婚約破棄を諦めないと決めたのだ。王子妃としての教育をまじめに取り組んでいることと矛盾するようだが、こればかりはアドレアの気質だから仕方がない。

 そんな自分の矛盾に気づきながらも、アドレアは他に打てる手はないかと考え始めたのだった。

 

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